10 衝撃は連動する
そして事件が起きたのは、国王陛下の外遊に伴って俺が騎士団のあれこれを任されることになり、シーリィちゃんのところに顔を出せるのなんて朝と夕方だけという状態がしばらく続いた後のことだった。
朝、執務室代わりにしている兵舎の一室に慌てたように伝令が飛び込んできたのが、俺がそれを知ったはじめだった。
「マルハ侯の屋敷に賊が進入したようです!」
「何だって?」
まさかそんなことがあるはずもない、最初に思ったのはそんなことだった。
乱れた息を整えることすらもどかしそうに伝令は話を続ける。前晩国王陛下が逗留した屋敷に夜も明けきらないうちに正体不明の賊が進入し、交戦中なのだと。
そして遠慮がちに、うちの父上の他数名の犠牲があるのだと報告が続く。
「まさか!」
犠牲者としてレイちゃんの父上の名が上がるのを聞いて、俺はなんだかとてもイヤな予感がした。
王弟派が優勢な現状、マルハ侯は当然のように王弟派に属している。外遊の旅程の途中ついでに陛下は派閥関わりなくあちこちの領の視察に巡るのだというようなことを、俺も一応は耳にしていた。
すべての真偽がまだ不明の状態で穿った見方をしている可能性は、ものすごくありえるけど。
あえて賊を手引きして、国王陛下のお命を狙ったんだろうか――王族だけあって、大きな力を持っているという国王陛下を? 就寝中に襲いかかっても何らかの防御の方法をとっていそうな方をあえて狙うことにも違和感があるけど、犠牲者にレイちゃんの父上の名まで上がるのはおかしい。
うちの父上や騎士たちなら、陛下の近くで不寝番についているだろうから可能性はあるけど。
「――王女殿下のところに行く」
「アートレスさまっ?」
対策のために――って、現場は遠いってのにどう対策するっていうんだろうか――呼び出しがかかっていると結んだ伝令の兵は、俺の決然とした声に驚き顔を見せた。
「王女殿下付きが揃って殿下のお側を離れるのは認めがたい。どうせ、騎士が上の方の集まりに顔を見せたって意見が聞かれるわけでもないから行くだけ無駄だよ――お咎めがあるなら後で受けるから、レイドル殿にそう伝えておいて」
文句を言わせない間に立ち上がって、俺は部屋を飛び出した。
詳細は不明ながらの枕詞がついているのに、俺とレイちゃんの関係者が討たれたなんて、怪しいと考える他ない。シーリィちゃんのそばから俺たちを――とはいっても、最近俺は近くにいないから特にレイちゃんを引きはがすためにあえてそんな話を流したんじゃないかと思った。
黒幕は屋敷の主か……? いや、そんなすぐにバレるような行動を起こすのはおかしい。どこからの連絡かは分からないけど、そもそも最初っから偽られた情報なんじゃないかと俺は疑った。
裏でどんな思惑が練られているにせよ、王弟派が確実に次期王位を求めるなら、国王陛下の排除を考えるより王女殿下をそうした方がいいと考えるんじゃないか?
すべてが何かの間違いであれと願いながら、イヤな予感が拭えずに俺は足早に兵舎の階段を駆け下りた。
今、シーリィちゃんは勉強の時間だ。俺と同じようにレイちゃんが父親の訃報に接して呼び出されたとすれば、アイリアちゃんと一緒に部屋に戻る頃だろうか。
入り口の近くで見かけた顔見知りの兵に小隊をまとめて王妃さまの宮まで来るように通り抜けざま伝えながら、とにかく走る。
魔法が使えないために独り立ちの認められないシーリィちゃんの部屋は王妃さまの宮殿の中にある。驚き顔の騎士の間をすり抜け、廊下を走り、そして階段を――。
上がろうとしたところで、俺は膨れ上がるシーリィちゃんの魔力を感じた。
「何か、あった!」
このタイミングで、みんなで協力して導いた研究成果をもとにレイちゃんが作り上げたシーリィちゃんを守るための腕輪が発動するなんて。
どうやって城内に進入し、さらには騎士達の目をすり抜けて宮の内に進入したかは分からないけど、きっと何かが起きた。
今日の護衛はスコット卿だ――シーリィちゃんの腕輪の防御結界があれば、多少の事は平気だろうけど。
きっとレイちゃんも有事に気付いてやって来るはずだし、兵士もこっちに来るよう指示してあるし……だけど、どうしようもない状況なら、本気で対処するしかない。
シーリィちゃんは結界と騎士が守る。進んで主を守りに身を投げ出しかねないアイリアちゃんが心配だった。
俺は剣の柄に手をかけながら誰の気配も見逃さないよう足早に進む。
その足をふと止めそうになったのは、聞き覚えのある声が聞こえたからだ。それは良く知ったアイリアちゃんの、緊迫した場面にそぐわない澄んだ歌声。
「……これは、ティーファの」
馬鹿みたいに意識して俺は慎重に歩を進める。思わず漏らした言葉は思いの外掠れていた。
「彼女の――封印の呪文だ」
何でこの時に、こんな声が? 俺がいくら彼女を意識させようとしても目覚めなかったティーファの記憶が、シーリィちゃんの危機に目覚めたとでもいうんだろうか。
俺はその声のする方に近づき、蹴破られた扉を乗り越えて彼女の後ろ姿を発見する。
ぎゅっと握り込んだような手を前に突き出す仕草――それは、かつてティーファがよく見せていた行動だ。
「かつて得た信により――」
その後ろにまるで吸い寄せられるように近づいた俺は、意を決したように口にするアイリアちゃんの唇を後ろからそっと塞いだ。
いやそれ――対魔獣の封印を人間に仕掛けるって、ダメでしょ!
