12 たまには飲みましょう1
王弟派に属する貴族の起こした不祥事に何より怒りを覚えたのは当の王弟殿下で、その殿下はあり得ない早さで事件の黒幕を見つけだして捕らえてきた。
そんなことできるんだったら事が起こる前にどうにかなったんじゃないのと身内が犠牲になった俺としてはとても言いたいけど、起こる前にはわかんないよなあと内なる冷静な自分が諭してくるのでため息をもらして諦めるしかない。
思えば、今の俺の父親って人は野望には燃えていたけど悪い人ではなかった。一族の当主としてアートレスを盛り立てようと無謀に王女派に身を投じたのは今でもどうかと思うけど、それだけでなく忠義心にもあふれていた、と思う。
それこそ騎士になった当初から、あの人は今では国王陛下である王子殿下に仕えていた。王女派に名を連ねたのはただ自家のことを考えただけではないんじゃないだろうか。その真実は、もう永遠に聞くことは出来ない。
これまでいくらでも機会はあったのに、騎士になったことに調子に乗ってはっちゃけちゃった息子にはそういうことを尋ねることはできなかった。
幼い息子に武家の先のなさを嘆いて将来を案じさせるようなうかつなところもある人だけど、忙しい中で自らの目をかけてよく指導してくれた。
俺が騎士の叙任を受けることに決まった時は何よりも喜び、その後の行動を見て怒りはしてもそれに耐えていた。そのうち落ち着くであろうと、きっと無言の内に信じていてくれた。
国王陛下の襲撃に際し、黒幕の先鋒となったマルハ侯は陛下の魔法を封じるための策を講じていたらしい。
いかに強い力を持っていても、無防備に眠りについている間に魔力を封じられれば陛下にはなにも出来なかっただろう。
そんな陛下を守るべく父をはじめとした騎士達は奮闘したのだという。混乱の状況を詳しく知れば、いくらでもなぜどうしてよりにもよってという言葉がいくらでも出てくる。
そのような巡り合わせだったからだけで他意がない過去に、あとから難癖を付けてもキリがない。
父上がその時凶刃に倒れなかったら――今無事であった別の人間が死んでいたのかもしれないのだから。現実を嘆きはしても、過去の他人の不幸を願いたいとは思えなかった。
「たまには、飲みましょうか」
どこか据わった目でレイちゃんが俺を誘ったのは、そんなある日だった。
外には夜の帳が落ち、日中は喧噪にまみれていた兵舎も人が減って静かになった頃合い。そこに、落ちたりとはいえ名家の新当主どのがわざわざ顔を見せることがあるなんて想像もしていなかった俺は、主張通りに酒瓶を抱えているレイちゃんをつい観察してしまう。
「お、お酒?」
「ええ」
「飲めるの?」
レイちゃんを案内してきた兵が「じゃあこれで」とばかりに出て行くのを見送りながら、俺は思わず確認した。
「飲めないとお思いですか?」
「いや――なんとなく、レイちゃんは酒は付き合いでたしなむ程度の人だと思ってて?」
「普段はそうですけどね」
「えーと、ここで飲むの?」
「場所を気にするとは、案外あなたも真面目ですよね」
レイちゃんこそ他人のとはいえ執務室でお酒飲んじゃうような人とは思えないんだけど、そう突っ込めないような気配だ。
俺は立ち上がりながら、申し訳程度に置いてあるソファに座るようにレイちゃんに指し示した。
「ちょっとつまみになるもの探してくる」
俺が使ってる部屋は本来あまり来客があるような場所じゃない。もう夜になろうとしているのに、昼間と同じようにいつも通りきっちりと上質な服を着込んでいるレイちゃんがくたびれたソファに座るなんてとんでもない違和感だ。
彼の目的がさっぱり読めないことに首をひねりながら、俺は言ったとおりにつまみを手に入れるために兵舎内を行って戻った。
こっそり食堂からくすねてきた、なんて出所は伏せて机の上にあれこれ並べてやる。レイちゃんの持ってきた分だけでは足りないかもと、やっすいワインも二、三本。
レイちゃんと二人でこんな風に飲む日が来るとは、想像したこともなかったなあ、なんて感慨に耽っていた俺は。
「このようにするのも久しぶりですね」
なんて言うレイちゃんに向けて思わず「はあっ?」と声を上げた。
「以前、二人きりでお茶をしたでしょう」
そんな俺に答えるレイちゃんは冷静そのものだ。
「あー、そんなことも、あったねえ」
俺は虚空を見上げて、あまり思い出したくないその記憶を探った。
あれは、俺たちが王女殿下付きになって半年は過ぎた頃だっただろうか。
教育係としてレイちゃんに与えられた部屋に呼び出された俺は、あえて場を改めて文句を付けられるようなことをしただろうかと自問しながらそこに向かった。
そして、晩飯を食ってもおかしくないくらいの時間にお茶に誘われて俺は愕然とした。
「一度ゆっくりお話ししようと思いまして」
口にするレイちゃんの機嫌は悪くなさそうだけど、一体どんなお話されるのかと思ったね。
夕刻にいい年した男が二人、向かい合ってお茶して話するって実に微妙だった。甘い物は嫌いではないけど、茶菓子より飯をくれって気分で。
相手が生真面目なレイちゃんだという事もあって、健全そのものの集まりで。
あれこれ痛いところを突かれたから、忘れようとしてたんだよなあ――なんて生暖かいような気分で思い起こす。
一番痛かったのは、「アイリアが好きなのなら、私に絡むより本人に向けて行動すればどうですか?」と色恋沙汰に興味がなさそうな人に言われたことだったな。
特に何というわけでもなく、事実だからそういったとばかりに冷静沈着に指摘された俺の心境、わかる?
「セルク、貴方は真面目に出来ないわけではないでしょう? 少し態度を改めれば、アイリアだってあそこまで貴方を毛嫌いすることはないでしょうに」
俺に嫌みを言うつもりも全くなく、事実だから言うのだという顔で、レイちゃんはそう言った。
俺がアイリアちゃんに好意を寄せてるって気付いたんなら、「毛嫌い」っていう言葉を選ぶのはやめてほしかったよなあ!
彼からすれば、数少ない同僚の恋路を応援するつもり……だったんだよねえ、多分だけど。
ともかく見透かされてる事にさえ気づきもしていなかった俺は、言われる一方だった。当時、まだシーリィちゃんのことを守り導くべき教え子だとしか認識していなかったレイちゃんに反撃する要素なんて全くなくて。
そう簡単に出来るなら苦労しないんだよって文句を飲み込んで、さてどうやって話を逸らしたんだっけな。




