19 これから先を考えよう
さて、それからの俺は希望に満ち満ちていた。
ティーファがフェストを恨むことはなかったと聞いて長らくの懸念は晴れた上、今の俺も嫌いじゃないとアイリアちゃんに言ってもらえたんだから当然だ。
彼女に記憶があると知ってからいまいちどういう態度をとっていいんだか迷走している間に、他でもないあの真面目なレイちゃんが俺が真面目にしていると落ち着かないと言ったんだからと、王女さまの部屋ではこれまでのように振る舞うことにした。
その方が、どうやらアイリアちゃんも落ち着くようだった。
最近態度を改善させた新しい騎士団副団長を前にすると、彼女はいつも挙動不審になる。
彼女の動揺の理由を想像するだけでわくわくするけど、今のところ追いつめたいわけじゃない――今はその時じゃないと、自分に言い聞かせていた。
フェストの頃ほどいつもきっちりとはしていられない俺には息抜きの場が必要だったということもある。
「その時」がいつ来るかはわからないけど、どうすれば来るのかはおぼろげながら把握していた。
俺ほど前世にとらわれていない今の彼女の大事な人――つまり、シーリィちゃんのことが落ち着いたら、その時だ。
王位継承争いに勝利し、できるならばシーリィちゃんとレイちゃんが想いを通じ合わせ、幸せになってから。もし勝利しても、シーリィちゃんが望まぬ人と添い遂げるようなことになるのは望ましくない――彼女は姉妹のように育った主を差し置いて自らの幸せを求めないような気がするから。
そうとなれば俺がするべきことは自ずと絞れてくる。つまり。
「全力でレイちゃんの後押しをして、二人をひっつけるべきだよね!」
とまあこういうわけですよー。
え、王位争いはどうするんだって? そんな政治向きの話に武家の人間が口出せるわけないじゃなーい。
それにレシィちゃんという自分たちが推す旗頭を王弟派は失っているんだから、心配しなくてもうまくやれば勝利は目前のはずだし。
レシィちゃんが順調に追っ手から逃れているとすればそろそろ無事国境を越えるくらいじゃないだろうか。
あの子がどうやって一晩で国王陛下や王女殿下の暗殺をもくろんだ首謀者を捕らえた手腕を持つ王弟殿下を出し抜いたかは不明だけど、「最近体調がよろしくないらしい」なんて噂が出始めたくらいだからまず見つかってなさそうだ。
体調不良ってのは不在を誤魔化すためにあえて流した情報じゃないかと思うんだよねー。
今見つかっていないのなら国境さえ越えちゃえば、まず間違いなくレシィちゃんは上手に追っ手から逃れきるはずだ。王弟殿下はまさか娘が王女派の騎士に仕込まれて下々の暮らしになじんでいるとは知らないだろうから、「思いつきで城を飛び出した王族の姫君」を探すつもりなら見つからないと思うんだ。
その姫君の曰く、第二王位継承権を持つ王弟殿下は「娘がいないなら自分が王となる」とは主張しないらしい。
それはどうかなーと思ったりもするけどレシィちゃんの言うとおり、確かになさそうな気はする。一騎士は王弟殿下とお目通りがかなうなんてことは滅多にないけど、社交界をうろちょろしていたらお話好きの方々が色々教えてくれるしねえ。
唯一の娘に家出された殿下が体調不良設定の娘を差し置いて仮に次代の王となってもその次はどうすんのって話になるよね、どーしても。だって、本当なら王にしたかった娘は体調不良ってことになってるんだし、次代が危ういよね。
ご正室との間に次の子は難しそうなご関係らしいし、身分的に許されても兄である国王陛下が持とうとされない側室は持ちそうにない方らしいからねえ。
第四位の王位継承権を持っていた大公は失脚したし、連座してその親族も数人継承権を放棄したから、ラストーズの下位の王位継承権保持者はずいぶん繰り上がった。
レシィちゃんを擁立するのに王権からの血の近しさを挙げていた殿下が傍流の王族を次代に望みはしなさそうだ。
そのうち姪っ子の王配に有能なものを据えて、次代は魔法を使えるって目に賭けるんじゃないかなーと、俺は思います。
そこで有能なレイちゃんの出番ってわけですよ。
本人は身内に精霊使いが出たってだけで尻込みしそうだけど、想い合う二人が結ばれない道を間近で見守るなんて俺耐えられない。
国王陛下は「かつて精霊使いの才能をみせた次男を放逐しちゃった」ホネスト家には伝えてなさそうだけど、将来的にラストーズにも精霊使いが欲しいとか思ってる方だよ。
