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ある前世持ち侍女の納得いかない現状  作者: みあ
本編

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4 王女さまの悩みは解消されない

「わたし、魔法を使えないかもしれない」

 深刻な顔でシーリィが明かしてくれたのは、そんな悩みだった。

 アイリアはそれに驚いて、まじまじと彼女を見返した。

「えっと、でも」

「つかえないんだもん」

 むうっと唇をとがらせて、シーリィはそう繰り返す。

 彼女に期待する王妃をはじめとした大人たちの顔を気にしながら、アイリアは告げるべき言葉を探した。

「どうして?」

 乏しい語彙ではろくな言葉が出てこなくて、首を傾げて問い返す。

「だって、つかえないんだもん」

 応じるシーリィの方も、明確に思いを表現できないらしく「できないできない」と繰り返すばかりだった。

 それでもなんとか真意を探ってわかったのは、アイリアの大事な幼なじみは周囲の期待の大きさに応えられない自分をふがいないと思っているということだった。

 女王を厭う国もあるようだが、ラストーズでは男女関係なく王家の長子が国を継ぐことと定められていた。

 長い時を待って誕生したシーリィは、いまのところ国王夫妻の唯一の娘。魔法大国と称する魔法ありきのラストーズは王位継承者に魔法の素養を必要とさせるのに、第一王位継承者の自分が魔法を使えないかもしれないと不安に思ったらしい。

 シーリィもアイリアもまだまだ幼かったが、おぼろげながらそういうことを理解しつつあった。

 大事な人の悩みを聞き出したものの、武家で最初から魔法の才など期待されていないアイリアには話を聞くことしか出来なかった。

 胸に秘めていた不安を明かす先を得たシーリィは以前よりは不安な様子が減ったようには思えたが、アイリアは他に何か助けになれることがないかと考えた。

 相談相手には、父を選んだ。

 ファートレン家はラストーズの王都マギリスに屋敷を構えている。代々軍属し質実剛健を旨とする一家は、当主もその夫人も出仕しているため使用人がほとんどいない。

「おお、アイリア。父に用とは何だ?」

 だから供も連れずに執務室に現れたアイリアを出迎えたのは、父ただ一人であった。

 厳つい顔立ちを笑み崩れさせ、父は幼い娘を抱き上げる。机に当たらぬようぐるりと一回りして、父はアイリアとともに応接ソファに座った。

「なにやら不思議な夢を見ていたようだが、近頃はどうなのだ?」

 自分の頭を撫でくり回しながら問いかけてくる父にアイリアは大丈夫だとばかりににこりと微笑みかける。

 さらに乱暴にグシャグシャと父はアイリアの頭を撫でた。

「まあ、不安になる気持ちは分からんでもない。父も、妹が――つまり、お前の叔母上が産まれる前は何とも言えない気持ちになったものだ。今のお前と同じ年頃であったかなあ」

「そうなの?」

「そうとも。子が腹にいるというのは、いつもとは違うことなのだ。産まれるまではさすがに母上も常のように動けまい。幸いつわりは軽い質のようだが、それでも用心するに越したことはあるまい」

「おかあさま、いつもみたいにはたらいているけど」

 父は何とも言い難い顔でアイリアから目をそらした。向けた視線の先は、母がいるであろう夫婦の寝室の方向のように思える。

「ゆっくりしてばかりでは気持ちが落ち着かんのだそうだ。もう少し休んでもいいと思うがなあ……本人が苦でないのなら産み月くらいまでは動いておった方がよいそうだ」

 嘆息混じりにぼやいてから、父は話を切り替える。

「それで、父に何の用があったのだ?」

 アイリアは意味もなくこくりと一つうなずいて、父を見上げた。

「あの、そのね」

「うん?」

「シーリィさまは、いつ魔法が使えるようになるのかなあ?」

 厳つい顔のなかで常は鋭い父の瞳がきょとんと瞬いた。

「なに?」

 なのに続いて滑り落ちた声に怒りの気配を感じて、アイリアは焦って手を振り乱す。

「えっとね」

 幼い娘でも、大事な幼なじみの秘密を軽々と明かすわけにいかないとアイリアは思っていた。

「ずーっと、シーリィさまは魔法のお勉強しているけど、そろそろ使えるようにならないのかなあって」

 父の目少しずつ細くなっていく。これはよくない兆候だとおぼろげに感じるのに、アイリアには打開策が思いつかなかった。

「だって、あのね、そのね。前みたいに一緒にいたいなあって、そう思うの。魔法使えるようになったら、ずうっと一緒にいられるよね?」

 シーリィが自分が魔法を使えないと悩んでることは絶対に秘密だ――だから、一緒にいたいからいつ使えるようになるのか知りたいのだと理屈を付けてアイリアは必死に訴えかける。

 王妃さまの護衛を務める武人である父の真意を探るような視線に後悔を覚えつつ、アイリアはやましくてそらしたくなる目を必死に父のそれに合わせる。

「アイリア、よもや姫に無遠慮にそう問いかけはしなかったろうな?」

「いつ魔法使えるのって?」

「そうだ」

「ううん。聞いてない」

 違う聞き方で教えてもらったけど、そんな風には聞いていない――アイリアが自信を持って言い切ると、ややして父はふうと息を吐いて目線を和らげた。

「ならば良いが。いいかアイリア、何事も身につけるには時がかかる」

 それでもそらせない眼差しは真剣そのもので、アイリアは知らぬ間に息を飲んだ。

「剣とてただ振り下ろしただけで様になるものではない。武力でさえそうであるのだから、労せず目に見えぬ魔力を扱うのに慣れるわけがないと俺でさえ想像できる」

「そうなの?」

「うむ――まあ、我が家は武家なので詳しくはないが。代々強い力を誇る王族の姫であれど、最初から巧みに扱うなどできはしまいよ。お近くに侍るお前が急かすとよくない。お前はなにも知らぬのだから妙なことを考えず一緒に過ごして差し上げるが良い」

「うん」

 最初から上手に使えるわけがない――言われた言葉を優しくかみ砕いて繰り返して、アイリアは素直にうなずいた。

「姫はお前を信用していらっしゃる。きっと、なにか出来るようになった暁には喜んでそれをみせてくれるだろう……おそらくな」

「うん!」

 明るくうなずいたアイリアは、父が渋い顔で付け足した「おそらく」の意味合いをそれから長く理解できないことにこの時はまったく気付いていなかった。

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