16 そして、二人で話を1
アイリアちゃんに椅子を勧めて、彼女にお茶を淹れることにした。俺にお茶のあれこれを教えてくれた人は、気持ちを落ち着けるのにこれが一番だと常々言っていた。
まさか俺がそんなことをするなんてと言わんばかりにアイリアちゃんは目を見張っている。
「おいしい」
一口飲んだアイリアちゃんの言葉に思わず笑みがこぼれる。久々にした割には上出来だと俺も自分で飲んで確認した。
こんな風にアイリアちゃんと二人でゆっくりする日が実現するなんて、しばらく前は考えもしなかった。
不幸な経緯を経て今があるんだけど、今この時だけを切り抜いてみればすごく幸せなことだ。
「セルクさまがこんなにおいしいお茶を淹れることができるなんて存じ上げませんでした」
「だろうねえ」
騎士であるセルク・アートレスが侍女であるアイリア・ファートレンの前でお茶を淹れる機会なんて、そうそうあるわけがない。多分これから先も滅多にないことだと思う――だって、好きな子に手ずから淹れてもらったお茶ほど美味しいものはないじゃなーい?
俺がそんな風に考えている間、アイリアちゃんは変に静かだった。
緊張でもしているんだろうか?
そう感じて、こっちまで緊張してきてしまう。いじいじとカップを揺らしながらさてなにをどんな風に話すつもりだったんだっけなと思い返そうとしても咄嗟にできなかった。
こんなにゆっくり二人きりで過ごす時間は貴重だけど、残念ながら本来は仕事中だ。いつまでもこうやっているわけにはいかない。
俺はとっちらかりそうな思考をどうにかまとめて、そっとカップをソーサーに戻した。
「ティーファの記憶があったという割に、君は俺と初めて顔を合わせた時冷静だったよね」
「そう、ですか?」
もっと上手に切り出すこともできたはずなのに、俺の言葉は唐突なものになってしまった。
「我ながらとても動揺してました。それを表に出さないように必死でしたけれど――貴方の自己紹介には目眩を覚えたような気がします」
一瞬きょとんとした彼女の答えは、俺にとっては意外なものだ。
「――まあ、あの時は俺の方も動揺していたから、君がそう言うのならそうなんだろうね」
今思い返しても、どう見ても冷静――というか、初っぱなでふざけた挨拶をした俺に対して冷淡な視線を向けていたと思うんだけどなあ。
少なくとも俺が「ティーファの生まれ変わりに再会した!」と喜びつつも動揺していたのと同じような感情を持っていたようには見えなかったんだけど。
幼い頃から侍女となるべく育てられた人だからかな。本人の言うとおり感情をきっちり抑えきってたってわけかも。
俺は動揺してあんな挨拶しちゃったんだよと簡単に説明してみた。父上の懐が大きくなければ、そのうち後継を親族の誰かに譲ってそれこそレシィちゃんのように旅の空の下にいたかったなーとか考えてたんだよね。
魔法国家を自称しているのに、魔法を使えない王女に肩入れしてもアートレスに未来はないと思ってたもん。先のない家にしがみつくくらいなら、前向きな気持ちで前世にしがみついて夢を追っていいんじゃないかと考えていた。
前世にしがみつく時点で後ろ向きだってもっともなつっこみは勘弁願います。
「セルク・アートレスは、魔法が使えないってだけで功があっても出世が望めないこの国の現状に不満を覚えてたんだ。武家の筆頭であるアートレス家の後継者ってだけで、大きな失敗をしない限り特に功が無くてもある程度出世が約束されてる現実にもね」
前世の記憶のない頃の自分は、自分の先行きが限定されていることに見えない重圧を感じていた。
何かの問題を起こさない限り、順当に行けば問題なく武家の筆頭として約束された地位を手に入れる――騎士団長は魔法を使えない下位貴族の中では一番の権力を有する。
その先をと上を目指そうとしても、「魔法を使えない」ただそれだけで、それ以上は絶対にあり得ない。
俺は真面目で向上心がある少年だったんですよ? いやマジでマジで。
建国当時の活躍とやらで爵位だけは立派な公爵家――武家の中では唯一の立場は他より突出していて、将来は確実でもその先はあり得ない。それを悟ったかつての俺は、なにか自分だけのものが欲しくて、最年少での叙任を狙ったものでした。
「せめて何か自分だけの名声があればと最年少で騎士の叙任を受けたまでは良かったけど、それからあまり経たないうちにとんでもない量の前世の記憶を思いだしてしまった俺は思いました」
「何を、でしょうか」
今でもあの日の衝撃はまざまざと思い出せる気がする。
それは、以前の俺にとってはある意味救いだった。憑き物が落ちたように肩の力が抜けたから。追い立てられるように約束された道を駆け抜け続けた先には、きっと虚しさしかなかっただろうから。
思い出した結果両親には色々心配かけたんだけども、そうでなかったら父上を追い落としてたかもしれない血気盛んなところもあったから差し引きしたらこっちがましなんじゃないの?