アイリアちゃんが慌ててもがきながら首を振る。そんな暴れたら身体が密着して役得すぎるんですけど。
なんだかふわふわした心地になって緊迫した状況を忘れそうになった俺は、アイリアちゃんが前に突きだしていた手を引いて肘打ちの体勢になったことにはっと我に返った。
「うっわ、意外とお転婆だねえ、アイリアちゃーん」
ぱっとアイリアちゃんの口から手を離して声をかけると、
「セルクさま?」
アイリアちゃんは驚いたように振り返ってきた。俺は彼女の視界に入れたことがなんだかうれしくなって、にっこりと微笑んだ。
「いやあ、間に合って良かったぁ」
「間に合ってないです!」
ティーファの記憶がよみがえったと推測されるアイリアちゃんだけど、生まれ変わった今もなぜかフェストの面影を残している俺の顔に驚くでもなく、苛立ったように窓の外を後ろ手に指し示す。
そこにはシーリィちゃんにスコット卿、対するように賊が幾人か。
「だいじょーぶ」
そこに近づいてくるレイちゃんを見つけて、俺は堂々と言い切った。
「お姫さまのヒーローはもう到着済みだもんね」
「――え?」
「あの程度の相手に、魔法でレイちゃんが競り負けるはずないでしょ。ちょっとやんちゃをやらかした若造なんて、スコット卿の敵でもないだろうし」
アイリアちゃんが慌てて窓を振り返った。
そこではもうすでにレイちゃんが手の先に火を纏わせて襲撃者たちと対峙していて、少し距離をあけて横に並ぶスコット卿も剣を油断なく構えていた。
「門外漢の俺でも、シーリィちゃんの結界の強固さはわかるからね。彼女の魔力が続く限りは怪我はしないでしょ」
「加勢に行かないのですか?」
「いやー、ここはレイちゃんに花を持たせる場面かなと思って。それに、兵士をあそこに差し向けてるからそのうち到着するよ」
なんっていっても、レイちゃんもいつの間にかシーリィちゃんを好いちゃっているからねぇ。俺が後から登場していいとこかっさらうよりも、シーリィちゃんも想い人に助けてもらった方がうれしいってもんですよ。
ついでにお互い思いを伝えあって幸せになるがいいよ、なんて俺は年長者らしく考える。
だいたい、今はそれよりも大事なことが俺にはあるもんね。
俺がのほほんとしているのに毒気を抜かれたように、アイリアちゃんが練り上げた場違いな力が霧散していく。
うん、それでよいと俺は安心した。
ティーファの力をアイリアちゃんが今不用意に振るって、彼女が魔法を使えると知られるのは色々まずいから。
あー、見られてはいけないところを見られてしまったといわんばかりに身じろぎするアイリアちゃん、すごく可愛いなあ。
なんだか愛でたい気分になって彼女の後ろ頭に手を乗せてしまう。
「それに――さすがに人間相手に全力で封印の術を使うと、ルファンナさまもお怒りだと思うよ?」
俺はよしよしと頭を撫でながら、慎重に彼女に告げる。それを聞いて、アイリアちゃんは驚いたように動きを固めた。




