18 そして、二人で話を3
「ないように思います」
それが彼女の返答で、俺は得たりとうなずいた。
「それが答えだよ」
「答え?」
「そう。俺は君という魂を愛しているけど、だからってこれまで君を手に入れようなんて思ってなかった」
俺がそう伝えるとアイリアは、何か考え込むような素振りを見せた。
「以前、続くかどうか分からない家の後継の心配をすることはないとかおっしゃってましたか」
「そんなこと言ったっけ?」
「おっしゃいました」
話が逸れた気がして首を傾げる俺に、彼女は力強く頷く。
「それは……、つまり」
そしてためらいがちに言葉は続いた。
「ん?」
「身近にティーファの生まれ変わりがいるのに手を出すわけにいかないので、結婚自体を諦めてらっしゃった、とか、なのでしょうか?」
「あー、そうねえ、そういう感じかなあ。えー、俺そんなこと悟らせるようなこと、言ったことあったっけー?」
とうとう核心を突かれて、俺は驚いた。
「一生を殿下に捧げても良いというようにおっしゃってましたよね?」
「あったかもねえ。王位継承争いに勝ったら女王陛下に忠誠を捧げる感じで跡継ぎは親戚から養子を取ればいいし、破れたらさすがに新王がアートレスを重用するとも思えないからアートレスは俺の代でつぶれても構わないんじゃないかなー的な」
もし彼女にティーファの記憶がないと思ったままで、なおかつ彼女の側に居続けるのなら、身近に想い人がいるのに別の人と添い遂げるとか俺は耐えられなかったと思うし。
「どうしてです?」
俺の中では自明の理だけど、彼女にとっては不思議なことらしい。
「セルクさまはどんな私でも好きだと先ほどおっしゃいました。そうであれば格下であるファートレンの娘を望むことになんの無理もないと思いますが」
どんな嘘も見抜こうとばかりにじっと見つめられ、そんなことを言われて俺はたじろいだ。
「そうはおっしゃいつつも、ティーファの記憶のない私にはなんの価値もないから無視することに決めたのでは?」
「まさか!」
とんでもない答えを導きそうな彼女に、俺は慌てて首を振った。
「でもそういうことでしょう」
「違う――それは違う」
俺は彼女に駆け寄って言い募った。
「そんなことはない。記憶のあるなしなんて関係ない」
ティーファのことを覚えていようといまいと、彼女は彼女。俺がどうしたって忘れられない人だって事実は変わらない。
「でも」
「俺は――シーリィちゃんのために必死に働く君のこと、ずっと好ましく思ってた」
視線を落としかける彼女に、俺はそう伝える。言葉を重ねれば重ねるだけ嘘くさくなりそうで、口から出てきたのはひどく単純な言葉だけだった。
立ち上がろうとした彼女を制して、俺は慌ててひざまづいた。
「本当だよ。君の全力の好意を受けているシーリィちゃんがうらやましかった。正直、ちょっと彼女に嫉妬するくらい」
ああ本当に。
どうしたら誤解なく彼女に気持ちを伝えられるのかがわからない。
せめて真剣さを伝えるべく見上げた視線を受けて揺らいだアイリアに、少しは伝わっただろうか。
「彼女はいつでもほんのすこーし、君の魔力を漂わせているからさあ。ああ、君は本当にシーリィちゃんが好きで、無意識に守りの力を発動させてるんだと思ってた。
あるかどうかくらいの守りの力だけど――無意識にも大事な人を守る力を振るうんだって。いかにもそれはティーファらしいなって感じて……でもまさか、君が彼女の記憶を持っていたなんてあの時は驚いたよ」
「それは私もです」
「意図的にあれだけで力を押さえてたんだね」
ティーファの記憶があったにしても、器用なことだと思う。俺と出会うまで前世を自覚しきれなかったという割に、出会う以前からしていたようだし。
「だけど、それは俺にとっては朗報だった。何度生まれ変わろうとも、俺はずっと君のことを愛している。だからこそ、易々と愛をささやくなんてことができなかったから」
アートレスとファートレンの関係からすると、縁談を持ちかければつつがなく整っただろうと思える。俺さえやる気を出せば表面上はなんの問題もなく添い遂げることができたはずだ。
そうなれば、自分が幸せなことはわかっていた。念願の人とともに過ごせるのだから、間違いなく。
俺はどんな時代でも彼女を愛しているから――だけど、「今」だけでなく「過去」の彼女もアイリアの内に見てしまう俺と共に過ごすことになる彼女は、それで幸せなのだろうか?
