12 つきつけられた、現実は
シーリィは昼食会で本来給仕役のアイリアの同席をも求めたので、食事は冷えても問題のないものがあらかじめ用意されることになった。
そのため、参加人数は少ないものの大きめのテーブルを部屋の中央に据えて、アイリアは準備に余念がない。
予定の一時間前、シーリィが新しい教育係に再度不審の念を抱いたくらいから、主をそっちのけでくるくると働いた。
テーブルにはぱりっと糊のきいたクロス、中央にはシーリィの髪色に近いオレンジや黄色を中心とした花を生けた花瓶。
ナイフとフォークを並べたあとで厨房から運んできてもらった料理を並べる。それを手伝ってくれた料理人見習いに料理の内容を尋ねてから、人数分のカードに料理名を書いて配っていく。
予定より遅くに準備を始めたときは気が急いたが、休まず動いた甲斐あってなんとか計画通りに支度は整った。
別室で本を読みながら時間をつぶしていたシーリィを呼んできたアイリアは、
「ありがとう、アイリア」
にっこりとねぎらわれて一礼で応じる。
シーリィは上座に座ったが、アイリアはそうするわけにもいかず新しい同僚がやってくる扉の前をそわそわと行き来して笑われてしまった。
「緊張しているの?」
「ええ、まあ」
「珍しいわねぇ」
「あまりいい噂を聞きませんでしたし、不安は大きいので先ほどはあのように言いましたが、新しく来られる方がシーリィさまにとっていい方であればなあと思います」
「そうね」
アイリアの言葉にシーリィは苦笑しながらうなずいた。
「いい人であったらいいと私も思うけれど――ところで、いい噂を聞かないってなあに?」
こくりと首を傾げながらの主の問いかけに、アイリアははっとした。
「ああ、いえ、あの、その」
「私の耳には入れられないような噂があった?」
笑顔で問われて、アイリアは思わず後ずさった。
「あえてシーリィさまのお耳に入れるようなお話ではないかなあと思いましてー」
「気になるなあ」
「私も実際の人となりを見知っているわけではありませんので、不用意に噂で判断するより実際の人となりを見知っていただいた方がよろしいかと」
「うわあ、アーちゃんそれ、さっき憶測であれこれ言った人の言葉じゃないよぅ」
目をぱちくりさせて軽い口振りで口を割ろうとしてくるシーリィからアイリアは目をそらす。
「んー? 教育係の方はいろいろ聞いたから、護衛の方にも問題あるの? お父さまの騎士の、アートレスのご子息だってお父さまから昨日聞いたけれど。前情報として、もう少し聞いておけば食事会が気楽になるんだけどなあぁ」
が、結局は主の問いかけに屈さざるをえなくなった。
「口さがのない者が言うには、新しい護衛殿は武家筆頭のアートレス家の嫡子で、数年前に十四歳にして騎士の叙勲がかなった実力の持ち主だそうなのですが」
「その若さでって、強いってことじゃないの?」
おそらくは、とアイリアは一度うなずいた。
「そこで何か、気が抜けたのかどうかわかりませんが、以後あまり勤務態度があまり真面目でない上に、そのぅ、女の方が好きらしくあちこちに声を駆け回っているような方だそうです」
言いきってアイリアはちらとシーリィの反応を横目で伺った。
シーリィは腕を組んで首を左右にひねっている。
「それって、問題のある方をお父さまは私の護衛にしようと?」
「一応は実力があるといわれる武家の筆頭の次期当主ですから、次代の女王の護衛となるのは順当なのかもしれませんけど――ある意味、教育係の方より不安です」
武家唯一の公爵家の人間であろうと王女の相手としては許されないからそこまで警戒しなくていいとは思うのだが、どうせならとアイリアはシーリィに忠告しておく。
それに対する反応を見る前に、背後の扉が叩かれる音が聞こえてアイリアはびくっとした。
「入ってもらって」
すっと居住まいを正したシーリィが静かに指示をするのにうなずいて、アイリアは意を決して扉を開いた。
廊下には、どこかで見たことのあるような青年が二人立っていた。
「どうぞ、お入りくださいませ」
口ではそう言い二人を室内に招き入れながら、アイリアは驚愕する心を必死に押さえつけていた。
アイリアとシーリィよりいくつか年上の若者たちが上座のシーリィに頭を下げてから左右に分かれてテーブルにつく気配を感じながら、音のしないように扉を閉め、アイリアは何とか自分に割り当てられた席に向かう。
まず、シーリィが名乗って歓迎の言葉をかけ、彼女の右手側にいる――アイリアからすると左手側の青年が口を開く。
「本日より、王女殿下のご教育を担当いたします、レイドル・ホネストです。殿下ご幼少の時分に数度お会いしたことはございますが、改めましてよろしくお願いいたします」
茶色い髪は短く切りそろえられて清潔感があり、青い瞳は理知的な光を宿している。その言葉にだからどこかで見覚えがあるのだと納得しつつ――アイリアは、もう一方の青年から完全には意識がそらせない。
「幼少の時分? 昔お母さまのお茶会でかしら」
シーリィとレイドルのやりとりを右から左に受け流しながら、アイリアはドキドキする心臓をそっと押さえる。
名家のご子息が王妃殿下のお茶会に多数参加していたのはずいぶん前の話で、その中に武家筆頭であれどもう一人の青年が含まれていたとは考えがたい。
(だって、そんな)
視線だけは新しい教育係に向けながら、アイリアはもう一方の気配を探る。
この短い時間で、顔をまじまじと見たわけではない。だけどなにか記憶に引っかかる印象をアイリアは感じ取っていた。
(全部同じ、ではないけど、すごく似ている)
誰に似ているって、それは――アイリアが幼い日に悩まされた悪夢、今ではそうとばかりも言えなくなった時折見る夢の中の、ほのかに思いを寄せている彼に、だ。
ぱっと見の顔の印象が似ていただけでも驚きなのに、その気配が――魔力の形というべきものが、まったく一緒のように思えた。
不安による妄想の産物であるかと思われた神話によく似た夢がかつての現実であったのではないかということは、自らが古代魔法を使えることを知った時に思ったけれど。それでも持てなかった確信が、彼の存在で得られた気がした。
そのことに動揺するアイリアだが表面上は侍女らしく――主と同じ席に着いていることには目をつぶって――慎ましやかに王女と新たな教育係の会話を聞くふりをする。
だけど表面的な冷静さは、会話が一段落してもう一人が口を開いたときに失ってしまった。
「じゃあ、今度は俺だね。どーも、王女さま! 俺はセルク・アートレス。今日から王女さまの護衛をすることになったのでよろしくね! 親しみを込めてセルクちゃんと呼んでくれるとうれしいな☆」
教育係のレイドルに比べると金がかっている長めの茶髪を首の後ろで適当に縛ったようなまさに軽薄な風体で、彼がちゃらっとした自己紹介が初対面の王女殿下に対するものとはとても思えないくらい軽いものだったので。
アイリアはくらりとめまいがするような心地でそれを聞いた。
彼が口を開いたのを機に遠慮なく確認した顔は、やはり夢の中の彼のものに似ていて気配も同様であると思われる。
「セルク殿、君は王女殿下に何という口を利くんですか?!」
「やーだ、レイちゃん。俺、これから同僚になるんだからセルクちゃんって呼んでっていったじゃなーい」
「私は、先ほどきちんと殿下の前では言動を改めるように忠告しましたよね?」
アイリアと同様にあまりのことにうろたえながらも、レイドルは果敢にちゃらけた騎士に注意している。シーリィも驚き顔で言葉を失っていた。




