4 ぶれぶれなのは気付いている
アイリアちゃんが残念ながら俺を苦手にしているようなのは、初対面の挨拶が尾を引いている。
名誉を挽回したいような気もしながら、率先してするわけでもなく、だけど諦めきれずに行動しては呆れた視線に挫折することを繰り返す自分がぶれっぶれなのは、先刻承知しておりますよ。
どう頑張ってもそうはならないだろうけど、いつか「きゃーセルクさまー、かっこいー」とかアイリアちゃんに言われてみたいなと思うんですよ?
逆立ちしてもそういうこと言いそうにない人だし、そうなったらそうなったで困る自分の姿まで想像できるんだけど。
ティーファへの未練が執念に近くなっちゃってる俺をもしアイリアちゃんが好いてくれたところで、輝かしい未来は待ってないと思うんだよね。どうしたって根底で彼女のことが忘れられないんだもん。
気をつけたところで、いつかどこかでティーファへの想いは彼女に見抜かれてしまうはず。そうなれば彼女が傷つくことは間違いない――はっきりと確信しているのにアイリアちゃんに見直してもらった上で言い寄るなんて、彼女を不幸にするだけな気がしない?
ほんと、俺がこんな風にうだうだ考える羽目になる前に出会って恋だの愛だのが芽生えていたら自信を持って行動するのにー。
積極的に動けない小心者の俺は、時折訪れる彼女とのひとときを楽しみにするしかないわけなのですよ。
その貴重な時間の過ごし方は、いつも試行錯誤。
楽しいのは俺だけで、アイリアちゃんがこっちを見る眼差しはだいたい冷静で温度がない。
浮かれた心地で話を振ってみることもあれば、職務を真面目に遂行するふりで黙ってみることもある。これが気の合わない人と二人きりで黙りとかすっげえ苦痛だけどね、彼女と二人きりだと全然苦にならないわけよ!
愛って偉大だよねー。
ちなみに黙りしているとアイリアちゃんの方は苦痛らしくて、自分から話しかけてくれることが多いんですよ。俺の愛通じてないけど、彼女が自ら話しかけてくれることも貴重なので大丈夫です。別に涙なんて出ないんだから。
「もう少し、身だしなみを整えませんか?」
なんて俺のことを気にかけるようなこと言ってくれたら、そりゃあ浮かれるよね。
え、彼女は俺を気にかけたんじゃなくて、主の側に制服を着崩した俺がいるのが気に入らないから指摘しただけだって?
それは気付いていても気づかないふりする方が幸せじゃない。
「だからー、それだと息が詰まっちゃうっていったじゃなーい?」
俺は浮かれた心地で騎士の制服について熱く語った。ふと冷静に考えると、騎士を父に持つ彼女が知っていてもおかしくない話だったけど、意外と食いついて聞いてくれたからには知らなかったんだろう。
感心したように彼女がうなずいてくれたのに調子に乗って余計なことを続けたのは、ものすごく失敗だったけどね。
うん……。予想はしてたけど彼女にこれ以上なく恋愛対象外認定されてて、どうしようかと思った。
いいんだ俺。アートレス家には親族から優秀な跡継ぎ養子にするから。もともとそれっくらい想定してたもん。
――この時の会話がきっかけでレイちゃんがシーリィさまに見直されて関係が良好になったんだからよかったよね、と俺は自分を慰めるしかなかった。
魔法国家という割に、ラストーズでは魔法を利用した道具はあまり発達していない。それが世界的なことなのかどうかはこの国で生まれ育った俺にははっきり分からないけど、少なくとも俺の知る限り便利に使われているのは俺たち騎士の制服である騎士服と呼ばれるものくらいしかないと言っていい。
魔法を使えるほどではないとしても人はみんな魔力を持っているんだからそこが発達すれば便利になるのになーと、前世のいろいろを思いだした俺は前から薄々考えていた。
