15 侍女の納得いかない現状
それから、シーリィを中心としていたアイリアの毎日は少しずつ変化していった。
代を重ねるごとに質が落ちていったと感じていた教育係だったが、今回のレイドル・ホネストは飛び抜けて若かったがこれまでになく優秀であった。
幼かった上あまり関わりがなかったためアイリアはしっかりとは覚えていないのだが、シーリィの一番最初の教育係――まだ、王女が魔法を仕える可能性を信じていたであろう教育係――と同じくらいに親身になってくれているというような印象を持っていた。
礼儀正しく真面目な青年は残念ながら押しが弱い、そこだけが問題だった。
王女は起床後身支度を整え、朝食をとった後の午前中が学びの時間だと定められている。これまでは年のいった指導役ばかりであったからアイリアがその場に控えていたことなどほとんどなかったのだが、結婚適齢期にさしかかろうとしている未婚の男女を二人きりにすべきではないと生真面目に教育係であるレイドル自身が主張したのだ。
時にアイリアは薄く開いた扉の外に、また室内で静かに控えることになった。ようやく見習いの域を脱したアイリアは今のところ王女唯一の専属侍女であり、たった一人の専属であるからには王女の寝ている夜間以外の日中は常に側に控えている義務があるのでそのことに問題はない。
だが――その場には、王女の主たる護衛となったセルク・アートレスが同様に存在し、それは問題の一つだと感じていた。
ラストーズの騎士の制服は仰々しい鎧ではない。そもそも、魔法を重視する国柄故に、見た目に無骨な装備は厭われる傾向にある。
そのかわりに発達したのが魔法陣が織り込まれた布を縫製した騎士服だという。詰め襟で、意匠の凝らされたボタンがいくつも付けられた制服はどちらかといえば優美だが、いつだか父が簡単に話してくれたところによると防御力はかなり高いものらしい。その程度のことしかアイリアは知らなかったのだが。
魔法を重視しているラストーズの魔法使いたちではあるが、武力による守りが必要なこともあると理解しているらしく、魔法陣の織り込まれた騎士服には防御魔法がかけられているということを、アイリアはつい先日セルクから聞いた。
武家と呼ばれる下位貴族がなることが多い騎士の制服の為に上位の貴族たちが常に魔法を使うことは嫌らしく、支給の際に服にかけられた魔法は騎士たちがそれを身につけることによって騎士自身の魔力によって発動し維持されているらしい。
「もう少し、身だしなみを整えませんか?」
それは黙って扉の外に並んでいるだけでは気詰まりだったので水を向けてみた際の雑談だった。
「だからー、それだと息が詰まっちゃうっていったじゃなーい?」
というところから、彼がつらつらと話してくれたのだ。
「魔法を使えるとこまでいかないけど、魔力が多い武家は多いんだよね。アイリアちゃんは知ってる? 騎士ってねえ、剣技の腕だけじゃなくてこの制服の魔法を発動させて維持できるくらいに魔力も必要なのよー?」
「どういうことですか? 騎士が魔法を使えるなんて聞いたことありませんけど」
「やだなー、魔法を使えるなら騎士じゃなくて上位の貴族に成り上がることを狙うでしょ!」
笑いながらセルクは制服の製作工程をアイリアに伝え、
「ってわけで、着た人間の魔力に反応して動き出す魔法がかかってるってわけ。これって、結構すごいことらしいよ? ラストーズ独自の技術なんだって」
「そうなのですか」
「んまあ、他の国じゃ使いではない気がするけどね。ラストーズの武家の血筋に魔力量の多い人がたくさんいるのは、裏返してみれば自分ちが武家から抜け出したくて魔法使いの血を入れてきただけってことだもんさー」
「なるほど」
言動は軽いが、彼の頭は悪くないのだろう。話しぶりにいらっとすることもあったが、勉強になることも多いと一応アイリアは感じている。
「この制服、俺のために作られたのかっていうくらいよく似合うでしょー?」
「は?」
「だからこの細身でイケメンな俺が本気で着こなしちゃったら、城で働くお嬢さんたちが大変なことになると思うんだよねぇ」
アイリアがなんと言っていいかわからないうちに、セルクはとうとうと妄想を語った。それは妄想というしかないくらい、あり得そうにない出来事だと心底アイリアは思うことなのだが――絶対ないと言い切れないのが悔しい内容だった。
真面目にしていれば顔面偏差値の高いセルクが、真顔でびしっと騎士服を着こなしていれば「かわいー女の子たちが俺を巡って仕事を放棄して争うようにこの場に押しかけてきちゃったりー」ということまではなくても、評判にはなるだろう。
「俺はシーリィさまの護衛だからねえ。押しかけてきた女の子たちが不敬にも俺がお守りする王女さまに嫉妬心を抱いたりしないように、こうやってつけ込まれないようにしてるわけだよー」
