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ある前世持ち侍女の納得いかない現状  作者: みあ
本編

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3 悪夢と悩みごと

 将来の主である王女とべったりだった生活が離れることが増えるにつれ、それまでの何でも分かり合う状況が変わったのは致し方ないことだ。

 お互いが相手に言えないことが出来たのは、成長に伴って当然あり得ることであった。




 アイリアが初めて将来の主かつ幼なじみ兼乳姉妹であるシーリィにに持った秘密は、日々悪夢にうなされはじめたというそれだった。

 その夢を見るようになったのは乳姉妹である王女と離れることが増えた後、母が第二子を身ごもった頃であった。

 幼子に魔獣の夢は生々しく、そして恐ろしいものだった。

 夜に頻繁にうなされる娘に気付いた母が添い寝をしてくれることもあったが、母の暖かさも夢の中までは及ばない。

 夢の中のティーファという名の少女は魔獣に故郷を滅ぼされた娘であり、それを追体験したアイリアはえもしれぬ恐怖を覚えたものだ。

 泣きじゃくりながらとつとつとそれを語る娘を、母はただただ宥めてくれた。

「感受性が強いのね、あなたは」

 よしよしとアイリアの頭を撫でた母が、どれほど娘の言葉を真剣に聞いてくれたかはわからない。自分に弟か妹が産まれると知って漠然とした不安を覚えた結果の悪夢とでも思ったのかもしれない。

 どのみち幼い娘が足らぬ言葉で語る救世の物語など、信じるに値しない戯れ言としか思えなかったであろう。だけど頭ごなしに否定することはなく、そのうちに母はアイリアに一冊の本を与えた。

 世界と神話の話というタイトルのそれは子供用ではあったが、貴族の子女を対象とした綺麗な装丁のものだった。

「これは?」

 これを手に入れたのは誰なのだろうか。表紙はややくたびれていて、ほんのりと埃っぽい。

「書架にあった本よ。お父さまも昔お読みになったかもしれないわね」

 アイリアの質問に答えながら、母は本を開く。

「私の実家にも、同じ内容の本があったわ」

「そうなの?」

 ええとうなずきながら母は何かを探すようにページを繰った。

「あった。封印の戦士と巫女の物語」

 子供向けの大きめの文字で綴られる物語は、一冊の中に何話もあるらしい。太字で書かれたタイトルを指先でなぞる母をアイリアはきょとんと見上げた。

「ふういんのせんしとみこのものがたり?」

 うなずく母を見て、アイリアは母の指さす先を眺めた。文字を覚えたての少女でも、正解を知っていればなんとかそう読みとれる。

 誉めるように娘の頭に手をやった母は、本の内にあるその一編をアイリアに読んでくれた。

 母の語りは訥々としていたけれど、その内容はアイリアの夢から無駄なところをそぎ落とし綺麗にまとめたようなそれであった。

 細かな相違があれど夢と物語の共通点は多く、驚きで目を見張る娘を語り終えた母は優しく見つめた。

「いつの間にか誰かにこの話を聞かされたのね」

「……えっ?」

 毎日ほぼ一緒に過ごす母が人事のように言うことに、アイリアはますます驚いたのだが。

「そこから毎日夢に見るほど気にかけるなんて――感受性が強いというか、想像力がたくましいというか」

 どういうこと、と。ぼそりと呟く娘に構わず母は続ける。

 アイリアは「何かが違う」とは思ったけれど、では何が違うのか理路整然と説明してのけるほどの知恵はまだなく、信頼する母に断言されてしまうと最終的にはそういうものかと納得してしまった。

