15 落ち着いたのはいいけども
ほぼ王女派のようなものでも中立の立場を維持している新しい騎士団長は、王弟派にも歓迎された。副団長には親の七光りだとかまあそりゃー口うるさい陰口が、その王弟派からぼろっぼろ出てきましたけど。
え、はっきりと王女派だった父上はどうだったって?
あの人はそういうゴタゴタが巻き起こる前から立派な団長だったし、慕われていた方だったと思いますよ。アートレスは武家の中では突出した権力を持っているからねえ。そんな家の当主として揺るぎない姿を見せていれば、そうそう反抗する奴なんていないよね。
それを内心面白くなく思っていて、家が勝ち目のない王女派を宣言して喜んでいた層が王弟派ってわけ。
そんな絶対的だった筆頭武家の新しい頭領がへらへら軟弱な俺ときたら、ここぞとばかりに追い落とす気満々なのではないでしょーか。
どーせ想い人と結ばれるわけないしーとやさぐれていた頃の俺ならそれもありかと考えたかもしれないけど、当然今の俺は違います。
だって、アイリアちゃんがティーファの記憶を持ってるんだよ?
これまでにないことなんだよ?
全力で事に当たって、なにもかも思い通りにしてやると気合いは充分でありますことよ!
そんなわけで俺は張り切った。多少のゴタゴタはあったけど、とりあえず落ち着いたと言えるようになって思わずよっしゃーと拳を握りしめる。
俺が頑張った何よりの理由は、「落ち着いたらゆっくり話す」とアイリアちゃんと約束したからですよ!
頭の中であれこれ将来を妄想したって、まず最初に彼女に確認しないといけないことがあるんだもんね。出来ればそーっとしておきたい傷に自ら触れにいくようなものだけど、それをしなければすべてが始まらない。
結果によってはまたやさぐれることになるとはうっすら考えはしても、今の俺には期待の方が大きい。彼女にティーファの記憶があるだけで、俺はこんなに幸せなんだから。
うきうきと踊るような足取りで、俺はその朝仕事場に向かった。それは最近ずーっと籠もっていた兵舎の一室じゃなく、本来の職場である王女殿下の部屋。
書類仕事の半分、代理として処理してきた騎士団長印がどうしても必要な日々の仕事を机上の仕事が苦手な新団長殿になんとか引き継ぐことに成功し、今日から身軽なのですよ!
残る半分は副団長でも何とかなるので残留だけどー。まあそれはそこまで重要度は高くないし、別に机につきっきりでなくても何とか。
数ある前世のいくつかで、そういう処理専門にしてたことあるしねー。その辺思い出せば、手慣れたもんですよ。
ってわけで憂いなく職場に向かっていた俺だったんだけど、その歩みは途中で止まることになった。
街娘の格好で茂みに隠れてたレシィちゃんを、発見してしまったからだ。
踊るようだった足取りをひっそりしたものに変え、俺は周囲を警戒しながら彼女に近寄った。
「さすがセルク、よく気付いたわね!」
「うん、まあね。勘いい方だから俺ー」
勘って言うより、レシィちゃんの気配をよく知ってるからだけどね。できるだけ気配を殺して魔力も抑えているようだけど、こっちは本職の騎士でついでに魔力の気配にも敏いので。
精霊使いじゃないけど見ようと思ったら精霊だって見えるくらいには神のご加護を受けておりますから、よく知った人が近くに潜んでいることに気付くのも朝飯前って奴ですよ。
他の人には見つからないんだけどなあとぶつぶつ言うレシィちゃんに「かわいーお嬢さんの気配ならいつでも察知することができますのよ」と俺は冗談めかして笑って見せた。
「それにしても、なんでまたそんな格好でここに? 残念だけど、俺今日は街遊びにつき合えないなあ」
久々に仕事でべったりとアイリアちゃんの側を満喫した後で、夕方にでも彼女を誘ってゆっくり話すというのが今日の目標です。まだ誘ってさえいないけど。
