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ある前世持ち侍女の納得いかない現状  作者: みあ
本編

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19/82

18 護衛騎士は恐れを知らない

 ふとした拍子にセルクの態度に裏を感じるようなことはあり、彼の内には「彼」らしさが潜んでいるのではないかと思うことも増えたが、相も変わらず常は不真面目な彼に不満を抱くことを結局アイリアは止められなかった。

 彼の態度に手を焼いているのはレイドルも同様であるのがせめてもの救いだった。

 セルクの物怖じしない態度には、苛立ちを覚えざるを得ない。

「俺、仲良くなった人はちゃん付けで呼ぶ主義よ?」

 出会った当初にわざとらしくくねくねしながらアイリアに宣言した彼は、どれだけアイリアが嫌がっても彼女をアイリアちゃんと呼ぶのを止めなかった。

 彼にレイちゃんと呼ばれるレイドルも抵抗していたのだが、やがて二人ともがいちいち対応するのが面倒くさくなった。結果、不満に思いつつも彼の呼び方を放置し、聞き流していればいいのだと諦めたタイミングを見計らったかのように――恐れ多くも彼は、今度は仕えるべき王女殿下まで「シーリィちゃん」などと呼び出したのだ。

 真面目なレイドルは当然怒りの声を上げたし、二人きりであっても滅多に彼女をシーちゃんと呼んだりはしない時と場所と身分をわきまえているつもりであるアイリアもそれは同様だった。

 すでにちゃらちゃらした彼の言動にも慣れ、騎士服の研究を共にすることで過ごす時が増えたと同時に気を許したらしいシーリィが「場をわきまえてくれるならいいわ」と許可を与えてもアイリアたちは納得いかなかった。

 だけどシーリィとセルクは協力して、対抗する二人に打ってかかった。

 アイリアとレイドルも協力し正論で突っぱねようと努力をしたのだが、最終的にはなし崩し的に説得されて仕方なしにセルクが慣れ親しく「シーリィちゃん」などとシーリィを呼ぶのを認める羽目になった。

 アイリアは王女でありながら魔法を使えないことによって上位貴族の令嬢から敬遠されているシーリィが「だって、私アイリア以外に他にお友達いないんだもの」という発言に負けた。

 レイドルが何故受け入れたかのかアイリアは知らないが、かなりしつこくセルクにあれこれ言われていたので根負けしたのかもしれない。

 真面目な二人はセルクのようにすることなどとんでもないという認識だけを共通に、しぶしぶ内々でのセルクの慣れ親しげな呼び方に目をつぶることになった。

 だけど、セルクの恐れを知らない振る舞いはそれだけではなかった。




 すでにシーリィが勉強の途中で部屋を飛び出すことはほぼなくなりレイドルが落ち込むことはなくなったが、アイリアが自室に戻るシーリィを見送ってレイドルと共に使用した部屋を片づけるのは習慣づけられていた。

 ある日のこと、片づけを終わらせたアイリアはレイドルと並んで、シーリィがセルクを従えて通ったはずの廊下を歩いていた。

 王女殿下と側仕えたちは日中の大半を共に過ごしている。教育係は今のところレイドル一人でも構わないが、叶うことならば夜間のことを考えて侍女も護衛ももう少し数が欲しいところであった。しかし、シーリィに魔法が使えないままこれ以上の増員は難しいと誰しもが理解している。

 騎士服の魔法陣の解析はレイドルを中心にしてかなり進んできている。応用すれば身を守るだけではなく、うまくすればほとんど魔法使いと同様のことが出来るのではないか――というのが、近頃のレイドルの持論であった。

 ただほぼ同様でもそれでできあがるのは魔法使いのまがい物であり、正面切っての増員など望めない現状だ。

 そのため足りない部分は彼女を幼い頃からよく知っている王妃配下の大人の手を借りている。だからこそ、王女が起きている時間のほとんどは出来る限り王女専属のアイリア達で回しているのだ。

 真面目さからはほど遠いセルクでさえ、夕刻交代する王妃の騎士に申し送りをし、武家筆頭アートレス家の次代として父親から委譲された権限を利用して警備兵たちに王妃と王女の私室周りの見回り強化を求めた後でようやく自らのための訓練をしていると聞く。

 アイリアは職務が終われば母が夜勤ではない限り共に自宅に帰り大抵はすぐに一日の疲れをとるようにしている――まあ、時には侍女であってもいざという時に王女の身を守ることが必要だと考えた父から護身術を仕込まれるようにもなっているのだが、そこまで頻度は高くない。

 ともかくアイリアの日中がセルク以上に忙しいことは、誰の目にも明らかだった。

 王女殿下の身の回りを侍女一人でまかなうというのがそもそも異常事態なのだ――出来る限りのことを下女に依頼するが彼女たちに頼めることは限られていて、どうしても人手が必要なときはシーリィの乳母でもある母を頼り、滅多にないがそれでもなお足りないときは母が王妃の侍女仲間を連れてきてくれる。

 もう十六才に近い王位継承権第一位の王女でありながら、魔法を使えないという事情がシーリィを社交から遠ざけているからそれで何とか回っている。

 気が急いて小走りにさえなりそうになるが、アイリアが落ち着いたふりで足を進めるのは、自分の行動でシーリィが誰かに指さされることになることが嫌だからだし、この短い時間でしか出来ない話をレイドルとするためだった。

 内容は、アイリアのように周囲の目にこだわらないセルクのせいで「王女の側仕えは質が悪い」などと陰口をたたかれることへの愚痴が主であった。

 彼が悪い人間ではないと二人ともわかっているのだが、真面目な場面で軽い言動をするセルクに対する苛立ちをときどき吐き出さなければストレスがたまってしまうという共通の認識があった。