 その本には、アイリアが現世住む世界を作りたもうた神々が他に作り上げたたくさんの世界の事柄がまことしやかに描写されていた。

 なぜ他の世界で起こったことを記録に残すことが可能なのか幼い子どもでも疑問だったのだが、問いかけた母は少し悩んだけれどはっきりとした口振りで答えたのはこうだ。

「きっと、神様は似たことが起きたときに人がそれをどうにか出来るように、ご本にして教えてあげようと思ったのよ」

「これ、神様が書いたの?」

「まさか。神様のお言葉を聞くことが出来る神官さまがお書きになったそうよ。そうしてその方が色々な世界で神話とか伝説とか呼ばれる物語をまとめたもの」

 アイリアは言われたことが全て飲み込めたわけではなかったけれど、聞き返してもわかる気がしなくて「そっか」と呟いて受け取った本をぎゅっと抱きしめた。

 「封印の戦士と巫女の物語」は苦難の末に戦士と巫女が魔獣を封じたさまがまとめられていた。

 そして、世界は平和を取り戻したのです。

 簡単な結びの一文がアイリアの悪夢の怖さを減らしてくれた。ぜんぜん怖くないと言えはしないけれど、ただただ怖いだけの魔獣が出て怯えるばかりではなくなって、大事な仲間の戦士フェストとの何気ないやりとりを見ることも増えた。

 はじめは悪い夢の話をしてシーリィを困らせるわけにはいかないという思いやりだったそれは、そのうち言うに言えない秘密になった。

 日々夢の中で見る人に持った淡い恋心――なんて、はっきり自覚せずともなんとなく言い難かったのだ。




 アイリアが悪夢にうなされていた時期に、シーリィの方にも悩みが発生していたらしい。

 ひとまず母の言葉通り「誰かに聞いた物語を夢の中で拡大解釈して追体験する自分」を想像力が豊かなのだと納得したアイリアは、その頃ようやくにしていつもと違う王女の様子に気がついた。

 悪夢にうなされることが多く寝不足だったアイリアは彼女と遊ぶときはそれをうまいこと取り繕っていたが、やはりよく見知っていた幼なじみの変調に気付けるほどは本調子ではなかったらしい。

 寝不足が解消されつつあったアイリアは、ふとした拍子に感じる違和感を最初は気のせいかと思った。

 それはなんと名前を付けていいのかわからないくらいの、ほんの少しの変調。

 楽しそうに笑っていたはずのシーリィが不意に真顔になるようなその一瞬を切り抜いて指摘することは幼いアイリアには難しかった。

 気になりつつも懸念を口に出来ないまま日々は表面上穏やかにすぎていったが、違和感は少しずつ詰み上がっていき――。

「シーリィさま」

 その日、とうとうアイリアはそれを指摘することにした。

「なあに、アイリア?」

 きょとんとまばたきをする幼なじみの変化を見逃さないように、アイリアは目を凝らした。

「むずかしいお顔をしているけど、なにか困ったことがあるの?」

「えっ。むずかしいかお?」

 自分の顔を触って確認するシーリィは本当は別に難しい顔なんてしていなくてただただ戸惑っているだけだったけれど、アイリアはそれが事実だと言わんばかりにこくりとうなずいた。

「ときどき、こんなになってる」

 両手の人差し指で眉間にわざとしわを寄せてみせるアイリアを見て、シーリィは「えええええー!」と声を張り上げる。

「あら、どうしたの?」

 おっとりとした王妃の声にアイリアは慌てて表情を取り繕う。

「ないしょ! ないしょなの!」

 そしてシーリィもまた母親にそう答えて誤魔化した。

 内緒話を強調するようにアイリアの耳に口を寄せて潜めた声を出したが、あまりに近くで潜めた声を出されてもかえって聞き取りがたい。

 ふうふうと耳元に吹き込まれる吐息がくすぐったくて身じろぐアイリアを見て、大人たちの注意は子どもたちから逸れていく。

 王妃と彼女に国元から従ってきた近しい侍女達の秘密のお茶会は娘のようなかしましさとともに再び盛り上がり、だぁれもいつも仲良く遊ぶ少女たちに注意を払わなくなった。

 それを確認した様子のシーリィはアイリアの服の袖を引っ張って、部屋の隅っこに引っ張っていった。

「なんでわかったの?」

 そして、大人たちに聞こえないようなこっそりの声でアイリアに尋ねてきた。

「だって、だいすきなシーちゃんのことだもん」

 アイリアが答えると、シーリィはへにょりと眉を下げる。

「シーちゃんも、アーちゃんだいすき!」

 言うやいなやシーリィはアイリアに抱きついた。

「あのね、あのね、だれにもないしょだけどね」

 それから潜めた声でこっそりと、一人で悩んでいたことを教えてくれたのだ。

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