14 出世は希望しないんですけどー
国王陛下から騎士団長の打診を受けたのは、レイちゃんと飲んだ翌々日のことだった。
俺は開きっぱなしになりそうな顎をなんとか通常の位置に戻して、密かに陛下の正気を疑った。
父上が亡くなったことについての補償は十分あったし、加えて褒賞まで与えられている。その上で立場まで引き継がせようって――マジで?
何考えてんのおっさん。
本音は上手に包み隠し、俺は丁重に辞退を申し上げる。
若輩者に団長位は重いこと。さらには信用を積み上げていない身では団員たちに認められると思えないこと。自分より適任なのは副団長――アイリアちゃんの父上――だと誰もが思っており、そうならねば騎士団は今以上に動揺しすぐにはまとまらないであろうこと。
俺の奏上に陛下は相づちを打ったが、それでもなお俺に騎士団長になれとごり押ししてきた。
いや、なーんとなく考えが読めるような気はするんですよ?
本来国王陛下付きになる立場なのに、そのまま王女殿下付きでいいとか結構あからさまですよねー。前騎士団長の息子を後がまに据えて、王女の騎士は俺だけだからってそのまま維持して、「次期女王の側に新騎士団長がいる」というような方向に話を持っていきたいんでしょ?
その辺にうるさそうな王弟殿下は自派をまとめきれなかった悔いがあるから今回は強く出れないだろうと踏んだのかな?
一手打ちたい気持ちは分かるけど、逆に反感食らうんじゃないかなーっと。
ごり押しで任命するほど暴君でない陛下だけど若造の言葉に簡単に引いてくれもせず、その時は「しばらく検討するがよい」と切り上げられた。
検討しても、意見は変わりませんけどね。二十代半ばにして責任の重い地位につくつもりで生きてきておりませんので。三十頃からぼちぼち落ち着いて、脂ののった四十代半ばくらいでそこそこの地位にっていうのが妥当じゃないかしらと、一応将来を設計してたんですよ?
前世を思い出す前からそのあたりが妥当だとあたりをつけておりました。へましない限り決まった道筋をたどることに空しさを覚えながら、だけど。
今、俺が騎士団長の地位に就けば、最年少での騎士の叙任に加えて最年少の騎士団長位ということにはなるけど――それが、王女殿下の後押しにつながると陛下が考えたからって、俺はそのまんま素直に受け入れられないなあ。
実績もほとんどない人間がたやすく騎士団をまとめきれるとも思えない。いや、いざとなればどうとでもしますけどね? これでも色んな経験を重ねているので、やろうと思えばどうにかなると思うけどね?
周囲に余計な軋轢を生んでまで面倒な立場に立ちたくないなーというのが正直なところであります。
他に適任者がいないならともかく、ちゃんといるんだしさあ。
「何を考えているんだ」
その適任者――つまりは、騎士団副団長にしてアイリアちゃんのお父上であるファートレン殿は、俺のところに押し掛けて来るなり仏頂面で言い放った。
いぶし銀の風合いのある強面の騎士に眼光鋭く睨まれながら、俺は首を傾げた。
「えーと、なんの話でしょー?」
手元の書類を切り上げて、俺は最近のことを振り返った。
騎士団長代理に任命されてからこっち、ごく真面目にやってきたので心当たりが何もない。以前は「この軟弱者め」とか「ふらふらしおってから」とか「お父上を見習わんか」とか、俺にさんざん忠告してきてくれた面倒見のいい人は、ここ一年くらいはそれなりに俺のことを認めてくれていたように思う。
「何か問題でもありました?」
急ぎの書類でもあっただろうかと考えても思い当たることがなくて尋ねる俺を見る副団長殿の眼がすすぅっと細まる。
「大ありだ」
ずかずかと近寄ってきて、彼はバンッと机を叩きつけた。
「お前、恐れ多くも陛下から騎士団長の命を受けたのに、断っただと?」
「あー、それですかー」
「その上、何故その場で俺の名を挙げる!」
「だって、騎士団長にふさわしいのが誰か、誰に聞いても副団長の名を挙げると思いますよー?」
ヘラヘラ笑うんじゃないとファートレン殿は憤慨している。
