17 少女たちは希望を見いだす
教育係の方針の転換は、一応はシーリィの心に響いたらしかった。
最初が最初だったので警戒を緩めないままに、シーリィはレイドルの指導を受けていた。
アイリアが王女が王位を望んでいないことを明かさなかったのだからそんなこととはつゆ知らないレイドルの教育方針は王位を継ぐこと前提のもの。
政治経済地理歴史――若くして国王直々に教育係を命じられたレイドルはやはり優秀であるらしく、わかりやすいとは言いながらもシーリィはあまり気乗りしないようであった。
その態度に真面目なレイドルが苦言を呈し、シーリィが不満を口にすることも多かったが、共に過ごす時が増えていけば最初からすると信じられないくらいに二人の関係はよくなったものと思う。
関係が安定してからしばしして、シーリィに最初にレイドルへの不信感を植え付けてしまった責任を、一応はとれたのではないかとアイリアは考えるようになった。
「騎士服には魔法陣が織り込まれ、最初は魔法でそれを発動させるようなのですが、以後は着た人間の魔力でそれを発動して維持するのだそうですよ」
ふとした折りに、セルクから聞いた話をシーリィにしたのがそのきっかけだった。
「え、何? どういうこと」
「どうもこうも……そうセルクさまに聞いたのですが」
アイリアが軽い気持ちで口にしたことに、シーリィが大きな興味を持ったのだ。
セルクと同じ騎士の父を持つアイリアも詳しくは知らなかった騎士服の秘密を、シーリィも知らなかったらしい。セルクに聞いただけで詳細がわからなかったアイリアは、結局彼を呼ぶことになった。
「えー? 騎士服のことについて? そんなこと聞かれても俺も前にアイリアちゃんに言ったことくらいしか知らないんだけどー」
そんな風にいいながらも、セルクはかなりの情報を持っていた。
「騎士服に最初に魔法陣を組み込んで魔法をかけてくれたのは、元々武家の出の魔法使いだったみたいだよ。その頃から鎧姿は好ましくないとでも言われて、軽装で任に当たってたんじゃない? だから自分の親族の身を守るために防御の術を研究したんじゃないかなー」
「うんうん」
「最初はその魔法使いが服に直接術をかけたのがはじまりみたい。今の服の元となるような、見た目が無骨でなく洗練されてる服だったとか? 魔法で強化した騎士服っていうのが時の権力者さまに魔法国家にふさわしいと思われたみたい。騎士の服が魔法で強化されているのはすばらしいけど、武家のために魔法使いが都度魔法をかけるのは嫌だってんで、そこから研究が始まったんじゃない? 騎士当人の魔力でそれが維持される仕組みを」
「……かなり詳しいですね」
前に教えてくれたこと以上に知っているじゃないかと半ば呆れながらアイリアは思わず口にする。
「騎士服の起動が叙任の第一条件だからね。剣の腕が一流で、礼儀作法が申し分なくても、それに足る魔力がなければその時点でどう頑張っても兵士以上になれないのが、ラストーズだよ」
それにセルクはにーっこりと笑って、それから皮肉げに続けた。
「ついでに言うとそれさえ出来ちゃえば、俺のようなのでも騎士になれちゃうの」
らしくない彼の言い方に、アイリアは思わず身じろぎした。にひひと笑うセルクはいつもの通りに見えるのに、何か不穏なものを感じた。
もしかしてという疑念がふと頭をもたげる。
(この人は、魔法使いが重視されているこの国の現状が嫌なのかしら?)