「人生、真面目にやっていると馬鹿を見るぞと!」
純粋に両親の「こども」だと思えなくなった自分に後ろめたさを今でも感じる。それを振り払うようにことさら明るく断言してみると、聞いたアイリアちゃんは渋い顔だ。
「……どうしてそのような結論に至ったかが、疑問です」
「色々あったんだよ」
俺は頬杖をついてつぶやいた。
「いろいろ、ですか」
不思議そうに繰り返す彼女を俺はじっくりと観察する。これまでこっそりと見ることは数あったけど、真っ正面から見つめ合うようなことなんてそうはなかった。
これまでなら、真っ正面からじっと見つめたら怒られそうだったからなあ。そうでないだけで、胸の内が温かくなるような心地だ。
「前世を思い出すまでの俺だって現状に不満を持っていたんだから、少々責任を放り出してもいいんじゃないかとやけになってたんだけど、ね」
「やけになって、ああだったのですか……?」
あきれたように問われた俺は頷いた。
自分が約束された以上の上にはたどり着けないなら一日でも早く父親を追い落とせばいいんじゃね、とかそのうち考えそうだった自分がわかるんだよね。
若かったんですよ、ほら。ちょうど反抗期だったしさ。
「勝ちの目の少ない王女派に属してもアートレスに先はないと思ったんだよ。だったら没落の憂き目にあう前に穏便に面倒な立場を返上したらいいんじゃないかなーと思ってたのにねえ」
だったら逆に自分が追い落とされてもいいじゃんって思考になったのは、やっぱりやけになってたんだよなー。
突然大量に蘇った記憶で混乱したとも言い換えられるけど。
難しい顔で俺の言葉を聞いているアイリアちゃんの眉間を俺はそっと押さえた。
しわ寄ってると指摘すれば、誰のせいだと思ってるんですかとむっとされてしまう。そう言われると俺のせいなのかなあと曖昧に笑うしかない。
「とにかく、うまいこと旅立てたら君を――まあつまり、ティーファの生まれ変わりを探しに行こうと思ってたのに、まさかの場所に君がいたことには驚いたよ。あんまりびっくりしてするつもりもなかったふざけた挨拶しちゃうし、シーリィちゃんにはウケたけどレイちゃんは怒るし、肝心の君には呆れられたし……」
「あれが、私の存在の驚いての暴挙だった、と?」
「動揺のあまり、初っぱなからこういうこと言ったらすぐに罷免されるかなと妄想していた言葉がつい口から飛び出ちゃった的な」
言い訳を重ねる俺にアイリアちゃんは顔をひきつらせる。
「――ティーファと別れてからどんなことがあれば貴方がそんなにはっちゃけた言動をするに至るのか、経緯が非常に気になります」
「聞かない方が幸せなことは、世の中にあると思うよ?」
思わず真顔になって、俺はそう口にした。目の前の彼女はその言葉に言葉を失ったようだけど、含まれた裏の意味を感じた訳ではなさそうだった――だろうなあと、予感はしていたけど。
アイリアちゃんには、ティーファの記憶はあっても他はない。
二回目以降いつもまっさらに人生をやり直していた彼女が思い出したのは、最初の「ティーファ」だけなんだ。
「聞かない方がある意味幸せなこと」に、どうやら心当たりがない様子だから。
「でも、俺としてもティーファのその後が聞きたいから簡単に言うと、世界を救った人にしてはフェストの人生はその後華々しくはなかったね」
彼女がティーファ以降を覚えていないことはショックだけど、今回初めだけでも覚えてくれていた僥倖を逃すことはできない。
俺がずっと何もかもを忘れきれずいつも思い出してしまう根底には後悔があったから、どうしても確認したいことがあった。
内心気合いを入れて問いかける俺を、彼女は話は聞かない方がいいんじゃなかったのと言いたげな顔で見つめていた。