レシィちゃんに言いながら彼女の隠れている茂みの奥にしゃがんだ時、俺は見てはまずそうなものを発見してしまった。
「そのつもりはないわ」
俺はイヤな予感に苛まれながら、堂々と言い放つお姫さまを見下ろした。
「あのー、その荷物、とっても大きいね?」
「旅の荷物だもの」
それを聞いて叫ばなくて済んだのは、薄々予感していたからだ。
でもうなり声をあげて思わず天は仰いでしまう。
「……王族のお姫さまがそんなことするのなんて危険だって、これまで何度も伝えたよね?」
「でももう、我慢の限界だわ」
レシィちゃんは聞く耳を持たずにまなじりをつり上げた。
「私の存在が原因で人的被害が出たんだもの。私さえいなければ万事うまくいくはずよ」
断言するお嬢さんは短絡的に結論づけている。
「それは君が責任を持つことじゃないよ」
頭に血が上っている様子の彼女に言っても無駄だろうけど、俺は一応言ってみせた。
どこの誰が悪いかと聞かれたら返答に迷うけど、第一に責任を持つべきは国王陛下や王弟殿下でしょ。
両親ともに魔法使いでない場合に子供が魔法を使えない確率が高いと知っていながら王妃さまを娶った陛下も悪いし、同じく可能性を知りながらそれを認め娘に王女を支えるように言い聞かせてた王弟陛下がやはり魔法を使えない姪っ子には国を治めきれまいと手のひらを返して対立する方向に打って出たのも悪い。
でもより責任が重いのは陛下かなあ。将来的に魔法使い偏重の国を変えていくつもりなら、最初っから王弟殿下をしっかり味方に付けておけばよかったのに。魔法の使えない女王が不安でも、その隣を支える気満々のレシィちゃんがいれば何とかなったと思うんだけどねえ。
――まあ、今回の事件の場合、悪いのはいつまでも決着が付かない中央に欲を出した第四王位継承者さまがいっちばん問題なので、恐れ多くも陛下や殿下に苦言を呈することなんて一武官の身ではしませんけど。
「悪いのは王位を狙った元大公サマでしょ」
「次期王位が揺るぎなく落ち着いていれば、狙うことさえ考えなかったと思うわ」
「そこまで気を回して考えるなら、責任を負うべきはそれを揺るがせている大人じゃなーい?」
不敬罪に問われたくないのでぼかした表現で主張しても、レシィちゃんは揺るがない。
この子は思いたったら突っ走る子なんだよねーと俺はつい視線を逸らしてしまう。
旅立ちに最適な快晴、雲一つない青空が頭上には広がっている。
幼くして勢い余って家出を試みたレシィちゃんを見つけて、何とか言いくるめた日を思い起こす――あの時から、ぶれずにいつかどうしようもなくなったら出て行く気だったんだろうなあ。
あれから二年弱、彼女を諦めさせるために市井でのあれこれを教えたけどレシィちゃんは諦めることなくそれをすんなりと受け入れてしまった。下手を打ったと考えつつも教えることを止められなかったのは、そうした瞬間にでもすべてを身につけたと確信して勢いで飛び出しそうな気がしてたまらなかったから。
若くて可愛い世間知らずのお嬢さまが世を渡っていくことがどれだけ危険かも伝えたんだけどねー。
王都内でさえようやくよく行く道を覚えられたくらいの方向感覚の怪しい子が旅に出ることが自殺行為だとも、ことあるごとに言っておいたんだけどなあ。
今更をそれを言っても聞く耳持たないと言わんばかりの様子に俺は思わずため息をもらしてしまう。
これまでの経験から、引き留めたらこじれそうな気がとってもする。
「引き留められることは予想してたのに、わざわざ挨拶しにきてくれるなんて律儀だね」
「あら、もう止めないの?」
「それは山々だけど、時間の無駄になりそうな気がする」
分かってもらえて幸いだわとレシィちゃんがにっこりするのに、俺は苦笑するしかない。
「貴方を兄と見込んで頼みがあるの」
