17 そして、二人で話を2
「再び世界に魔獣を解き放たないためだなんて理由で、短絡的にティーファと離れたことを生涯後悔し、そして彼女の最後の言葉にすがって過ごしてきた。こうやって生まれ変わってもそのことをはっきりと思い出すくらいにね」
口にしたフェストのその後は我ながら女々しくねちっこいなあと感じて、口にする言葉は皮肉げに響いた。
「ティーファは、どうだった? フェストを恨んでいなかった?」
それこそが、俺がずっと彼女に尋ねたかったことだ。
恨んでいたからこそ彼女にはいつも記憶がないのではと俺は恐れていた――死んで生まれ変われば普通は前世なんて思い出さないのが当たり前だとは分かっていても、自分がそうじゃなかったから。
「フェストは深いところまで考えすぎて空回りしてたと思う。魔獣の封印に沸く中心から離れれば、素性を隠した世界の救世主なんて誰にも正体が気付かれることがなかった。ティーファの言ったように、ほとぼりが冷めた頃に落ち合えば良かったと、何度も思った」
遠い前世の記憶は純粋には俺のものじゃない。なのに幾重にも幕を隔てた先にある記憶は、ずっと残っていた。
いくつも重ねた人生のすべてを記憶しているわけじゃない。今世の幼少時の記憶だって全部覚えていられるわけじゃないんだから。
ただ要所要所で、大切だと判断したものが魂のどこかに残っているんじゃないだろうか。箱に前世と名前を付けてまとめて入れてあるものが、それを受け入れられる年齢に達した頃にふたを開けてポンと飛び出てくる。
その一番底にあるのが、ティーファとの救世の旅と、彼女と別れた後の後悔にまみれた余生だった。
「自分であんなことを言ったのに、それに反して探そうとしたんだよ」
そう口にする俺に対するアイリアの反応は冷静だ。
ティーファの記憶のある彼女には、フェストが彼女を見つけられなかったことは言われずとも分かることだろうから。
見つけられませんでしたかと問われて、俺は苦笑がちに人の身に世界は広いよねとしか答えようがなかった。
「後悔しながらティーファを捜す渦中で、貴方は今のようになったと?」
「いや、それは――」
問われて、俺は返答に迷った。
ティーファの知るフェストという男――かつての俺は、後悔に苛まれて多少変化したかもしれないけど、ほとんど彼女の知る男のまま失意のうちに死を迎えた。
「セルクさま?」
こんな風になったのは、彼女の覚えていない二度目だ。そのことを口にするべきではないのではと思いつつも、アイリアの問うような眼差しに抗することができなかった。
「フェストは我ながらできた人だったと思うので、ごく真面目に思い詰めてたけど、こうなったのは二度目があれだよねえぇ」
「にどめ?」
「そう、二度目」
やっぱり、思った通りに不審そうに繰り返す彼女は覚えていないようだ。
「俺、こう見えてフェストの時代に割と思い詰めた後に死んだのね。生まれ変わってから会おうってティーファの言葉にとりすがるような感じで」
君に執着しているのだ、なんて。
さすがにきっぱり言い切るのは俺も無理だ。重さを軽減させるような口振りを心がけて「生まれ変わる度に大体同じ年頃で前世の記憶を思い出しながら過ごしてるんだよね」なんて伝えてみたんだけど。
それでも彼女は充分な重みを感じたらしくて、瞳を大きく見開いた。
「そ、それは……その、あの」
動揺も露わに口にする彼女は、なんといっていいのかよく分からないという顔をしている。
そりゃー、そうだよねえ。唐突に「二度目」とか言われても訳分からないだろうさ。
「何も言わなくていいから聞いてくれる?」
俺は最後にはばつの悪そうな顔で口をつぐんでしまったアイリアちゃんを見つめて、二度目について語ることにした。
とはいえ、その頃の記憶のない彼女に語れることは多くない。
気を抜くと彼女が知りたくもないであろうことに触れそうで、説明は端的にならざるを得なかった。
二度目は、フェストとティーファの成した封印が綻び始めた時代だった。
その時に俺が生まれたのは、フェストが死の間際にそれを願ったからだろう。彼女とそこで出会えた理由も――同じであればいいなと、今でも俺は思う。
表向きは封印の破れた後が心配だからで、裏にはそこで再び彼女と巡り会えればという欲もあった。
魔獣が封印の綻びから魔物を世に放ちはじめた時代。相方とともにそれを退治することを生業にしていた二度目の俺は、ある時ふと前世を思い出した。
