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ある前世持ち侍女の納得いかない現状  作者: みあ
本編

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34/82

33 それで納得するしかない

本日更新 1話目。

 王女殿下とホネスト家の若き当主との婚約が公になるまでには、それからも幾多の騒動が待ち受けていた。

 王位継承争いで国王陛下と対立していた王弟殿下は、娘の出奔を明らかにすることのないまま、その不在を完治に時間のかかる病を得て長く療養に出たのだと誤魔化した。

 自派の人間から自らの立太子を望まれてもそれを是とすることなく、その説得に当たったようである。

「ラストーズには新しい時代が来るのだ」

 それが殿下の新たな主張となった。

 ある時から不意に姿を見せなくなった姫君のよく分からぬ病状――実際は元気なまま家出をしただけで特に不調というわけではないが――のこともあり、王弟殿下の心変わりについては様々な憶測が飛び交った。

 それを気にかけたそぶりなく王弟殿下は新たな主張を続けたようである。

 王弟派と呼ばれた者たちすべてがそれをすんなりと認めたわけはなく、二心持つ者も当然あるのだろう。

 それでも共に優秀だと言われる魔法の才を持つ王と王弟が並び立ち同じ主張をすることに、表立って異を唱える者はそのうちいなくなった。

 彼らが次に担ぎ上げる者を見つけようにも、王家の正統から遠く離れ、また権力の中枢からも遠ざかっている傍系の王族しかいないからだ。

 また何か行動を起こしても、すぐに王弟殿下に見抜かれるのではと誰もが警戒したということも考えられる。

 ともあれ、そのような難しいことは王女の一侍女であるアイリアにはあまり関係ない。主にして、乳姉妹にして、親友でもあるシーリィの立場が保障されて、幸せになる道筋が見えたことで十分だ。

 細かいことは以前よりいくらか柔らかい気配を纏うようになったレイドルに任せておけばいいのだ。シーリィと想いを確認しあった彼は前に増して真剣にすべての物事に取り組んでいる。

 王女殿下と婚姻を結んだ後、レイドルに王配としてではなく国王として国を治めろと言うのが王弟殿下と国王陛下が和解の際に出た条件であったのだ。

 一応はシーリィとレイドルの婚約を認めた王弟殿下だったが、その上で口にした新たな主張には当人たちが驚く内容が含まれていたのだった。

「ホネストには三代前ではあるが王女が降嫁している」

 ラストーズがいずれは魔法にだけこだわることはなくなるとしても今はその時ではないと譲らなかった殿下は、そのように古い話を持ちだしてまで本来は王配となるべきレイドルの即位を望んだ。

 遠く王家の血を引いていようと自分は臣下であり継承権を有さないと反論するレイドルの意見も「いずれ第一王位継承者の夫となるものであるのだから、王女を妻としている間には権利はあろう」と受け入れなかった。

 そのやりとりは、アイリアが彼らの婚約についての不満をセルクにぶちまけていたちょうどその時に、謁見の間にて行われたらしい。

 血脈をたどれば王族の名に行き当たる名家と呼ばれる一族の長であってもレイドルは若輩であり、人払いされたその場では唯一の臣下であった。

 内々の婚約の裏で国王兄弟が交わしていたらしい密約をそこで明かされたレイドルは、ろくな抵抗が出来ないままそれを受け入れることになったらしい。

 シーリィを想う彼には「お前がダメというのなら、他にもめぼしい者があるのだが」と口にしたらしい殿下の脅しめいた言葉に最後は屈服せざるをえなかったと言っていた。

「きっとシーリィちゃんに縋るような眼差しを向けられて、断れなくなったんだよ」

 後の二人の様子を見れば、セルクが邪推するのも間違っていない気がした。

 かつてセルクがアイリアに告げたとおり、確かにシーリィはレイドルに好意を抱いており、そして逆も同じであると今ではアイリアも理解している。

 シーリィを魔法を使えぬ初のラストーズ王にするよりは立場は少々怪しくとも自分がなった方がいいと、レイドルは周囲の雑音に耳を貸さぬ様子で彼らしく真面目に精進していたのだから認めないわけにはいかない。