可愛い妹分の頼みなら聞いてあげたい気持ちはあるけど、正直気が重い。仕方なく先を促すと、レシィちゃんはアイリアちゃんを呼んでほしいと俺に言った。
「何で?」
「私が家出したと聞けばシーリィ姉さまは責任を感じると思うわ。でもそれが私自身が望んだことだと伝えたいの」
「それを直接伝える勇気がないからアイリアちゃんに伝言を?」
「そーよ」
後ろめたさを感じていそうな顔でレシィちゃんはつんを顔を逸らす。
「そういう気が重い伝言を彼女に押しつけるのはどうかと思うけどなぁ」
絶対アイリアちゃんはレシィちゃんを引き留めにかかるだろうし、引き留めきれなければそれこそ彼女が責任を感じてしまう。
だけどこのまま黙ってレシィちゃんを行かせるのまずいかな。一瞬悩んだけど、確かに直接アイリアちゃんに話してもらう方がいいと判断して俺は頷いた。
ただ、ちょっとした心配があったけど。
「今からすぐにでも出ようって構えに見えるけど、アイリアちゃんを今から呼んでこいってこと?」
王族の姫君は俺の問いかけに迷いなく頷いた。困難な命令に頬がひきつりそうになるのを感じつつ、俺は仕方なく首肯した。
「仰せのままに」
って、騎士のお手本みたいにね。
人目に付かないように気をつけてレシィちゃんを兵舎内に案内した後、俺は急ぎ足で王女殿下のところへ向かった。
浮かれ気分はすっかり吹き飛んでいて、どうやってアイリアちゃんを呼び出そうかと考えを巡らせる。
結局ろくに思いつかなくて、真面目に挨拶した後にシーリィちゃんに許可を受けた。近くに控えていたレイちゃんの視線は気にしませーん。
王女殿下の許可さえいただければ問題ないですからね!
どっちみち後で説教を食らうのは覚悟の上で、俺はうろたえた様子のアイリアちゃんを連れ出した。
彼女に話したいことはいくらでもあるのに、脳天気に廊下で話せるような世間話は一つもない。一番無難なのは「いやー、役付きになって忙しくて大変だったよー」とかその辺りだけど、さすがに人目があるところで愚痴のようなこと言いにくいよねー。
レシィちゃんが気を変えていなくなってたら大変だしと言い訳しながら、俺は足早に目的地に向かった。
たどり着いたそこであり得ない人物の姿を見て目を見開くアイリアちゃんに、容赦なくレシィちゃんは家出をすると宣言した。
予想通りそれを止めにかかるアイリアちゃんに抵抗したレシィちゃんが言わなくていいことを――事実だけど、俺がお忍びにつきあってあれこれ教えてあげたとか言わなくってもよかったんじゃない?――口にしたので、俺はアイリアちゃんに冷たく見据えられて大いに動揺した。
何とか納得してくれて「レシィちゃんなら止めても突き進んでいきそうだよね!」とアイコンタクトで通じ合ったから、最後はよかったとするけど。
晴れやかかつお転婆に、窓から身を踊らせて出て行くレシィちゃんの背に、アイリアちゃんは旅の無事を祈っていた。
若い娘の一人旅は危険だとは思うけど、俺はアイリアちゃんが無事を願ったレシィちゃんが何事もなく旅することを信じる。
愛し子のささやかな願い事を叶えてくれない慈愛神さまじゃないはずだ。
「きっと君の祈りは届くよ」
「ええ」
愛すべき無謀なる妹分の姿が見えなくなるのを最後まで見てから、アイリアちゃんは振り返った。
「きっとシーリィさまは悲しまれますし、レイドルさまはお怒りですよ」
レシィちゃんを見送るのに俺が背後まで迫っていたことに気付いていなかったらしくて、アイリアちゃんは驚いた様子を見せながらそんなことを言う。
「だろうね」
もっともな言葉に俺は深々と頷いた。
「すぐ戻るのも気が重いし、少し話でもしようか」
こんな大変なことがあった後で、夕方アイリアちゃんを連れ出せるとも思えない。取り繕った俺の言葉に彼女が頷いてくれたので、俺は当初の予定を早めて彼女と話をすることした。