俺は大いに混乱した。今思い出せる以上に濃厚で現実的であったはずの魔獣の知識は当時の俺には重かった。
「何か悪いもんでも食ったのか?」
ただ、塞ぎ込む俺を心配する相方の言葉はそういう感じのものだった。それで苦笑したら「やべえ、本格的に何かおかしい」とか言われるような脳天気な奴だったんですよ、二度目の俺。
封印が綻び始めたと聞いたアイリアちゃんは「では、あの世界は」とその先を心配する。
遠い過去のことを心配する優しい人の指先が、かすかに震えている。
「俺の知る限りでは滅びてないよ」
安心させるように手をそっと重ねて、俺は言い切った。
とはいえ、あれから長い時を経ているから現在は不明だけど。
「でも」
「詳しい経緯は言えないけど、戦士の生まれ変わりである俺もいたし――君もいたしね」
彼女の心の平安のために言葉を尽くしたいところだけど、「聞かない方が幸せなこと」はあるんだよねえ。
その場にいたのだと直接的に伝えても、驚いたように息を飲むだけで思い当たる節のないらしい彼女に現実を簡潔に伝えるのは難しい。
「やっぱり、そのことは覚えてないか。だと思った」
覚えていたら、言うまでもなくわかるはずだよねえ。
あのかつての世界がとりあえず平穏に保たれているであろう理由に。
人の負の感情を糧に生まれ、人を憎んでかつて大暴れしていた魔獣が糧は変えないまま今は人に仇なすことなく、さらにいえばもう封じられていないのだ――なんて、ここで説明しただけで信じてもらえるとも思えない。
「……それは本当に私だったのですか?」
その場に前世の自分がいたことにすら、疑わしい様子だから。
彼女の疑問がどうして滅びていないのかに向かわなかったことは幸いだとほっとした。
「俺は君を見間違えない自信がある」
胸を張り、俺は断言した。
「何度生まれ変わろうとも君はいつもティーファの面影を宿しているし、変わらずルファンナさまの加護を得ているからね。だけどいつも、君には前世の記憶がない」
いつもいつもいつもいつも、何度巡り会ってもそうだったのだ。思わずため息が漏れる。
「それでも次こそはと、俺はいつも期待してしまう。いや……していた、かな――だって、君にはティーファの記憶がある」
それがどれだけ喜ばしいことかいくらでも語れそうだ。ただ、軽くあしらわれそうな気がして、胸の内だけでこの感激をとどめる。
「話はそれたけど、その二度目の人生で前世を思い出すまでに培った性格が今の俺を形作ってるんだよね」
俺は本筋から逸れた話を強引に戻した。
「で、アイリアちゃん」
「はい」
「ティーファは、あれからフェストを恨んで過ごしていなかっただろうか」
そして、いよいよ意を決して確信の問いを口にする。
「私は、幼い頃からあの頃のことを夢に見たんです」
俺と同じように、彼女は話し始めた。
「幼心に魔獣はとても恐ろしく、それを受け止めるには私は幼すぎて。相談した母は本を――世界と神話の話を持ち出して、私は誰かにその話を聞いたのを夢に見たのだろうと言いました」
彼女は淡い微笑みを浮かべる。
「本で読んだ以上ことを夢見たのですけど、それもあって私はティーファのことを前世のものとしてはっきり自覚していなかったんです。貴方が今お話になったようにフェストのことを自分のこととして受け止めているようには」
「そうなんだ」
ええと頷いた彼女は「自分は想像力豊かなのだと思っていたんです」と続けて、さらに「誰かに聞いた物語を拡大解釈して夢を見ていたのだと思っていたんです」と話を結んだ。
「ですから、シーリィさまと一緒に魔法の本を読んで古代魔法というものを知りそれを自分が使えるようだとわかっても、確信は持てなくて」
魔法を使えるようになった時点で確信しても良さそうだとは思ったけど、それこそが生真面目な彼女らしい。幼い時に母親から言われたことを信じ続けていたという辺りが。
「はっきりそうだと確信を得たのは、ですから貴方と初めて出会ったあの時です」
「そっか」
今まで夢を信じようとしていたことが、自分の前世だと知っても――俺ほど驚いていたようにはやっぱり見えなかったけどなあ。
「恨む、なんて考えたこともないと思います。居場所のわからない貴方を――フェストを思って、時に切なくなることはあったようですけど。寂しい生活はあまり思い出したいものでないらしくて、あまり夢に見なかったですから」
