26 今気になる、その人は
国王陛下及び王女殿下の襲撃事件の黒幕であるとされた大公殿下は、王弟殿下の迅速な働きにより早々に捕らえられたという。
傍流ではあっても、高位の王位継承権を有する王族が捕らえられるのは大きな事件だった。国王陛下の襲撃で殉死した者も多かったため、城の表向きは後処理で大騒ぎのようだ。
それは奥向きのアイリアには関係ないことだ――と、本当なら言いたいところだけど、仮にも襲われた王女殿下の侍女とあっては単純にそうとも言えない。
黒幕を捕縛した立役者である王弟殿下が「王位を血を流すことによって得ようなど、そのような卑劣なことは許さぬ」と息巻いていることもあり、今王弟派が動きを見せるとは思えない。
そのため王女であるシーリィに差し迫った危険はないはずだが、だからといって警戒を緩めるのは愚かなことだ。
だというのに、物理的に人手が足りなくなってきている。
襲撃事件で数を減じた王の護衛の追加のために、王女のために残されていた騎士のほとんどが慌ただしく出立していったのだ。
残されたわずかな騎士を率いるのは今回の件で身内を亡くし、いつもの精彩を欠くセルク。
同じように父親を亡くしたはずのレイドルが王女の魔法的な守りを主張するようにほぼ常駐し、まるで現実逃避をするかのように今回役立った腕輪の改良に励んでいる――とっさの事態に反応しきれずシーリィが発動を思い立つまで時間がかかったと聞いて何か思い立ったらしい――様子も鬼気迫っているように見えて気にはかかるが、それよりもアイリアが気になってしまうのは、日頃の気に入らなさをすっかり潜ませたセルク・アートレスなのだ。
彼が無駄口を叩くのを止めてしまうと、王女の部屋は恐ろしいくらいに静かになった。
なにも、いつもセルクばかりがしゃべっていたわけではないが、彼による要素が大きかったのだろうなと今更ながらアイリアは感じていた。
まるで誰もが、不用意に口を開けないと考えているようだった。
主たるシーリィは、身近な教育係と騎士がこの事件で肉親を亡くしてしまったことを気に病んでいる。それが、自分の父を守るためのことであるために、余計に。
それをあからさまに表に出すほど浅はかな王女ではなかったが、限られた空間で否応なく過ごすことになれば自然とにじみでてくるものがあった。
おそらくそれに気付きつつ、「気にすることはない」と言えば余計に気にするであろう彼女の心情を思いやっているのはレイドルだろう。
今回の襲撃にそれなりの効果を見せた魔法陣を仕込んだ腕輪の使用したが故に発覚した問題点の改良方法を、これでもかとばかりに小難しく回りくどい言い方でああだこうだと口にしているのは、シーリィの気持ちを上向けさせるためだと思いたい。
知識はあっても魔法を使えない人間にはあまりにも専門的すぎて、気持ちを上向かせるどころか彼女はぽかーんとしているのだが。
アイリアが沈黙を守っているのは、何か後ろめたいような気持ちがあるからだ。国王陛下が王妃殿下を伴って外遊された先が王妃殿下の母国ではなく他の国であったら、きっと王妃殿下が外遊先にしばらく残るなどということはなかったはずだ。その場合、当然王妃殿下付きの騎士や侍女である父や母が事件の場に居合わせていたかもしれない。
似た条件にいながら身内を失わずにすんだアイリアが口を開けば、何かうかつなことを言ってしまいそうな気がした。
普段であればこんな時ほど軽口を叩いてくれる騎士は身内を亡くしたばかりで、明るくからりと場を和ませてほしいと願うのはきっと酷な話だろう。
喪に服す意味もあるのか、今の彼はいつもは乱れがちな制服をしっかりと着込み、嘘のようにおとなしくしている。
そのようにしてしまえばかつて彼が言っていたとおり、息が詰まる心地だった。セルク当人ではなく居合わせる者が、だったけれど。
「えー、平和が一番なのでそんな日は永遠にこない方が幸せだよね?」
出会った当初に本気を出さない方がいいと言った際に続いた彼の言葉が不意に思い起こされた。
それに苛立ちを覚えた記憶のあるアイリアだけど、今思うと当人の言っていたとおりであるような気がしてきていた。
これまで彼の「彼」らしくなさが気に入らなくて気に入らなくてどうしようもなかったというのに――いまさら何を思っているのだろう。
前世の記憶が蘇ったのは叙任を受けた後だとセルクは言っていたが、彼がその頃から勤務態度が真面目でなかったことは何年も前に噂に聞いたことだ。
あの責任感のあったフェストの記憶が蘇った後で、あえて不真面目さを演出していたのは何故だろう。それを現在かなぐり捨てるように真面目ぶっている理由も含めて不思議でたまらない。
「お父さまを亡くされて、気落ちしているのね」
いくら護衛役としているセルクやレイドルでも、さすがに着替えなどには同席できない。ほとんど彼らと一日中を共に過ごす中、わずかな二人きりの時間にシーリィのつぶやきを聞いて、
「きっとそうでしょうね」
それも事実だろうとアイリアはうなずき返すが、それだけなのだろうか。
時折見せていた彼の底知れなさが、前世の記憶に由来するものだとすれば――セルクはフェストのように未来を見通せる人なのではないだろうかと、アイリアはつい考えてしまったのだ。
そうであれば、彼は前もってこの騒動と被害を予期していたのではないだろうかと。
誤報であればと口にしていたのは、そのことを信じたくなかったからで。
今、ひどく静かにしているのは、知っていてもそれを避けることが出来なかった自分を悔いているのではないだろうか。
全てはアイリアの勝手な想像に過ぎない。
だけどもしそうだとしたら、彼の落ち込みの深さが理解できる気がした。
魔獣を封印するという目的を果たし、後に利用されないために出奔するだけで問題が解決したしがらみのなかった前世と今とでは、立場が違う。危険を感じていたとしても、一騎士では出来ることが限られていたはずだ。
アイリアは正解もわからないことを悶々と考え込んでしまうのだった。
襲撃事件のどろっどろした系のお話は、本筋にはあんまり関係ないのでこれ以上は掘り下げない方針です。