とはいえ、前世の恩恵で使おうと思えば巧みに魔法を扱えるはずの俺だけども、残念ながらその才能は基本的に攻撃方面にしか発揮されないということは試すまでもなく分かり切っていることだった。防御とか回復とかそーゆー方面はすべてティーファにお任せだったフェストなので。
どうにかなるんじゃないかと努力した時代の成果はそこそこ出たとはいえぱっとしなかったから、どうにか便利なものを作ろうとしても無駄だろうなと諦めるしかなかったわけです。
そもそも、武家の人間が魔法書を読んで研究する機会があるかって話ですよ。それなりに座学もたしなんだけど、魔法って武家には不要だからふれる機会もろくにないっていう。
それが調子に乗ってアイリアちゃんに騎士服の話をした結果巡り巡って研究する機会がやってくるとか、考えなかったわー。
優秀と呼び声高いホネスト家の跡継ぎレイちゃんは、「それがシーリィさまのためになるなら」とえらくやる気を出した。
どこまで計算の上かはわからないけど、彼もうまいこと王女さまを乗せたよね。魔法を使えない他国出身の王妃さまを母に持ちながら国王陛下譲りの魔力を持つシーリィさまは、「片親が魔法を使えなくても、大きな魔力を持っているし魔法を使えるんじゃなーい?」と割と最近まで努力を重ねていたらしい。
それが報われずこれまでの教育係に見捨てられた上に、従妹姫を望む声が出てくれば、俺が護衛になってから教育係のレイちゃんにやたらと反抗的だった理由も何となく想像つくよねえ。
レイちゃんは「騎士服の技術を解析するのに貴方の知識が必要です」なんていってうまいことシーリィさまのこれまでの努力を掬いあげる方向に持って行った。
シーリィさまは魔法を使えないながら、その魔力量はかなりのものだ。アイリアちゃんの守護の魔力が気付かれていないのは、当人の魔力の大きさに目をくらまされている面もあるんじゃないかなと思えるくらいには。
それを活用して自分の身を守るための物を作ろうという提案に四角四面な教育係が乗ってくれるのか疑心暗鬼だった王女殿下は、予想外にも話に乗ってくれた彼にとても驚いていた。
さらにはこれまでの努力も必要なものだと言ってもらったうら若きお嬢さんがあっという間に恋に落ちる様子をお兄さんは大変にやにやと見守らせていただきました。
それはさておき、その研究の代表はもちろん本職魔法使いのレイちゃんで、その補助となるのはシーリィさま。そんでもって、さらに補助の補佐としてアイリアちゃんが名乗りを上げた。
聞けば、アイリアちゃんは主の為になろうとこれまでもあれこれ魔法について聞きかじったことがあるらしい。彼女がしれっと魔法書を読むのを見て俺は「だからか!」と叫びたくなった。
本式に学ぶことはなくても知識があるからなんとなくシーリィさまに守護魔法をかけることが出来るのかって納得すると共に、彼女の主への愛情の深さに切なさも覚えた。
でも、アイリアちゃんがそれだけの愛情をシーリィさまに注いでいるとすれば、あれだ。一生を主のために捧げる線もあるかもしれない――俺はそれだと悟ったね。
記憶のない彼女に易々と言い寄ることは出来ないけど、むざむざと余所の野郎と彼女がひっつくのを目の前で見守ることも出来ないなと考えてたんだ。
だけど、このままうまいこといけば、王女殿下への忠誠心が突き抜けちゃってる彼女は生涯独身でお仕え続けそうだ。順当に、陛下の思惑通り――そして法の通りにことが進めば女王様になるシーリィさまの側には、大ポカさえやらかさなければ俺だってこのまま騎士としていられるよね!
これだ、これだよ!
今まで望んできたほど側にいられなくても、これまでになく近い位置でずっと過ごせるんじゃない?
俺は天啓を得た気分だった。そして、劣勢な情勢をひっくり返すのは大変だろうけど、どうにか失脚せず立場を保持し続けて王女さまを女王さまに据える道を探ろうと心に誓った。




