13 侍女は前世を思い起こす
夢の中で、彼は――フェストは、そのようなしゃべり方をする人ではなかった。
アイリアは呆然とした心地で、夢の一連の流れを思い起こす。時折、気まぐれに訪れる前世の記憶の残滓――それは、時を行きつ戻りつしながらアイリアに過去を見せていた。
現世であってさえ幼い日のことが明確に思い出せないように、夢に見る前世である記憶がすべて詳らかになっているかと問われたら、アイリアはなっていないものと答えると思う。
だけど。
過去に神に見いだされた「戦士」であった彼が、こんなにちゃらちゃらとしていなかったことだけはわかる。
何年もつかず離れず旅をしたのだから、性格くらいわかっていたはずだ。
彼によく似た姿をしてそのものの魔力を身に纏っているのに、言動だけがおかしい。
(いいえ、よく似てはいるけれど――瓜二つとまでは言えないかしら)
アイリアは前世の自分の容姿についてまでは記憶にない。のんきに鏡を眺めているような場面は、生まれ変わってからも維持するほどの記憶ではないのだろう。
アイリアは目元が涼やかな母に似ているとよく言われる。かといって、口元や鼻が父に似ているわけではない。そのあたりが無骨な父に似なくてよかったなと思っているが、髪色は父のものを受け継いでいる。
もしかすると、誰に似ていると言われた記憶のない顔の下半分は前世に由来するのかもしれない――そう推定すると、彼もそのように前世の容姿に現在の両親の要素を受け入れた姿なのかもしれないな、とアイリアは考えた。
「だってさーぁ、これから長いお付き合いになるんだよー? 仲良くやっていきたいじゃない」
アイリアが夢の中に見る彼に心惹かれた理由を挙げるなら、彼が幼い頃のアイリアからするととても落ち着いた大人で、大変見た目がよい美男子であったからだ。
十五を過ぎた今では、彼が大人ではなかったときもあったのだと理解はしている。
アイリアの前世は故郷を滅ぼされたにもかかわらずただ一人偶然生き残っただけの、もとはごく普通の少女であった。故郷は違えども、それは彼も同様だったと聞いた。
たまたま生き残った二人がそれぞれ神に力を賜り、憎き魔獣を封印するために出会い共に旅をすることになった。
最後は大人になっていた彼もはじめは血気盛んな少年で、得た力が魔獣を滅するためのものでなかったことを不満を口にしていた。
『なんで、ヴァン様は魔獣を滅する力をくださらなかったんだ』
そう自らに力を授けてくださった神に愚痴る姿を何度も夢に見ていれば、最初は彼がただ魔獣を憎むばかりだったのがわかる。
それが時を経てお互いが成長し、最後は敵である魔獣を封印する事しかできないことも納得し、大業を成した。
最後、苦難の旅路の末に互いの間に芽生えた感情を押さえつけて二人が分かたれたのも、精神的な成長を遂げた彼が現実を見据えて後のことを憂慮したからだ。
「もー、レイちゃんったらお堅いんだからー。そんなんじゃ女の子にモテないぞー?」
ああ、なのに……真面目そうな教育係レイドルがぐちぐち言うのに対する、現世の彼――セルクの言葉の軽さと言ったら!
聞き流そうとしてもどうしても、ふつふつとした苛立ちがわき上がるのがアイリアは押さえきれない。
あこがれの彼と出会い、前世について確信を得たにも関わらず、感激するよりも落胆するしかない。
アイリアはそっと、目の前のやりとりから視線を逸らした。
(夢が前世かもとか、もし生まれ変わった彼に再会したら再び芽生える何かとか――ええ、そういうことにほのかに何かを期待していた私が間違ってたのよね)
渦巻く思いを強引にそうまとめる。
夢が前世かもと考えていたアイリアがその前世にまったく影響を受けなかったといえば嘘になるけれど、前世は前世で、現世は現世。
今ここにいる自分は「かつて異世界を救った巫女ティーファ」なんて存在ではなく、「王女殿下の乳兄弟にして親友にして侍女のアイリア・ファートレン」。
前世の夢を見た結果、本で読んだ知識を活用してうっかり古代魔法が使えることを発見してしまったけれど習熟にはほど遠いという程度の、小娘だ。
前世の世界の神が創世に関わっている現在のこの世界は、創世に関わった神がかつての世より多いからであろうか――以前とは違って魔獣のような大きな脅威はない。それでも魔物は時折沸くらしいが特別に神に力を授かった人間でなくても対処が可能だと聞いているし、魔物の背後に魔族なる存在がいるとされているがそれが差し迫って何かしてなどいないのだ。
だから、危険のないこの世界で彼が前世の記憶を覚えていなくても、何の問題もなければ不思議もない。苦難の末に身につけた人格からほど遠い成長を遂げていても、おかしくないはずだ。
だって、アイリア自身が成長したって前世の境地に至れそうな気がしないのだから。
突如故郷を失い世界の未来を背負うことになった救世主と、貴族に生まれ幼い頃から侍女として仕込まれながらも両親に守られて育つことになった娘が同じものになろうはずがない。
(つまり、力を持っていて細切れに記憶が残っていてそれを前世だと確信できても、私は私ってことだよね)
そして。
(同じ力を持っていて似た容姿で、きっと彼の生まれ変わりだといっても、まったく記憶がなく成長した彼も「彼」じゃない)
アイリアはそう自らに言い聞かせ、なんとか騎士の様子を受け入れようと試みた。




