13 たまには飲みましょう2
現実に意識を戻すと、レイちゃんはすぐに本題に入るつもりはないらしくグラスを軽く回していた。
俺は存分に過去を振り返ったけど、さっき思い出した以上のことは思い出せそうになかった。
「このように言うべきではないのでしょうけれど」
まさしく意を決したように彼が口を開いたのは五分以上が過ぎてからだった。
「そろそろ日常を取り戻しても良いのではないでしょうか」
ためらいがちな言葉に心当たりがなくて、俺は首を傾げる。
「それは俺の一存じゃどうにもならないなあ」
今がこれまでの日常から大いに逸脱していることは認める。特に俺の周りはこれ以上なく変化しつつあった。父上が――騎士団の長が倒れた事による混乱はまだ収まりそうにない。
次の団長はまず間違いなくアイリアちゃんのお父上だろうと目されているけどまだ陛下の勅命は下っていないし、団長が戻るまでと期限がつけられた俺の代理権は当人が亡くなって戻りようのない今、まだ失われていない。
できるなら次期団長殿(仮)にもう押しつけてもいいんじゃないかと思うけど――あの人はなあ。机にかじり付いて書類と向き合うよりは体を動かすことを見るからに好んでいる。今の混乱下で役割が増えても書類仕事が滞りそうなだけだよなー。
こう見えて、一応俺だって責任感のかけらくらいあるんですよ。後で大変なことになりそうなのが目に見えてるのに、今全部丸投げするわけにはいかないよねえ。
「早いところ、色々落ち着けばいいんだけどね」
説明を端折って口にする俺を、レイちゃんは渋い顔で見る。
彼は何かを言いたそうに、だけど言葉に迷うように視線を落とし、間を持たせるつもりだろうか薫製肉を手にとって豪快にかぶりついた。
らしくない仕草に俺は目を見張った。
「どうも、私の意図が伝わってないような気がします」
もぐもぐ口を動かし、中の物をお酒でのどの奥に送り込んで、レイちゃんはようやくそう言った。
「どういうこと?」
「静かすぎるんです」
「ん?」
「貴方が静かだと、妙に落ち着かないんですよ!」
叫んだレイちゃんの顔は早くも紅潮していた。日頃たしなむ程度で特に好んでもいそうにない人は、あまり酒には強くなさそうだ。
「私が口を挟むような話ではないかと黙っていましたが、もう限界です」
いつもずばっと俺に苦言を呈するレイドルらしくない物言いに、俺はきょとんとしてしまう。
「どういう――?」
「日頃むやみやたらに無駄なくらい明るかった貴方がああも黙り込んでいると陰鬱なんですよ!」
「いんうつ、て」
酔っぱらうの早い上に絡み酒って、ちょっと意外だ。
切り込むようにグラスを突きつけてくるので、俺はそそくさとそれに酒を継ぎ足してやった。もう水の方がいいんじゃないのと思ったけど、用意がないので度数の低い安い酒の方。
酔っぱらいはそれを手元に戻してちびりとやった。
「お父上を亡くして気落ちする気持ちも分からないではないと、思っていたのですが」
そしてぼそぼそとはっきりしない口振りで続くのは「それだけではないでしょう?」と疑問形めかしつつも断言するような言葉で。
「落ち込んでいるにしては、貴方の行動はどこか冷静です。騎士団内の混乱が最小限に抑えられているのは貴方の功績ではないかと私は思います」
「いやー、そんな誉めてもらうほどのことはしてないけどねえ」
珍しくも真っ正面から誉め言葉をもらっても、俺は苦笑せざるを得ない。
父親が死んだからってこの期に及んで今更真面目にやってどうするんだって嘲る奴らがいるのだって知ってるし。そうされても仕方ない行動を何年も積み重ねてきた自覚があるから、とりあえず甘んじて受け入れるしかないわけだけども。
そんな俺を、レイドルは観察する眼でじっと見据えてきた。
「――アイリアと、何かありましたか?」
「は?」
突然の話題転換に俺は咄嗟についていけなかった。
「こうして相対していると、貴方はいつも通りですね」
「え、っと?」
「仕事中は以前より真面目にやっているようですが、特段落ち込んだそぶりはないとファートレン殿はおっしゃっていました。主を守った父を誇れども少なくとも人前で嘆くようなことをするわけがあるまいと。騎士たるもの、任務により命を失う可能性はもとより認識しているはずだとも言われていましたか」
グラスをくゆらせながら彼はとうとうと続けた。
「あまりに落ち込みの深い貴方の様子を案じてファートレン殿に尋ねてみただけに驚きましたよ。我々の前限定であのような様子だなんて」
咎めるように言われて、言葉に詰まる。レイドルはそんな俺を見ながら再びグラスを勢いよくあおった。
「シーリィさまが今回の件を気に病んでらっしゃっていることは気付いてますか、セルク? 常ならば気付かない貴方ではないと思うのですが――今、貴方はアイリアにばかり意識を向けているでしょう」
唖然とするばかりの俺に、しばらく観察していて確信しましたと彼は続ける。
「何があったかを聞こうとも思いませんし野暮なことは言いたくないのですが、できれば早いうちに状態を改善していただけると助かります」
俺は何とも答えようがなくて、ただただグラスをあおった。
ああ……恋愛沙汰に疎い人に見透かされてることはショックだ。それに、確かに思い返せば俺が静かーにしてることでシーリィちゃんは気を揉んでいたような気がする。
彼女の後ろにいたアイリアちゃんが何とも言い難い顔で俺を見ていたことだけはよーっく思い出せるんだけども。
だってさあ、だってさああぁ。
アイリアちゃんがティーファの記憶を持ってるって知っちゃったじゃん? 彼女に見られていると思ったら、なんか背筋がぴーんと伸びちゃうっていうか……なんというか、いつもどうしていたか自分を見失ってる感があるんだよね。
それに、本当にもうものすごーく今更でもさあ、ちょっとは真面目に振る舞って見直してもらいたいとかさあ。そういう欲、出てくるじゃん?