 そんな彼はさすがに教育係を続けるわけにいかず、様々なことが内定したことによって王女殿下の周囲には他の側仕えも増えることになった。新たな状況に戸惑いを隠せないながら、アイリアは王女の一の侍女として職務に励み続けた。

 そして――。


 

 魔法国家を自負するラストーズの異例ずくめの次期王位継承者のお披露目は、本来の王位継承者であったシーリィとの婚約披露と共に行われることと定まった。

 そこに至るまでには計り知れない根回しがあったことは想像に難くない。城の奥にいるアイリアにはそれを時折耳にする噂以上に詳しく知るすべはない。

 かつての政敵とも言える王弟殿下を味方につけているにしてもそれはきっと困難なことだったのだろうが、すべてがつつがなく整った今はさほど気にすることではないのだろう。

 本日の主役の一人の支度を整えた後、アイリアは同僚たちに助けられて珍しく自らもドレスを纏うこととなった。

 シーリィは初めてにして自らが主役となる大きな会である。アイリアはその側で見守っていたかったのだが、他ならぬ王女自身にそれを退けられたのだ。

「私につきあってアイリアもずっと社交と縁もなく過ごしていたでしょう?」

 自分がレイドルに恋しているという誤解こそ解くことに成功したアイリアであったが、そこから想い合う婚約者と幸せな関係を築くことに成功したシーリィが次に目指したのはアイリアの幸せだった。

 自分の側に控えているだけでは良い出会いはないわと息巻く彼女と、その意を汲んで姫さまのお側はお任せくださいと意気込む後輩たちにアイリアの抵抗はむなしく飲み込まれた。

 幼い頃から侍女となるべく育った娘には、やわらかくふくらんだドレスのスカートは、きつく締められた腰も相まって窮屈でたまらない身動きのとりにくいものだ。

 やはりお側にと最後の抵抗でごねても聞き入れられることもなく、「先に楽しんでいてね」と笑顔で送り出してくれたシーリィがこの時ばかりは憎らしかった。

 意匠をこらされた彼女の若草色のドレスはいかにも主役らしい豪奢さであり、幸せそうにこぼれんばかりの笑顔を見せる主の社交界デビューこそアイリアは側で慎ましく見守っていたかったのだが……。

 現実は、王女殿下の筆頭騎士のくせにアイリアのエスコート役に志願して主の婚約披露という重大な日に半休を取ったセルクと二人、王族が現れるはずの上座から離れた位置に陣取る羽目となっていた。

 アートレス家もファートレン家も武家のうちでは上位であるが、魔法を使えないという一点で爵位こそ高くとも自ずと立ち位置は半ばほどとなる。

 会の途中になればあっちの方までご挨拶に伺えるからねとにっこりするセルクをアイリアは恨みがましく見上げた。

「せっかく着飾ってるのにそんな顔しないの」

「お父さまもお仕事ですし、貴方さえエスコート役に名乗り出なければお側にいられたのに」

 片眉を上げたセルクが「それはどうかなあ」と漏らした。

「どういう意味ですか」

「王女殿下の格別の配慮に、君のご両親も乗り気のご様子だったでしょう?」

「それは――ええ、そうですね。シーリィさまの大舞台にお側を離れることをあの母が認めるとは思いませんでした」

「大規模な催しに団長は陛下のお側を離れることは難しいし、弟君はさすがにまだ出席は出来ない。だから誰か信頼できるものをとお探しのようだったから、俺がね」

「この大規模な催しの主役であるシーリィさまの筆頭騎士でもある騎士団副団長の貴方が堂々と半休を要請した、と」

「正当な手続きを踏んで届けは受理していただきました」

 近頃はすっかり見慣れた余所行き仕様で微笑む男から、アイリアは半ば呆れた心地で目をそらす。問題なく半休願いが処理されたおかげで、アイリアは少しずつ人の増えていく会場で主役たちが登場するはずの扉を遠目に恨みがましく見つめるしかないわけだ。

