24 記憶はあると騎士は言う
「……え、え、えええっ?」
「足止めくらいなら大丈夫だと思うけど、さすがに全力は問題じゃない?」
視界の端で襲撃者と対峙するレイドルたちが動くのは見えたが、アイリアの神経は背後のセルクに集中してしまった。
未だ頭に乗ったままの手に動きを妨げられている気分になりながら、アイリアはぎこちなく後ろを振り返る。
斜め後ろ、見上げる角度にあるセルクの顔は、いつも通りのそれに見える。
ふっと手が下ろされて、窓の外を見ていた視線がアイリアに移る。その眼差しにまっすぐに射抜かれた心地で、アイリアは慌てて彼から距離を取った。
「別にとって食いはしないからそんなに離れなくても」
「ど、どど、どういうことなんですか!」
「どういうって。対、魔獣相手の封印の術を人間相手に食らわせるのは問題あるんじゃない? 聖獣の補助もなく、確実に成るよう俺が剣をぶっさしてるわけでもない相手に、君一人で発動したところで不完全だから問題ないかもしれないけどー」
アイリアは極限まで動揺しているというのに、彼はごく普通にそんなことを言ってのける。
それは、セルク・アートレスが知らないはずの、フェストのものであるはずの前世の事柄。
「あな、あなたは、あの、記憶が?」
「混乱しているねー?」
突然もたらされた情報を受け止めかねてあわあわするアイリアに目を細めて呟くと、セルクはあっけなくうなずいた。
「俺としては君に記憶がある方が驚きだけど」
「いいいいい、いつからなんですか?」
口にしたほど驚いているように見えないセルクは、アイリアの質問に首をひねった。
「いつって……いつだったかなあ。騎士として叙任を受けた後だから、十四か、十五かその辺? そういう君はいつティーファの記憶を?」
普段のセルクよりは真面目で、だけど前世のフェストよりは砕けた声色での問いに、アイリアもつい首をひねってしまう。
「一番はじめは五歳の頃でしょうか」
悪夢を発端とした過去世の記憶の追体験を説明するのは一言では足りない。
「いちばんはじめ?」
不思議そうに彼は首を傾げたが、
「五歳って、俺より早いじゃん。まあ、積もる話は落ち着いた後でかな」
ぼそっと感想を漏らしてからちらりと窓の外を見て情勢を確認するや、あっさりと身を翻してしまう。
「賊は倒したようだから、後始末しなきゃねー。やだやだ、なんでこのくっそ忙しいタイミングで襲ってきたりしたの? 狙ってんの?」
ぼやきながら離れていく背中を少しの間呆然と見つめたアイリアは、はっと我に返って後を追った。
「シーリィさまの警備が手薄と見たからこそではないですか?」
言いたいことはいくらでもあるような気はしたけれど、アイリアは自分が混乱しかねない疑問の全てを今は忘れることにした。現実に即した言葉をひねり出しながら、早足で進むセルクの後を小走りで追う。
日頃は女性に配慮した速度で進む彼もそうしている余裕はないようだ。なんとか斜め後ろに位置したアイリアとちらりと振り返ったセルクは、すぐに視線を前に戻した。
「どこの手の者か不明だけど、この襲撃はおそらくそれなりに計画が練られている。真偽はわからないけど、今朝方国王陛下も襲撃されたそうだ」
ちらと感じた視線は鋭く、続いた声色は滅多に聞かない真面目なもの。
内容も相まって、アイリアは密かに息を飲んだ。
「レイドルさまが呼ばれたのも、その件ですか?」
アイリアは足を早めてセルクの横に並び、問いかける。ああ、と彼は短く応じた。
「城内が動揺した隙を見て侵入して、殿下を狙ったようだ」
「――シーリィさまが、あそこを通ると、理解していたのですか?」
「レイドルを呼び出せば勉強が中断される。そうすれば、王女殿下はいずれ部屋に帰るのにあの廊下を通る。そう内通した人間がいるんだろう」