「心配なさらずとも、この区域に入り込める人間は選抜されておりますし、そう簡単に職場放棄することはないと思いますけれど」
言葉を失うばかりだったアイリアは気を取り直して冷たく指摘してやった。
「いやいやいや、俺が本気だしちゃうとヤバいよ?」
「でしたら、その本気はいつ出されるんですか?」
「えー、平和が一番なのでそんな日は永遠にこない方が幸せだよね?」
セルクのことを知れば知るほど、アイリアには苛立ちが募っていく。
理由のもっとも大きなところが、彼がアイリアが密かに想っていた夢の中の「彼」の生まれ変わりだということは少し後ろめたい。
だがそれを差し引いても、この不真面目な騎士殿が自惚れるような言動をし、女性を追いかけ回すようなことさえすることには納得がいかなかったと思う。
別に、「彼」のように自己を押し殺して過ごせなんて、同じ人間に仕えているだけというただの同僚の分際で簡単に口に出せることではない。
だけど、彼の軽さにはアイリアのわからない何かの理由があるような気がしていた。
それが何かなんて付き合いの浅いアイリアにはわからない。
ただ、言動がモテたいばかりの軽々しい男で実際様々な女性に声をかけている素振りはあるのに、真実そうは思っていないように見受けられるのだ。
武家の筆頭アートレス家の次期当主となれば真面目な言動さえすれば間違いなく女性が放っておかないのではないかとアイリアでさえ思うのに、彼は自分に手が届かない人ばかりを追いかけている。
たとえば、武家にあっては若い既婚者、上位貴族であるならばその中でもさらに上位の、武家にとても娘を嫁に出しそうにないような家の令嬢など、手当たり次第かつ節操は感じられないが、同時に本気にも見えない相手ばかり。
「本気を出されなくては、伴侶を得ることも出来ないのではないでしょうか?」
「でも、俺が一人を決めたらきっと影で泣く娘がいると思うんだよねー」
「セルクさまは残念な方だと城内でもっぱらの噂ですので、きっと酔狂にも貴方を思っている女性がもし万に一つも実在するのでしたら誰にも気付かないように涙を流すでしょうね」
「そこまで念入りに否定しなくてもよくない?」
思いの外アイリアの言葉は辛辣に響いたが、受け止めるセルクは少し頬をひきつらせたもののあまり気にした素振りもない。
まあいいけどさー、と首の後ろで手を組んでだらしなく彼は壁にもたれた。
「ほら、俺一応王女殿下専属の騎士な訳で、このまま一生を殿下に捧げても問題ない気がしない?」
「セルクさまはアートレス家の唯一のご子息ではなかったんですか? 跡取りは必要でしょう」
「えー」
セルクはもたれたばかりの壁から離れると、薄く開いた扉をちらりと見ながらすっとアイリアに身を寄せた。
「俺思うに、この先王位継承問題がさらに大きくなって王女殿下がそれに破れたらアートレスは吹けば飛ぶように無くなると思うんだよねー。うちの親なんか、この機会に非魔法使いである武家の地位上昇を狙ってるみたいだけど」
中に聞こえないようにであろう潜めた声を聞いて、アイリアは渋面になった。
「下手すりゃ地位ごとなくなるってのに、続くか分からない家の後継のこと気にするなんて馬鹿らしいと思わなーい?」
心情的には王女が――シーリィが王にならない方が幸せだと思っているアイリアだが、立場としてはそんなこと口が裂けても言えない。
「貴方は、なんていうことを!」
わなわなと怒りで肩を震わせるアイリアに、セルクが冷静に「中のお勉強の邪魔になっちゃうよー?」なんて指摘してくるのが憎らしい。
あまつさえ、幼子を宥めるようによしよしとアイリアの頭を撫でてきて、さらに怒りをあおろうとしてるとしか思えない行動までしてくるのだから。
「仮にも、シーリィさまの護衛でありながらそんなことを言うなんて許されると思うんですか?」
「いっくら第一王位継承者だからって魔法を使えない王女さまにこのまま簡単に王位が転がってくるとは思えないよー? アイリアちゃんも知ってるでしょ。きな臭い話が出てきはじめたから、国王陛下のご命令で俺やレイちゃんがこうやってシーリィさまの側にくることになったんだしー」
やはり、彼の頭は悪くない。むしろ、よく回る方なのではないだろうか――これでも、彼はアイリアより四つも年上なのだ。言葉は軽くても目を細めて将来を憂いる内容は、アイリアのわからないなにかを理解しているように思える。
「彼」のように常に真面目にしてくれさえいれば素直に受け入れられるかもしれないのに、常日頃の不真面目さを思えばアイリアはまったくそうする気にはなれない。
言っていることがアイリアの感じていることと似ているように感じられても、どうしても認めがたいのだ。
だから、アイリアは不機嫌に顔をしかめてセルクから距離をとった。
まだまだ続きます。