「……君のエスコート役を誰かに奪われるのはごめんだったからね」

「は?」

「君はそもそも魅力的なのに、今日から表舞台に登場する王女殿下から信頼された一番の侍女だ。加えて、お父上は騎士団の長を勤めるファートレン家のご令嬢――主と同じように表に出てこなかった君を望む武家の者は多いはずだよ?」

 その中に俺以上の好物件はいないけどね、などとうそぶく男にアイリアはつい視線を戻し、思いの外真剣な表情に行き当たって戸惑った。

「団長には万事つつがなく整えたとはいえよからぬ企みをもつ者があるかもしれないから離れた位置からそれとなく会場の様子に目を配ると言い訳したし、殿下には――この機会に女性にもきちんと目を向けるように厳命されてる」

 きょとんとするアイリアにセルクは顔を近づけた。

「俺とレイドルの仲を勘ぐってるんだよね、殿下」

 誰かに聞かれても問題ない口調を心がけながらも、その潜められた言葉の内容は誰かに聞かれては問題だ。アイリアは目を剥いてそっと周囲の様子をうかがってしまい、耳目のなさそうな様子に息を吐いた。

「何をおっしゃっているのですか?」

「思いこんだらなかなか認識を改めない方だよね。それはないと言うんだけど」

 いつでもひょうひょうとしているセルクが疲れた顔を見せる。アイリアは過去、自分がレイドルを想っていると信じ込んだシーリィの誤解を解いたときの苦労を思い出した。

「それはその、お疲れさまです」

「うん。殿下のご成婚がなるまでは俺が先に身を固めるわけに参りませんと申し上げておいたけど、あれはまだ誤解してるね」

 どうして変な誤解をシーリィが抱くに至ったのか気にはなるが、この場で詳しく聞くのも酷な気がして「シーちゃんは、レイドルさまのことについては視野が極端に狭くなるなあ」とアイリアは自分の中でぼんやりと納得した振りをする。

「というわけで、殿下がご結婚なさったら正式に求婚するからね?」

「……え?」

「本当は気持ち悪い誤解は早めにどうにかしたいけど、今君に求婚しても殿下に近場で誤魔化そうとしていると思われちゃいそうだし」

 それが原因で彼女に反対されて君に逃げられては困るから、と続けてセルクは微笑んだ。

「俺は生まれる前から君一筋なのにねえ」

 そっと落とされる言葉にアイリアはどう反応していいものか分からない。

 内輪では気の抜いた姿を見せるものの、今ではきちんと制服を着込み外では様々なことを真っ当にこなすようになったアートレス家当主にして騎士団の副団長は、最近では優良な婿がねとして数えられている。

 以前彼がうそぶいたような「真面目にやっていると仕事が手につかなくなる女子」こそいないが、アイリアの下についた侍女たちも彼に時折熱い視線を送っているのを目にする。

 それを見て指導に私情をいれることはないけれど見ていていい気がしないと感じている時点で、アイリアは自らの気持ちをもはやどうあっても否定は出来ない。

「君も殿下のことが落ち着くまでは自分のことを考えられないだろうから、それまでに周りのことは算段つけておくからね」

 人を安心させるようなさわやかな笑みを浮かべ、「今のうちに外堀を埋めていく」とばかりに宣言する、いつの間にか腹黒さを身につけた前世の相方に時折途方に暮れそうにはなるけれど。

 一応はアイリアの意思を尊重して動いてくれてそうなことは分かるから。

「頼りにしてますわ、未来の旦那さま」

 アイリアは努めて淑女らしくおっとり微笑んで、こっそりセルクにささやいた。

 きっと前世では得られなかった幸せが得られることを信じて。

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