俺が数年前の衝撃を思い出しているうちに、ついに彼女は聞きたかった答えを口にしてくれた。
「そう」
ようやく得た回答に応じる声は意外なほど素っ気なくなってしまったけど、恨むなんて考えたこともない――少しずつその言葉が身に染みてくる。
「……それなら、よかった」
それがフェストの一番の後悔だったから。
視線を落とし喜びを胸の内でかみしめて、ぱっと顔を上げる。
「だったら」
何となくずっとアイリアちゃんの指先を握っていた手に、俺は軽く力を込めた。
「俺は、あの頃の夢を形にしてもいいんだろうか」
その手をそうっと持ち上げて、俺は熱くささやいた。
「ゆ、ゆめ――? あの頃の夢とはなんですか」
彼女は驚いたような声を上げて逃れようとするように身じろいだけど、ここで逃がすわけにはいかなかった。これこそが、今日の本題だったから。
「あの時のフェストは――俺は、本当は君に愛を告げたかった。馬鹿な動きさえなければ、きっとそれは果たされていただろうに」
あわあわと震える彼女が何かを口にしたようだけど、はっきりとは聞こえない。
「……それは、フェストの思いであって――貴方のものでは、ないでしょう!」
ややして、動揺を振り払うように彼女は声を上げた。
「私はティーファの記憶はありますけど、彼女ではありません!」
そう叫ぶと、とうとう彼女は俺の手を振り払ってしまう。役目を果たしてくれなかった手を俺は呆然と見下ろした。
「貴方の思いは妄執というのではないでしょうか」
ぼうっとする俺に告げられる彼女の言葉は、早くもいつものような冷静さを取り戻している。
「……そう言われると、残念ながら否定はできないなあ」
離れてしまった暖かさが恋しくて無意味に手を握ったり開いたりしながら、俺は嫌でも彼女との温度差を自覚せざるを得なかった。
「前世は、前世です。今とは何ら関わりない思い出のようなものです。そんなものに捕らわれるなんて、今の人生を否定するようなものです」
黙り込んでしまった俺を見守っていてくれた彼女は、しばらくして胸を張って言い切った。
「君は潔いね、アイリア」
それがとても眩しく見えた。「そんなことは」と否定しかける彼女に俺は首を横に振ってみせる。
「そういう君だから、これまでティーファの記憶を持ってこなかったんだろう。なのに今、それを思い出してくれていた君に出会い、そのことを知れたのは奇跡的なことだと思うよ」
後ろ向きで過去を振り返ってばかりの俺とは違う前向きさ。これまで、幾度も生まれ変わり巡り会っても俺のことを思いだした素振りさえなかった君が、どうして今回ばかりは違うのかわからないけど。
唯一かもしれないこの機会を、見逃すことはどうしてもできない。
何かを感じたらしい彼女が腰を上げようとするのを、俺は身を乗りだして制した。
「アイリア」
「な……なんでしょうか」
抑えた声で呼びかけると、掴まれた手を見ていた眼差しを俺に据えて彼女は何かを感じたように身を震わせる。
「だから妄執だと言われようと、俺は君を諦めるわけにはいかない」
どうしてと呟く彼女の声は動揺のためかずいぶん小さかった。
「俺は、そんな君がずっと好きだ」
「だから、それは」
何かを思い切るように――俺を拒絶するように声を上げるのを制したくて、空いた手で彼女の口を塞ぐ。
なんと続いたかわからない言葉が手のひらに吸い込まれた。
「何度生まれ変わっても、そうだった。君に記憶があろうがなかろうが、それは変わらない」
限界まで目を見開く彼女が手を振り払う前に、俺は真摯にそう告げた。
一度まばたきをして彼女が目を不満に歪ませるのを見て、彼女の口から手を下ろす。
「……つまり貴方は、記憶がなかったという以前の私にも常に愛をささやかれてきたのですね」
非難されるのは覚悟の上だったけど、彼女の口から出てきたのはそんな言葉だった。
「俺の想いの根底にはティーファの存在があるというのに、そんなことができたと思う?」
「聞かれても、私にはわかりません」
どういうことだと不審そうに口にする彼女は、何をどう考えて俺の言葉を聞いたんだろう。きっとまだ受け止めきれてはないだろうと推測するけど。
そんなことを考えながらも、俺の告白にすぐさまティーファとアイリアとの間の前世の自分を気にかける彼女の様子にうっすら期待が沸いてくる。
「今まで俺が君に言い寄ったことはあった?」
だから、俺は自信を持って彼女に問いかけた。




