エピローグ
本日更新 2話目。蛇足的エピローグ。
親友の婚約披露を遠くから見守った後で自宅までセルクに送ってもらって戻ったアイリアは、その夜久々に前世を夢に見た。
悪夢のような魔獣との戦いでもなく、旅の途中にフェストと二人語らうところでもなく、悲しい別れの様子でも、嘆きに満ちた余生でもなく……。
それは、自分がそれまで信じられなかったいくつもの前世なのだと起きて後にアイリアは感じた。
絵物語のページをひたすらめくり続けただけの時のように、詳しい内容が分かったわけではない。目覚めてしまえば脳裏に『彼』が――セルクでもフェストでもなさそうなその人たちが焼き付いただけのような、ひどくあやふやな印象しか残らない程度の夢。
なのに、何かにぎゅっと心臓を掴まれたような心地がしてアイリアはそっと胸を押さえた。
ティーファが知らない幼い頃から、想像したことすらない老齢の彼まで様々な年代の彼は、きっと彼であるのだろうに少しずつ顔つきが異なっていた。
胸を押さえたまま、アイリアは瞳を閉じてそれらを思い起こそうとする。だけど淡い印象のそれらはぽっと思い浮かぶ瞬間にも消えていくようで、結局はもやもやだけが残った。
「……あれが、私が忘れたという、前世の彼?」
呟いてみても、ティーファの夢ほどは強く印象付かなかったものに実感はもてない。
「何故今になってあんな夢を――」
何度も生まれ変わって巡り会っているのだと聞いたのはもうずいぶん前のことのように思える。実際はほんの数ヶ月ほど前の話だけれど、前世のことを考える以上にアイリアは今の現実が忙しかったのだ。
シーリィの婚約が整って落ち着いたからかしら。それとも、彼の――セルクの気持ちを受け入れると決めたから?
首をひねっても当然答えが降ってくるわけがない。
諦めたアイリアはベッドから降りて、身支度を整える。
生まれる前から君一筋だとうそぶく昨晩のセルクの顔が思い出された。
「本当に何度も、会っていたということでしょうね」
その際の自分の気持ちなんて、ティーファのものの他にアイリアに思い出せない。
「いずれ、もっと思い出せる日が来るのかしら。それとも、忘れていた方が幸せなのかしら?」
セルクがティーファの魂を受け継ぐ自分の前世たちに残らず心引かれてきたというのなら、アイリアの前世も今自分がセルクに好意を抱いたようにフェストの魂を受け継ぐ彼の前世たちに思いを寄せてきたのかもしれない。
なのに彼の言うには、これまでセルクとアイリア以前に二人がうまくいった試しはないらしい。
アイリアの前世がティーファの記憶を持っていなかったから彼が一歩引いてきたからだと理由は耳にしたけれど、報われない想いを抱えた自分の前世はどれほどの空しさを覚えただろう。
記憶があるからこそ手を出しかねた彼と、ないがために報われなかった彼女と、どちらがより切ないか比べたって何の意味もない。
きっとどちらもやるせなさを覚えただろう。だけど、アイリアはまるで人事のように想像しかできない。
答えを知る人に不用意に尋ねる度胸は、今のアイリアにはない。
それを聞いてしまっては、セルクが懸念したようにアイリアは前世の自分の面影を懐かしむ姿に嫉妬してしまうかもと思うのだ。
きっちりと首もとにリボンを結んだアイリアは、姿見を前にふうと息を吐いた。
だけど、そのうちいつか。
アイリアの心が成長して、受け入れられる日が来たら。
「しっかり思い出せる日が来てもいいのかもしれないわ」
未知のものを知るのは怖いけれど、今のアイリアには一応は頼れる人がいる。
時々軽い言動でアイリアを苛立たせ、とんでもない行動に唖然とさせられるけれど、何でも最後には何とかしてしまう人が。
報われない前世を思い出して切なさを覚えても、きっと包み込んでくれるだろうから。
「ええ、きっと――たぶん――時々不安を覚えますけど」
姿見に映る自分がだんだん不安そうな顔になるのに苦笑して、アイリアは意識して口角をあげた。
未来の旦那さまと呼びかけられたセルクの見せた、幸せそうな笑みを思い出しながら。