怒れるおっさんを俺は理路整然と諭してみせたが、
「俺は剣を振るうしか脳がない男だ。トップとなれば頭が必要だろう。お前のよく回る頭と口があれば心配せずとも団はまとまるはずだ」
なんて言って一歩も譲らない。
「古参の方々が納得しないと思いますけど。第一、ふくだんちょーは俺なんかを上司にしちゃって納得できます?」
「無論」
うなずくおっさんは迷いなく潔い。過ぎた立場は毒だと言い切る姿はかっこいいけど、その実この人は愛妻家だともっぱらの噂なので出世して王妃の侍女である妻の側から離れるのがイヤなんじゃないかと邪推してしまう。
アイリアちゃんもそうだけどその両親も揃って真面目な人だから、仕事中にそんな様子は露ほども見せないけど。
でも騎士団界隈では「国王陛下ご成婚後王妃の騎士になった若き日の副団長の愛故の暴走」話は結構知られている。俺なんか、立場上間近でそれを見聞きした父上から直接聞いたこともあるもんね。
それはさておき。
ご本人に不満はなくても、俺がこの人の上に立つことに納得しない面々はいくらでもいると思うな。
上司殿の鋭い眼光を俺はさらりと受け流す。大丈夫、魔獣のことを思い出せばそよ風も同然だ。
ただにらみ合っても埒があかないと見たかファートレン殿は大きなため息をもらしてこっちに殺気じみた圧力をかけてくる。
ああ――俺、今後のことを考えると出来ればこの人とはいい関係を保っておきたいんだけどなあ。
想い人の父親に正面切って対抗するのはよくないと思うんだけども、それだけで「じゃあ俺、騎士団長やります」とは言えないよねー。
できればこうやって目を目を合わせるのはおっさん相手じゃなくて貴方の娘さん相手がいいんですけど、とか言ったら怒りそうだなーこの人。
お互い面倒くさい立場の押しつけあいを重ねたんだけど、最終的に俺は騎士団長就任を免れることが出来た。
冷静に思い直してくれた国王陛下は「アートレス家のセルク殿の方が」と譲らぬ新団長殿に対して、今度は断固として命を下していた。
最初っから俺を任命することに無理があるとは考えていたんだろうなーと、それを見て俺は悟った。じゃあ最初っから無茶ぶりすんなよって話なんだけど。
アイリアちゃんのお父上は命じられれば否を唱えることはせず、与えられた役目を誠心誠意果たすとその場で誓い、陛下は鷹揚に頷いて応える。
「アートレス」
そして、陛下は俺に視線を向けた。
「ではお前には、副団長を命じる」
「はっ?」
「まさか否やは唱えまいな? 今のお前に騎士団長位は荷が重いかもしれぬが、いずれシーリィの騎士としてお前が騎士団長になる。今のうちから責任ある立場に慣れておくがよい」
断固とした口振りの絶対権力者さまに、俺は言葉もなく間抜け面をさらした。
「この上他に適任者がいるとは、まさか言うまいな?」
いると思っても言えない雰囲気を演出された上で、ごり押しする気配。何かを試されている感じがひしひしと伝わってきて、居心地が悪いんですけどおおおおおおお。
新団長殿の腹心のスコット卿とかの名前、ここで挙げちゃダメなの? ちょっと家柄的に立場弱いかなー。
かといってファートレンに次ぐ家柄のほとんどは王弟派の騎士だから――、王女派を取り立てたい陛下としては認められないよねえ。
俺はへらりと笑ってみた。ファートレン殿がこっちを見てたら陛下の前でなんだその顔だって怒りかねない表情なのに、肝心の人は気にした素振りがない。
「亡きお前の父は、息子には素質があると時折口にしていた。その信を損ねることはあるまいな」
なおかつだめ押しで、死んだ人の言葉を伝えるとか逃がす気ないよね!
生前親不孝したなあと今更感じている身としては、頷くほかなかった。
「陛下や亡き父の信に背くことなきよう精進いたします」
うやうやしく頭を垂れる俺に満足げに頷く国王陛下――この人、最初っからこういう流れで俺を頷かせるために無茶振りしたんじゃね? 俺は今更ながら思い至って、いいように踊らされた自分に心の中で涙した。




