25 襲撃事件の黒幕よりも
結論を言えば。信じたくなかった情報は、ほぼ真実であった。
王城に侵入し王女殿下を襲撃した犯人の詰問――あるいは拷問であったかもしれない――の結果に、通信魔法で知らされた第二報を加え情報を整理したことにより、一連の事件の真実らしきものが見えてきた。
マルハ候の手の者による第一報に続いて通信魔法で知らせを飛ばしてきたのは、恐れ多くも国王陛下ご自身であったとアイリアは聞いた。
ことの起こった翌日に王女へ説明を任されたのは、一番身近な教育係であり、レイドルは努めて冷静な顔を取り繕いながら淡々と説明してくれる。
王弟派のうちでも、マルハ候は強硬的な考えを持つ者であったらしい。長らく不満をくすぶらせながらも王弟に従っていたのだが、自らの屋敷に王が逗留するとなった際によからぬ考えを吹き込まれたらしい。
「国王が魔法を使えぬ娘を女王にすることを諦めないのなら、王女の後ろ盾が弱く立太子さえならぬうちに王を亡き者にすればよいのだ」というような甘言を。
そこでよく考えれば実行すれば最後は自分の身を危うくするとわかったであろうに、男はよほど言葉巧みにそそのかされたらしく愚かにもその言葉に乗ったようだ。
争いの渦中にある割に安穏とした中央の様子にじれて、下手を打ったのであろうか。
マルハ候は王を討つため、客間に任意の時に魔法を封じる結界を張れるよう陣を密かにしいていたそうだ。いかに魔法に優れた国王であっても、寝ている間に結界を発動され魔法を封じられたら対抗できるわけがない。
最初に父の無事が知らされていたシーリィは、それでもレイドルの解説に身を震わせた。そして、感情をそぎ落としたような顔でレイドルが端的に続けた言葉には、言葉を失うことになる。
「この襲撃で最後には主犯のマルハ侯を捕らえることはできましたが、六名亡くなりました」
不確定であってもセルクから情報を耳にしていたアイリアでさえ、彼が淡々とあげる犠牲者のうちにさらりとレイドルとセルクの父の名が上がったことにあらためて言葉を失った。
昨日自らも襲撃にあったくらいで、本来荒事に縁のない王女とその侍女には、それだけ犠牲のあった襲撃の激しさは想像の外にある。
言葉に迷う様子を見せながら、我が身を犠牲にして父を守ってくれた人の息子にシーリィは感謝の言葉とお悔やみの言葉を述べる。
「父は当然のことをしただけです」
詳しい状況を王女に伝える気がレイドルにはないらしいが、魔法が使えない状況下で魔法使いの名家ホネスト家の当主が出来たことは多くなかっただろうと想像すると、アイリアは何とも痛ましい気分になる。
「国王陛下の襲撃は、城内の動揺を誘いシーリィさまの警備を手薄にするための陽動でしょう」
さらにその痛みに塩をかけるように、レイドルは言葉を続ける。
まんまとそれに引っかかったのだと自嘲するかのような口振りだった。
「どちらかがうまくことを成せば、レシィリアさまの元に王位が転がり込んで来るという計算ですね」
「……そんなこと、したって」
「レシィリアさまはきっとお怒りですね」
思わず漏らしたシーリィの言葉に、レイドルはわずかに口角を上げる。
「怒って家出でもしそうだわ」
少し柔らかさを取り戻した声に、シーリィも場の空気を少しでも変えようと軽口を叩く。
「レシィリアさまのご様子は不明ですが、王弟殿下こそ大変なお怒りようです」
「叔父さまなら、そうでしょうね」
「精力的に動かれた結果、早くも黒幕を突き止められたようです」
叔父の様子を想像してうなずいたシーリィに向けて、静かにレイドルは報告を続けた。
「黒幕ですって?」
「そういう者がいなければ、マルハ候の属する派閥の長であるルドック殿下が罪に問われかねません」
「叔父さまは、暗殺だなんて手段を執るような卑劣な方じゃないわよ?」
「それでも、手の者が罪を犯したのですからね。あの方が裏で密かに指示した可能性が否定できない以上、黒幕を見つけださねば責任が問われるのは必至でしょう。王弟派が軒並み断罪されてもおかしくはありませんよ――自派に属する者が恐れ多くも国王陛下に刃を向け、さらには王女殿下にまでそうしたのですから。最悪の場合、一族郎党斬首も考えられます」