俺はさっきのレイドルのようにいじいじとグラスをいじくり回しながら心の中で反論する。それをそのまんま口にすることは、出来ないよなあ。
「シーリィさまは陛下を守るために、私や貴方の父親が命を落としたことを大変気にかけてらっしゃるのです」
そんな俺に業を煮やしたのか、ため息混じりにレイドルは再び口を開いた。
口にする彼も何とも言い難い顔だけど、聞いた俺もどういう反応をしていいのか分からない。
「犯人達があえて王女派の重鎮を狙ったのかどうかは分からないけど、よりによって身近な俺たちの身内が亡くなったのはお姫さまには苦痛だろうね。
――いつでもその可能性があるのが騎士ってもんだけど」
アイリアちゃんの父上が言うとおりに、俺にはいつかあるかもしれないくらいの覚悟はうっすらとあったけど――身に差し迫った危険を経験したことがなかったシーリィちゃんはきっとそうじゃない。
落ち込みはしても表には見せなかったつもりだけど、アイリアちゃんの前で変にフェストっぽくしてたら、そうか。気にしちゃうか……気にしちゃうかもなあ。
「わかった、善処します」
俺が素直に伝えると、レイドルは誉める教師の眼差しで一つ頷いた。
俺はそんな彼に何か言ってみたくなって、
「レイちゃんもこの機会に、シーリィちゃんをやさしーく慰めてあげたらいいんじゃない?」
とか言ってみせる。不審そうに眉根を寄せるレイちゃんだけど、動揺したようにまばたきが増える。
「お兄さんにはお見通しなんですよ?」
二人が想い合ってることも、お互いがそれに気付いてないこともね。
今度はお酒の影響以上に顔を赤くしたレイちゃんに溜飲を下げて、俺はにまにまと笑みを浮かべた。
レイちゃんに手痛い指摘を受けたり、それに反撃してから、二人で夜中まで飲んだ。
酔うのが早かったレイちゃんは意外としぶとくてちょうど日付が変わったくらいにテーブルに倒れ伏したのでお開き。
俺は寝落ちた彼の背に毛布を掛けてやって、起こさないようにテーブルを片づけ、それから自分も寝ることにする。
「うあー」
ソファの背にもたれて首を上に向けると、自然と声が出た。
お互いある程度まで赤裸々にあれこれ語っちゃったとか、寝て起きて冷静になった後すんげえ恥ずかしいんじゃなーい?
いやもうほんと、王女に懸想していいような身ではないと悶々としてたレイちゃんは我に返って後悔するに違いないね!
ホネストは一応名家じゃないと言ってみれば、一門に精霊使いが出た家に王女を娶る資格もない、そもそも一族の当主として立った以上王配としては認められないだろうとかもごもご答えが返ってきた。いや、それはわかるんだけどさあ。
自業自得で想い人と別れてねちっこく前世を忘れられない身としては、そんなもん障害でもなんでもないと声を大にして言いたい。
国王陛下は将来的に精霊使いを求めてるらしいじゃん? 精霊使いとされる次男を放逐しちゃったホネスト家にはその辺お話ししてないかもしれないけど、精霊使いの才能が王家に出ても問題にしないんじゃないかなー。
問題なしとは言い難くても、そんなのどうにか乗り越えられる話だ。王弟派がゴタゴタしているうちに――つっても王女派はそれ以上に大騒ぎなんだけど――うまいこと勝ち目に乗れてシーリィちゃんが女王に就けるようになった時に、レイちゃんは目の前で他の人と結ばれるシーリィちゃんを見守れるの?
……自分の感情を抑えて、見守りそうな人ではあるけどさあ。
今は通じ合っていないとはいえお互い想いがあるのに、それって虚しくない? 俺そんなの黙って見守れないわあ。我が身につまされて、ちょーせっつないわあ。
レイちゃんは余計なお世話だとかいいそうだけど、俺はシーリィちゃんに常々相談を受けていた身。野郎の要求を受け入れるより、かわいー女の子の思いに応える方がずっといい――だから二人のために一肌もふた肌も脱いでやろうと心に決めて、俺は睡魔に身を任せた。




