1 侍女の現状
アイリア・ファートレンは、下位貴族の娘だ。
魔法大国と自らを称するラストーズでは、魔法使いでないというだけで爵位に関わらず下位貴族と認識される。
他国より嫁いだ王妃の供としてこの国にやってきて父と結ばれた母などは、未だに母国との落差になじめないらしく時折愚痴を聞く。
建国の時代に多大な功績を上げた名目で授与されたファートレン家の侯爵位も魔法が使えない一族だと言うだけで軽んじられるのだから、母が納得いかないのも無理はないのかもしれない。
ただ母国で子爵位の娘であった母からすると、父が下位貴族と認識されていた結果結ばれたのでよかったのではないかとアイリアとしては時々感じていることだった。
両親は貴族らしからぬ恋愛結婚をしたのだ。
王妃の気に入りの侍女でも母国で子爵位の娘であれば普通ならば他国の侯爵家に嫁ぐことは難しかろう。それを思えばこの国特有――と母は言う――身分制度も悪くはないのではなかろうか。
この国では魔法を使える家が尊ばれる。魔法の使えぬ家は一律に武家と呼ばれるのがその現れだ。魔力を用いるか武力を用いるかの違いといわれればそれまでだが、王家として立ったラストーズ家の初代王ウォルフレン一世陛下が殊更魔法使いを重視し魔法大国と自ら称したことでそれは確定した事実として後に受け継がれのだという。
それから長い時を経た時代に生まれ、母に他国のことは聞かされていてもこの国で育ったアイリアとしては「そういうものだからそういうものだ」と受け入れるしかない話だった。
もちろん武家と称される家だって軽んじられてばかりはいられないと、家に魔法使いの血を入れることに注力した歴史があるという。
それでも、元から魔法使いを輩出する家同士が結びつきあうよりも低い確率でしか魔法を使えるものは出ない。
誰でも大なり小なり魔力を持って生まれてきているとかつてラストーズの魔法研究家は解明したという。どんなに魔力が少ない人間でもまったく魔力を持たない者は存在しないのだとその者は研究の果てに発表した。
しかして、魔力があっても人が皆魔法を扱えるわけではない。
魔法大国と称するとおりラストーズには魔法使いが多く、他国より一歩先んじた研究がなされている。
誰もが魔力を持つのになぜ魔法を使えるものと使えないものが出るかについてはまだ研究中であるそうだが、魔法を使うためには何らかの才が必要なのだろう。
世の人間の大半は魔法に縁がない。その才能があるものでも、扱える力には大別して三つの違いがあり、大抵はその内の一種類のみしか使えない。
自らの魔力のみを扱う魔法使いに、神の力を借りる神官、それから精霊の力を借りる精霊使い。
事象としては「魔力」を糧に現れる「魔法」に多少の違いはあっても大きな差異などないがそれぞれ原資とする力が違うため、すべてを使えるものなどまれなのだという。
そのうちでも、魔法使いを国の主にして魔法使いを優遇する国に生まれた武家の娘であるアイリアの立場は、ひどくややこしい。
魔法使いが尊ばれる国の第一王位継承者であるにも関わらず、魔法を使う才がまったく発現しない王女の乳姉妹兼侍女にして、自らは神の力を借りる魔法を使うことが出来る娘というのがそれである。
――もっとも、アイリアが魔法を扱えるという事実は実の両親でさえも知らないのだけれど。