俺を騎士団の副団長にするために画策なさった節のある国王陛下のことだから、レイちゃんを王女の教育係に据えた裏にも色々考えがありそうだなー、とは思うんですけど。
自分がうまいこと踊らされちゃったもんだから、ついついすべては陛下の手のひらの上じゃないかって穿った見方をしちゃうよねー。
「魔法を使えない」誰からも望まれそうにない王女に、「親族に精霊使いが出た」これまた相手に恵まれそうにない若者をあてがう――この国では好かれていない精霊使いを王族のうちに生んでしまうかもしれないリスクも、精霊使いが欲しい陛下にとってはリスクではないのかもしれないななんてなことをついつい考えてしまう。
どこまでが陛下の意図か想像してみても正しいかは確認してみなければわからないけど、予想が正しければシーリィちゃんとレイちゃんが結ばれる日も遠くないような気がする。
陛下が王女と教育係の内心をどこまで読めているかは未知数だけど、そのうち「王女殿下はレイドル殿を好いていらっしゃるようですよ」とでも伝えれば問題ない。
俺の推測が正しければ、陛下は落ち目にあるとはいえ王族とも近しいホネスト家の婿をとることに賛成こそすれ反対はしないだろうと思われる。
問題は、レイちゃんの弟のことをあげつらって「精霊使いの血を王族に混ぜるのか」とでもいいかねない王弟殿下と。
周囲に反対されたら潔く身を引きそうなレイちゃん自身だよなあ。
レイドル・ホネストという男は、とにかく真面目で融通が利かない。上っ面から見ていると口をつく言葉は正論過ぎるし、取っつきにくい。
余裕がないというか、遊びがないのは、名家とされながらも落ち目にあるからなのかなー?
もし俺に前世の記憶なんてものがなくて頭打ちの未来にやさぐれてるまんまだったら、そんなこと言ってもお前は魔法使えるからいいだろーがって反発して仲良くできないタイプだったと思うわー。
現実はそうじゃなかったし、くっそーアイリアちゃんと仲良くして妬ましいわーとは思っても、うまくやってきたんじゃないかな。レイちゃんは俺の存在にハンパなくイライラしてたけど、まあそれはそれ。
上っ面だけの付き合いじゃなくなると、レイちゃんは人との付き合い方が不器用な人なんだなとわかるようになった。弟を放り出しちゃった両親との間に溝ができた上、落ち目にある家柄ってこととその割には優秀な才能をみせるってところで周囲に遠巻きにされたのが原因じゃないかなあと俺は邪推してるんだけど。
基本上っ面の付き合いを重ねてた人だからどうも本音を話すのが苦手らしいし、言葉選びにも配慮が足りないところが時々、ね。普通に過ごしている分には問題がないんだけど。
真面目で口うるさくて融通は利かないところもあるけど、結論としては優しい人だと思う。相手のためを思ってあれこれ言ってるんだもんね。
そういう人だからこそ、「魔法を使えない」シーリィちゃんに「身内に精霊使いを出した」自分は見合うわけがないと身を引きそうな気配をみせている。
ラストーズでは魔法を使えない以上に精霊使いが忌避されている。ただでさえ魔法を使えないことで陰口をたたかれているシーリィちゃんにさらなる攻撃材料を与えるわけにはいかないとか考えてるんじゃないかなあ。
その気持ちも、まあわかるといえばわかるんだよ。
愛する人に気苦労をかけたくない――それは俺だってそうだもん。
でも、でもさあ、ぶっちゃけて言っちゃえばさあ、精霊使いが身内にいるってそんなに大問題かなって俺は思うわけ。
魔法使いと精霊使いの違いなんてあってないがごとしだよ? 自らの魔力を元に魔法を使うか、精霊に力を借りて魔法を使うか、大きな違いなんてそれくらい。それに神の力を借りる神官を加えても、何を元にするかが違うだけで結果に大きな違いはない「魔法」なんかたくさんあるはずだ――たぶん。
いや、前世の知識から鑑みるにそうなんだけど、今の俺は魔法とは縁遠い武家の人間だから、はっきり断言はできないけど。
ともかく少しの違いにこだわるのは馬鹿らしいかなって俺は思うんだよね。
だけどこの間の飲みで聞いた話を考えると、レイちゃんの意志を曲げるのはかなり大変そうだ。
――その先に自分自身の幸せが待ってるから、頑張ってみるけど。




