7 お姫さまは逃げを打つ
思いつく限りの出来ることをあれこれ画策していた俺が驚いたのは、王弟派が推す王位継承権第三位の王弟殿下の姫とシーリィちゃんの仲が良好だったことだ。
それを知った日、俺はいつも通り勉強が終わったシーリィちゃんを護衛して部屋に戻る道筋で一方的に悩みを聞かされ、「アイリアちゃんは職場に色恋沙汰を持ち込む子じゃないと思うよ?」なんてやっぱり自分の願望込みの言葉をぺらりぺらりと吐き出していた。
自分の願望を除いても、たぶんアイリアちゃんがレイちゃんとどうにかなることはないと思うんだよね。
アイリアちゃんに恋心を告げないシーリィちゃんだけど、もういっそ「レイドルが好きなの協力して!」とでも言えばいいんじゃないかと思います。そうすればきっとシーリィちゃん大事のアイリアちゃんがレイちゃんとどうにかなるわけがないだろうという欲得ずくの考えなので、口にしないわけですけどね!
もし何かレイちゃんに思うところあっても、シーリィちゃんの気持ちを知ったら身を引きそうなタイプだよね、アイリアちゃん。でも、俺が見るにそれはないと思うんだよなあ。
シーリィちゃんが俺にしかレイちゃんのことを言えないように、アイリアちゃんだってレイちゃんにしか言えないことがあるんでしょ。
なんとなく俺と仲良しのシーリィちゃんに、俺への不満を言うのはちょっとなーとでも思ってそうだもん。逆に、常に俺に不満たらたらで小言を言っているレイちゃんにだったら、愚痴を言いやすいじゃないかと推測します。
一応年上の俺に対して面と向かって言うには遠慮があるらしいんだ、彼女。遠慮なく言ってくれていいのにねえ。出来ればレイちゃんのように二人っきりの状況で――いやいや、色々危険なので密室で二人きりでなんて言いませんよ?
って、従姉妹姫の話をするんだった。
悩みを口にするシーリィちゃんを宥めていると、不意に彼女が足を止めたんだった。
「レシィだわ」
「んん?」
横並びで歩いていた俺は半歩遅れで同じように歩みを止めて、シーリィちゃんの視線を追った。
棟と棟の間の渡り廊下から彼女が見ていたのは、そこからほど近い庭。ドレス姿の女の子が一人、服装になんて頓着せずに走ったり飛んだりしている。
そして、ぞろぞろと騎士たちが後から追いかけているのが見えた。
「あれは――」
呟いた俺は、すぐにその集団の正体に気付く。
シーリィちゃんの髪の色とそっくりの金を持つ女の子は彼女の従姉妹姫で、追っているのは姫の騎士だって。推理以前に、将来有望な姫君の護衛騎士は俺に厳しい視線を注ぐ層なので、見覚えがあったんです。
代々国王陛下の護衛騎士に任命されるアートレス家の人間ながら望みの薄い王女殿下付きになった俺を見下しがちな騎士たちが、たった一人の少女に面白いくらいに翻弄されていて俺は目をぱちくりさせた。
ドレスの割に身軽に動くし、巧みに魔法を併用して騎士たちを翻弄している――全く面識のなかった姫君はずいぶんおてんばなんだなーと俺は感心しました。
そんなような噂は聞いていたけど、事実だったんだなって。
「追われてるけど、大丈夫かしら」
「騎士が護衛対象に危害を加えるわけがないので、平気だと思うよ。王弟殿下の姫君は、ああやって取り巻きを巻くのがご趣味みたいだし。あんなに大勢で追ってこられたら、そりゃ逃げたくなるってもんだよね」
俺に厳しい視線を注ぐ層っていうのはもれなく勤勉な人たちなので、それが五人くらい集まって取り囲んできたらそれはもう俺だって逃げたいと思うわー。
あちらさんには騎士だけでなく侍女だって何人もいるんでしょ。
総勢十人近くでぞろぞろついてこられたら――うん、やっぱり逃げたくなるよね。
俺はしみじみとお姫さまの状況に同情した。生まれながらの姫君でも苦痛に思って逃げたいこともあるんだなーと考えながら。
「セルク」
でも、同情はしても特に何をする気はなかった。
立場上俺は王女殿下の護衛で、王女派に属するからには王弟のお姫さまなんて関係ないじゃない?
心配しなくても、時々彼女が侍女や護衛を振り払って自由を満喫してるってのは、俺の耳にさえ届いている事実だから何の心配もない。
だってのに、俺の護衛対象の王女殿下は無言で俺をじっと見つめてきた。
いやあ、俺、前世からアイリアちゃん一筋なんで、いくらシーリィちゃんが可愛く上目遣いしてきてもときめかないよ?
いやそんな、無言で「助けてあげて」とか主張すんのやめて?
あれ、単なる内輪もめじゃないですか。
そうっと目をそらして姫君を確認すると、庭の木々の間をすり抜けたり、風魔法で飛び越えたりと、王族の姫らしからぬ活躍を見せている。
「別に助けにはいらなくても、そのうち騎士を巻いちゃいそうだよ?」
守護対象がそんなことするのどーよって思うけど、あれだけ動き回れる子がほのぼのしたこの城内で危険にさらされることはないと思う。
「でもよってたかって」
「あと、主に逃げられちゃうって騎士にとっては不名誉なんだよ?」
「久々にレシィとお話ししたいの」
「仲良いの?」
俺は呆気にとられて思わず尋ね、シーリィちゃんが頷くのを見てため息をついた。
次期王位を争ってる姫たちが仲いいって何なのって話だけど、あれこれ言ってるのは父親たちだもんなあ、って。それで仲のいい従姉妹同士がろくに交流できないなんて間違ってない?
だって建物は違っても同じ城内に住む血のつながりまである従姉妹たちが、当人が望んでもろくに言葉を交わすことが出来ないっておかしい。なんとはなしに遠い記憶の切なさを刺激されて、断りづらくなった。
そのうちなんとかしそうなんだけどなーあの子なんて思いつつ、俺は仕方なしにお姫さまの救援に向かうことになった。もちろん、お姫さまを追っかける騎士には気付かれないようにこっそりとね。