 その日も短い時間のあいだにあれやこれや話し、いつものように二人は王女の私室まで向かう。

 常であれば若い男女が密室で二人きりにならないようにという名目で薄く開いてある扉が閉まっているのが遠目で見えたので、アイリアはレイドルと顔を見合わせた後二人で競うように足を早めた。

「なんてうかつな――人通りは少ないとはいえ、全くないわけではないのに」

 レイドルがぼやきながらノックも忘れて慌てて扉を開ける。

 叱責されてもセルクならなんの痛痒を覚えていないかのように「言わなければ二人きりなんてばれないでしょー」とでも言いそうだなと思いながらアイリアも部屋に飛び込むレイドルの後に続いた。

「レイちゃんってば、レディーの部屋にノックもなしに飛び込むなんて、らしくないじゃなーい」

 後ろ暗いところのまったくなさそうな――実際、心配しなくても彼のシーリィへの対応は妹にでも対するもののようである――セルクの明るい声をアイリアはレイドルの背中越しに聞いた。

「あら、作法に厳しいホネストの方がそんなことをするなんて思わなかったわ」

 それから、シーリィによく似た声が続けて聞こえた。

 扉を開けてすぐのところで動きを固めているレイドルの肩越しに、アイリアは室内を覗き込んで声の主を確認する。

 髪と瞳が王女とまったく同じで、顔つきもどこか似通っている従妹姫が、そこにはいた。

「レシィリアさま?」

「お久しぶりね、アイリア」

 シーリィと隣り合ってソファに座っていたレシィリアがにっこり笑って手を振ってくる。

「お、お久しぶりです――あの、おつきの方々はどうなさったんですか?」

 シーリィと同じ城に住んでいながら、かつてはよく訪問してきた彼女の来訪は近頃ではすっかり途絶えていた。

 幼いうちに魔法を使えるようになった彼女の周りには、かねてからシーリィと比べて多くの側付きがいた。以前からそれを撒くようにして姉のように慕うシーリィの元に訪れていた彼女だが、彼女を次期王にと願う派閥が増えるに従って気軽に動くわけにはいかなくなったのだと顔を合わせたときにこっそり教えてくれたとアイリアはシーリィから聞いていた。

「置いてきちゃった!」

 けろりと言って笑うレシィリアにアイリアは言葉を失った。

「どうなるかと思ったけど、何とかなってよかったー」

「あっはっは、今たぶんみんな大騒ぎで探してると思うよー?」

 明るい声を出すレシィリアに物怖じせずに応じるのはセルクだった。

「そのみんなを撒くのに協力してくれた人の言うことじゃないわ!」

「いやあ、だって大勢が血相を変えて可愛い子を追いかけてるんだよ? 助けてあげなきゃって思って」

「助かったけど、バレたら貴方大変なんじゃない?」

「黙ってれば大丈夫だよー」

 明るいレシィリアとセルクのやりとりに比べて、アイリアとレイドルはとてもそんな気持ちにはなれない。

「そういう問題かしら?」

 レシィリアを歓迎する様子は見せながらも首をひねるシーリィは気持ちの上で両者の中間に位置するのだろうか。

「……そういう問題ではないと思います」

 レイドルはようやく衝撃から抜けたらしく、やけに低い声でシーリィに答えるように漏らした。

「セルク、貴方は……」

「ん? なーに、レイちゃん?」

「なーに、ではありませんよ。貴方は何を考えて行動しているんです?」

 レイドルはつかつかとセルクに歩み寄り、彼を引きずるように引っ張ってきた。騎士であるセルクよりもレイドルは細い印象だが、案外簡単にセルクは連れられてきた。

「わー、目がこわーい」

 軽口を叩いているくらいだから、あえて引っ張られてきたのかもしれない。

「私どもはこちらに控えておりますが、お二人でゆっくりお過ごしください」

 そんなセルクを睨んだレイドルが、王女たちにはにこやかに告げる。お茶を出すように指示されたアイリアが動いてから、ふっとレイドルの魔力が動く。

「気を使ってくれたかな。あの人、すごいね」

「どういうこと、レシィ?」

「この短い時間で音を遮断する結界張ったみたい」

 その理由を簡潔に解説したのは、魔法使いのレシィリアだ。

「ふーん」

「こっちに気を使ったって言うよりは、あの騎士さんを怒るつもりなのかもね」

 気になってちらりとアイリアが振り返ると、たぶん間違いなくレイドルがセルクに文句を付けている様子が見えた。

 アイリアも言いたいことがあるので、大体内容は予想できる。きっと、現在関係が悪化中の政敵の中心人物――王弟殿下のご息女から取り巻きを引きはがし、何故単身王女殿下の私室に招くようなことをしたんですかと、きっとくどくど言っているのだろうなと。

 周囲が騒いでいるだけで渦中にある二人の関係が良好であることを、きっとレイドルはよく知らなかったはずだ。立場的に一番気にしなければならない王女殿下の政敵のトップが、他ならぬ王女の私室にいたのだからアイリア以上に肝をつぶしただろう。

 当人同士の関係は良好だといっても、周囲がそれに習うとは思えない。下手に王弟派の誰かに目撃されていれば、痛くもない腹を探られる可能性は考えられた。王女の護衛にしては軽はずみで考えなしの行動にレイドルが怒りを覚えるのは当然だとアイリアは考えた。

 しかし、レシィリアはシーリィにとってもアイリアにとっても妹のようなものだ。もちろん不敬罪に問われたくないので、アイリアは軽はずみにそれを公言するつもりはないが。

 ともかく、その彼女がシーリィを心底慕っているとわかるからレイドルほどには憤りを覚えないけれど、アイリアだってセルクのうかつな行動は責め立てたいなと感じるのだった。

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