そんなの納得できないという顔で、シーリィはむにゃむにゃ口を動かしたが教育係に反論できる言葉はなかったらしい。
「なんの罪もないレシィが、それに巻き込まれるのは嫌だわ」
ただシーリィは誰にも期待されない自分を慕ってくれる従妹姫の心配だけを、ぽつんと口に乗せる。
そうですねとレイドルはうなずいた。
「ですが、たった一晩で黒幕が見つけ出せるものでしょうか?」
思わずアイリアは口を挟んだ。
噂では王弟殿下は優秀なのだとは幾度となく聞いた。実際アイリアが目にした際の印象も、真面目で切れ者なのだという噂を裏切らないものだったように思える。
しかし優秀であっても、果たして一晩で国王襲撃犯の黒幕がわかるものだろうか。
正義感の強い真面目な人物だとしても、最悪斬首の可能性があるというのならば、保身を考えて判断を間違うこともあるのではないか。
ことがことだけに、短期間で導き出された結論に間違いは許されない。懸念を露わにするアイリアにレイドルは難しい顔をする。
「王弟殿下は確信を得ずにご発言されるような方ではないのではないでしょうか」
「叔父さまがお父さまを狙ったと言われるよりは、他にそれを狙った人がいたと言われた方が信用は出来るけど。でも、誰が何を狙ってそれをしたの?」
そうっと問いかけるシーリィの表情もレイドルと同様に堅い。
「本当の狙いが私だったとするなら、私が死ぬことで利益があるのは次の国王が魔法使いであるべきと主張する叔父さまよね?」
「襲撃を成功させ、その罪を首尾良く王弟殿下に擦り付けることが出来たならば、益のある方もおりますので」
「それって」
レイドルの返答に思い当たる節がないらしく、シーリィは呟いて眉を寄せる。
「我が国では、王位継承権は十位まで定められております」
「ああ」
ラストーズで男女の別なく定められる継承権について、上位数名以外は意識されることがあまりない。なぜならば、これまで魔法を使えぬ王族など存在せず――そして、本来継承権が高い者の方が強い力を得ていたからだ。
魔法にこだわり続けた国の王族は、代々力の強い者の血を取り込んできたのだ。王族のうちでも中枢にあるほど、力が強い確率はぐっと高いものだった。
定められた継承順位をひっくり返すほどの力の差は、だからこれまでほとんど存在しなかった。それゆえ少なくとも歴史上に記される限りでは、建国当初の定まらないことが多かった時期を除いてこの国ではこれまで王位継承争いなどありえなかったのだ。
そのため一応は順位が定められていても、自然と継承順位の低い者の存在感は薄れていくこととなった。
「レシィの次の方となると」
王位継承順位の低い王族は大抵が中央を離れる。そのほとんどが王領の管理を任じられたり、辺境に配され要所の守りを固めているという程度の知識は、アイリアにもあった。
「ルチェット大公殿下ですね」
「そうそう。たしか、北の方にいらっしゃったわね。おじいさまの弟君でしたっけ。昔何度かお会いしたことはあったけど」
首をひねったシーリィによどみなく応じたレイドルのあげた名に、彼女は多少思い出してきたようだ。
「ルドック殿下の調べによると、そのルチェット大公殿下が今回の件に関わられているそうです」
最終的な詰めが甘かったらしく、陥れようとした王弟殿下に逆に罪を暴かれた王位継承権第四位のルチェット大公殿下についてレイドルが一通りの説明をするのを一応は耳にはしていたが――、それで事件が解決なのだと思えばアイリアの記憶にはほとんど残らなかった。
そんなことよりも気にかかることが、今はあった。
いつもは小うるさくあれこれ混ぜっ返しがちな騎士が、ずっとこの場にいるにも関わらず口を引き結んで沈黙を守っているのだ。
国王陛下を守って父親が死亡した情報が誤報であればと現実逃避するかのように言っていたくらいだから、それが事実と知らされてショックなのだろう。
両親を魔獣に殺されてしまった前世の記憶をとどめていたところで、現世の悲しさが軽減されるわけがない。
少し条件が違えば、アイリアだって父親を――あるいは母親や弟でさえ――亡くしていたかも知れない。前世家族どころか知り合い全てを一度に失ってしまったティーファの記憶があっても、そのときに得る悲しみが軽減されるとは思えなかった。