だからこそ何かにつけ不真面目な態度を全面に出し、自家の断絶をも厭わないような行動をするのだろうか。
「これ以上のことはわっかんないなー。さらに詳しくってことなら父上に聞いてみてもいいけど、あんまり期待できないかなーって感じ」
「なんで?」
「うちの親は一応武家の筆頭で騎士長だけど、所詮は武家の頭領なだけだしねー。騎士服を発明した家も、元は武家でも魔法使いがでた今では違うし詳しく教えろって言ったところで無理なんじゃない?」
「騎士服に採用された研究には国の補助が出ているはずでしょ。一族でその情報を秘匿してるとは思えないけど」
「まあそうかもねー。でも、結局そういう情報は王弟殿下の管轄なんじゃない? そこに聞く度胸はさすがの俺もないなぁ」
シーリィの疑問にもっともな回答をよこすセルクをアイリアはまじまじと見つめたが、当然彼の心の底の考えが読めるわけもない。
「で、そんなこと聞いてどうすんの?」
セルクはシーリィとアイリアとを順に見て首を傾げた。
「魔法は使えないけど、シーリィさまにはそれがもったいないくらいに魔力があるって話だから、騎士服の製法を流用して何か作りたい的なアレ?」
浮かびかけていた疑惑が吹っ飛んでしまうくらい、アイリアはセルクの言葉に衝撃を受けた。
「えっ」
シーリィも驚いたような声を出し、そして。
「えーと、そういうこと、かしら?」
首を傾げながら彼女はうなずいた。
「単純に、武家の人が魔力を使って身を守っているなんてすごいと思って――でもそうね、私にも魔力だけはあるって話だから、魔法は使えなくてもその騎士服の魔法を発動させることは出来るのかしら?」
「たぶんねー」
シーリィに応じるセルクの言葉はやはり軽い。だけど、彼女とアイリアは顔を見合わせた。
「ねえ、アイリア。私、魔法は諦めるしかないと思ってたし、神官にはなれないと思うし、精霊使いはとんでもないんじゃないかと思ってたけど……お父さまから受け継いだ魔力を有効活用できる手段が、もしかしてあるのかしら?」
そうっとシーリィが伸ばしてきた手を、アイリアはしっかりと受け止めた。
「セルクさまのお話しか聞いていませんので何とも言い難いですが、可能性は高いような気がします」
「可能性はあっても、実現は難しいと思うなー」
少女たちの胸に浮かんだ希望に水を差すようにセルクは言った。
「騎士服の製法はたぶん門外不出で、管理の管轄はきっと王弟殿下。問い合わせても答えはもらえない気がするよー。それがアートレス家の名で仮になんとかなってもさあ、シーリィさまのドレス全部に魔法陣仕込むのは厳しいんじゃない?」
もっともといえばもっともな言葉にシーリィとアイリアは何とも言えなくなった。
「えーと、支給された服には予備も含めて数着あるし、シーリィさまの守りを強くするっていう名目で研究するように言えばレイちゃんがなんとかしちゃうかもよ?」
ぎゅっと手を握りあう二人に罪悪感を持ったのか、セルクは言った。
「えー」
シーリィは不満そうに唇を尖らせたが、
「だってシーリィさまがこの服を着るわけにいかないんだから、最初に何かに魔法陣を仕込んで一度魔法を発動する魔法使いは必要だよ。今のところ、シーリィさまの周りにいて顎で使える魔法使いはレイちゃんだけでしょ」
さらっと正論を聞かされると認めざるを得ない。
「確かにそうだけど、あの人がこういうことに興味持つとは思えないなあ」
「シーリィさまの身を守ることにつながるのでしたら、あの方は動いてくださるのではないでしょうか」
それでもぶつぶつ言っていたシーリィもアイリアの口添えを聞いて「一応聞いてみるわ」と折れた結果、レイドルが興味を持って受け入れてくれたのだ。
「陛下より、魔法についての講義も少しは行うように命じられております。騎士服の魔法陣の解析を共にすることでそれに変えましょう」
「私も一緒にするの?」
「多数の研究者が研究を重ねて編み出した方法を一人で読み解くのは困難です。ですから、手助けをしていただけると助かります」
「そんな、だって、でも」
「長く真面目に学ばれていたシーリィさまは魔法を使うことは叶わなくても知識はお持ちでしょう? 相当量の書物を読み込んでいらっしゃると聞き及んでいます」
「実践が伴わない知識だけどね」
「ですが、この件に関しては必ずや役に立つでしょう」
力強い断言にシーリィはほだされたようだった。
これまで魔法について学んできたことが無駄ではなかったと言われて、嫌な気になるわけがない。
最終的に魔法使いであるレイドルと、それに負けないくらい知識をため込んできたシーリィと、王女に付き合ってそれなりに魔法の知識を得ていたアイリアに、研究のために予備の騎士服を提供したセルク――つまりは、王女と側仕えの全員がそれに力を注ぐことになり、その結果としていまいちうまくいっていなかった王女と教育係の仲がさらに改善されたのだ。
改善するに至った大きな要因はセルクであるのは悔しいが、きっかけは自分の発言なのだからとアイリアは自分を慰めている。それすらもセルクの雑談が発端だということに目をつぶって。




