2 穏やかで平凡な日々
他国より嫁がれたという王妃さまには、長く子がなかったらしい。
王妃さまと共にラストーズにやってきた母が父と出会ってから恋に落ち、充分な婚約期間を経てから結婚した後に生まれたアイリアより半年ほど遅れてようやく子を授かったのだから、そこに至るまでには様々な苦悩があったのではないか――と、成長した今ではアイリアも感じている。
母がぼやくほどに母国と違う環境で、王妃として立つだけで気苦労が多かったのではないだろうか。
自称する名に恥じぬ魔法使いだという国王に嫁ぎ、魔法を使えぬ娘をただ一人産んだのみではその気苦労が今だ減じていないものと思われる。
ともあれ。
アイリア・ファートレンは産まれる以前より、後に産まれる第一王位継承者の側に控えることがあらかじめ定められていた。
王妃の忠実な侍女にして王女の乳母となった母は、さすがに身分隔たりなく分け隔てなくとは言い難かったが、娘たちに愛情を注いでくれた。
自らよりも主を立てる習慣は、アイリアの幼少時に培われた。
ほとんど姉妹のように育った二人の教育が分かたれると知った時も、だからすんなりと受け入れたものだ。
何も出来ない赤子がそれなりの成長をし、まあまあ言葉を巧みに操りある程度の分別のつきはじめた五歳の頃にそれは訪れた。
白髪の教師が王女につけられたのだ。
「本日より、お昼の時間までは魔法のお勉強ですよ」
言い含める口振りのアイリアの母を見上げ、王女はアイリアの服の袖を引いた。
「アーちゃんが一緒じゃ、ダメなの?」
姉妹のようにアイリアと彼女は育っていた。幼子の半年差は大きく、王女が小柄なたちなのもあって縋るように見上げられるとアイリアも妹を一人置いていくことには異議を唱えたくなったが。
「なりません」
厳しく言う母を説得できるような知恵も勇気もまだなかった。
だから縋る手をそうっとほどいて、目線を彼女に合わせる。
「シーリィさま、アイリアもお昼まで別のお勉強があるんです」
「一緒じゃダメなの?」
「ダメみたいです」
お互い幼く、別でなければならないと説明された内容もよく理解していない有様だった。
「アイリアに、魔法を使える素養があるわけありませんから。いたところで時間の無駄です」
「やってみなくちゃわかんないもん」
だだをこねる王女を――シーリィを、アイリアは母と二人して何とかなだめたものだ。
午後からは中庭で遊ぼうと約束を取り付けてシーリィを納得させることに成功したアイリアは、母について将来の侍女となる勉強をはじめた。
今思うと、子どものお手伝いにしても質が低かったと思うが――。
幼い少女の自尊心を満足させるようにと考えたのか大げさな誉め言葉が母の口からいくつも飛び出て、立場上普段は王女を立てなければならず娘を軽んじがちな母の愛情を感じるいい機会であった。
それは誰しもにとって一番平和な時代であったと思う。
午前中のお勉強が終わると、アイリア達は母親達に見守られながら大抵二人で遊んだ。
母親達というのは、アイリアの母と王妃。それに加えて、王妃の他の侍女も代わる代わるその中に含まれた。
他の遊び仲間として数えられたのは、王弟殿下の娘であるシーリィの従妹姫。二人にとって彼女は年下の守るべき妹のようなもので、侍女に連れられて訪れる幼い姫を仲間に入れてあれこれと教えてやったものだ。
他には王妃が社交のために開催する茶会参加者である夫人たちの子女が王女のお相手として連れられてくることもあったが、そんな時は下位貴族の侍女見習いでしかないアイリアは彼らをうらやましく思いながらも近くで大人しく立っているばかりだった。
似たような毎日の繰り返しでも、子供にとっては楽しいばかりだった。
それが変わってしまったのは、二人がただ幼いばかりではいられなくなってからである。