どうしても「前世の自分」という見えない恋敵を気にする彼女が――二番目の彼女の姿が、俺の脳裏にはよぎってしまう。
間の記憶を持っていないのは残念だけど、今回のティーファを覚えている彼女がどれだけ貴重で尊いことか。
俺は慎重に彼女の手を取って、ゆっくりと甲に唇を捧げた。
「お互い前世を思い出さないうちに、近しい立場の武家同士交流をもてていたら良かったのに。それでもきっと、俺は君に心引かれたと思うよ」
「……なにを……ばかなことを」
「だとすれば難しいことなんて考えずに純粋な好意を伝えられたのに――そうでないから、俺は自分の気持ちが後ろめたかった。心の奥底にどうしたって、ティーファへの気持ちがあることを否定できないから」
前世に引きずられなくても君に惹かれるのだと証明さえできれば自信が持てるのに、そうでないから胸を張って愛をささやくことはできなかった。
生まれ変わりなんていっても、俺も彼女も最初と全く同じでない。だけどそれも当たり前だと思うんだ。年を重ねれば誰だって変化する――生まれ変わって変化するのは当然だ。
「いもしない過去の幻影を追っているようなものだって、わかってるよ。そんなことを簡単に悟らせるつもりはないけど、君に知られることを考えると迂闊に手を出せなかった。前世の君の面影を見て懐かしんでいるとか、言えないでしょ?」
「そうですね」
「本当のことを言うと、二度目にそれで失敗したんだ」
言い訳じみた言葉をすんなり受け入れてもらったことにほっとした拍子に、余計なことを口にしてしまった。
「失敗、ですか?」
「そう」
フェストにずいぶん引きずられていた二度目の俺は、それで大事な人を逃してしまった。
その記憶はずいぶん遠いものになったけど、思い出すと今でも生々しい痛みを覚える。どう伝えるか、それとも誤魔化すか……悩んでいると彼女が突然俺の手を握り返してくれて驚いた。
「わかりました」
「え?」
「私も貴方も、お互い救いようがないのでしょうね」
ふうと息を吐いて、アイリアちゃんは俺に立つように促した。
「それって」
潔く何かを吹っ切ったような様子の彼女のまっすぐな眼差しを俺は見つめ返す。
「私――いえ、ティーファも……フェストに思いを寄せていました。だからといって、その思いをそのままセルクさまに抱いているとは今は言えませんが」
自分の言葉に気持ちを乱高下させる俺の心中など知らぬげに、アイリアちゃんはそう語る。
「日頃の言動はさておき、貴方がいざとなればきちんとなさる方だとは知っています」
持ち上げたいのかやんわりと皮肉を言っているのかどっちだろう?
あるいは、もう少し真面目にしなさいという忠告だろうか。そうすれば、これからの俺に希望はあるんだろうか。
「そこはもー少し話を盛って、リップサービスしてくれてもいいとこじゃない?」
ついつい軽い口を利いてしまう俺に彼女はため息を一つ。
「そんなことをすればセルクさまを調子に乗らせるだけじゃないですか」
「えー」
「私はあの真面目で凛々しくて素敵なフェストが、好きだったんですけど……残念ながら今の貴方の不真面目さも嫌いにはなりきれないようです」
あーやっぱり彼女は真面目な方がお好みかと判断した直後にそれを否定するってどうなの。
「ホント?」
俺をそんなに期待させちゃっていいの、アイリアちゃん?
「だからといって調子に乗って、せっかく挽回した評判を損ねることはなさらないで下さいね!」
俺の浮かべた期待に満ち満ちた笑顔に不安を覚えたのか慌ててそう続ける彼女に、俺はもちろんとうなずいた。
名残惜しいけどそこで話を切り上げて、俺たちは慌てて戻ることにした。
レイちゃんが怒りをこらえながら待っていることも、アイリアちゃんからレシィちゃんの家出を聞いたシーリィちゃんが悲しむことも予想通りで、俺たちはなだめたり慰めたり誤魔化したりでその日を過ごした。