かつてないほど冷たく吐き捨てるセルクの様子は初めて見るもので、だけど何かよく知っている姿のように思える。
「ご丁寧に、襲撃の邪魔になるレイドルを引きはがす理由を用意していたんだから」
「引きはがす理由、ですか?」
それは、前世魔獣に恨み言を漏らしていた若き頃のフェストの姿だ。アイリアはその「彼」らしさを求めていたはずなのに、いざそうなると違和感が沸いてしまう。
それを指摘するのもおかしい気がして、流れで問いかけただけなのに。
「ホネスト公が討たれたらしい」
さほど意味もなく問うた言葉に戻ってきた重い返答に、言葉をなくす。
「国境を越えこちらに戻ってしばし、陛下は昨晩マルハ候の屋敷にたどり着き、宿をお借りになったそうだ」
部屋から窓の外を見ればすぐそこであったのに、城内の廊下は長く複雑に入り組んでいる。感情をそぎ落としたような声で淡々と告げるセルクの言葉は内容以上に重く感じられ、つい足が鈍りそうになった。
「急使の報が真実だとすれば国王陛下はご無事。詳しい犠牲者の数は知らされていないそうだけど、ホネスト公の他にも犠牲はあるらしい」
ようやくたどり着いた階段で、セルクはようやくアイリアをまともに見た。紳士らしく手を貸してくれたが、足は鈍らない。
「あ、ありがとうございます」
反射的にお礼の言葉を口にしたアイリアに、セルクはしばらくぶりに常のようににこっとした。
「作為的に作られた情報な気がして、実にいやーな感じなんだよねー」
「作為的にというと、偽りの情報なのですか?」
「マルハ候は王弟派だからね。膠着した王位継承問題を一気に落ち着かせるために、あえて自分で賊を手引きした可能性は考えられるよね」
「はあ」
階段を下り、セルクはアイリアから手を離すと再び先を急ぐ。
「派閥に関わらず陛下はこの機に視察がてら道中の領地を巡るというお話だったのは聞いてるよね」
「ええ」
「王位継承問題なんて下手をすれば殺伐となるものなんだろうけど、ラストーズの場合、対抗馬のトップがあの堅物で正義感の固まりの王弟殿下だからね。
甘い考えだとは思うけど、国王陛下だって弟が首根っこ押さえて余計なことをしないように主導しているはずの王弟派がまさか国王暗殺をもくろむなんて思わなかったんでしょ。
そのまさかを起こした人間が何食わぬ顔で通信魔法使って、うちの屋敷で陛下が襲撃にあったんですけど! 陛下をお守りするためにホネストとアートレスが亡くなったぜ! って名指しで報告して王女の周りの人間を遠ざけるってちょっと浅はかだからどこまで信じていいか判断に迷うけどー」
その後を追っていたアイリアはさらっと追加された情報に言葉を失った。
「あの、それって」
「犠牲者の数が判然としない割にうちの父上まで名指しって嘘くさいと、一応息子としては信じたいよねー?」
アイリアは何とも言い難く、無難にそうですねと呟くことしかできない。
「ただ、疑われるのがわかっている王弟派の人間が自分のところでことを起こすのが、考えると不思議なんだよね。どういうことなのかなあ」
鍛えているセルクは足早に歩いても思索を巡らせる余裕があるようだが、そうではないアイリアは息も切れろくな考えが浮かばない。
ただ、セルクが言うようにそれが作為的に作られた誤情報であれば良いなと、彼とレイドルのために胸の内で祈る。
そうこうしているうちに、二人はようやく庭に出て、レイドルと王妃の騎士と、彼らに守られたシーリィに再会した。
その近くには、おそらくは騎士とレイドルの双方にボロボロに叩きのめされた様相の捕らえられた襲撃者の姿がいくつも転がり、駆けつけてきたらしき兵士に囲まれていた。




