11 侍女は懸念を口にする
シーリィの意向で、顔合わせは昼食の際にということになっていた。
朝からいつも通りにアイリアは働いていたが、どこか落ち着かない心地を消し去ることができなかった。
日課になった祈りを二人で神に捧げてから、朝食後に王妃による「新たな教育係と専属騎士に対する心構え」の指導を聞いているシーリィもどこかそわそわしているように見受けられた。
「今までそんなこと言ったこともなかったのに」
ようやく解放されて自室に移動する間に、シーリィはぼやいた。
「もう私に魔法なんて期待されていないのに、将来有望な魔法の使い手が教育係とか言われても困るんだけど」
口にしたとおり困ったように、シーリィの言葉は続く。
誰が通るかわからない場所でうかつなことを言えないアイリアは、聞いている証を見せるためだけに黙って相づちを打つしかできない。
「お父さまったら、何考えてるのかしら」
自室にたどり着き、気疲れしたのかシーリィはソファにだらしなくもたれかかる。
「なんだか、とってもいやーな感じが、するのよね」
「嫌な感じ、ですか?」
「そう」
お茶を入れるか尋ねたアイリアにいらないと応じたシーリィは、自分の右側の座面をぽんぽん叩いてアイリアを手招きした。
それを母が見たらきっと顔をしかめるだろうけど、アイリアは素直に主の指示に従って膝を突き合わせるように隣に座った。
「今までの教育係は、みんなじーさんかおっさんだったのに!」
「えーと、そんなおっしゃり方はどうかと思いますけどー」
やんわりとアイリアは注意するが、「だってだって」と唇を尖らせるシーリィは聞く気がないらしい。
「そもそも、どこでそのような言葉を覚えたんですか?」
「レシィが前に言ってたよ? 教育係はなんでじーさんやおっさんなのって」
「……レシィリアさまはいったいどこで……」
思わず口にした疑問によこされた答えは、疑問を深めるばかりだ。
王族の姫君たちが口にするような言葉には思えないのだが、アイリアは気にしている場合ではないと気持ちを切り替える。
「今回の方は、今までの方よりも確かにお若いですね」
シーリィはこくりとうなずいて、
「三つしか違わないんだよ!」
アイリアに向かって身を乗り出すようにして主張した。
「ねえ、アーちゃん。これって、将来に希望がない娘に名高い教師をつけるなんて馬鹿らしいって冷酷な判断なのかな? それとも、娘が魔法を使えないなら魔法を使える婿でも迎えたらいいかもというお見合い的な意味合いの処置なのかしら」
ぐいと詰め寄られた分、アイリアはソファの端まで身を引きながら考えた。
「さあ、アイリアには国王陛下のお考えはわかりかねますが」
「そりゃ、そうだけどさあ」
ぶうたれる姫君にアイリアは苦笑して、仕方なしにカードを明かす。
「母は、シーちゃんと婚約していてもおかしくない家柄の方だと言ってた、よ?」
「えー!」
アイリアは簡単に母から聞いた話をシーリィに伝えた。
「精霊使いが出た家の、唯一の後継者かぁ。じゃあ、考え過ぎなのかな」
聞いたシーリィは眉間にしわを寄せて難しい顔で呟く。
「そりゃあ、王女を妻とすれば落ち目の家は浮上するかもしれないけど、跡継ぎの問題がでるよね。私が女王になって、その人が王配として実家の采配を振るうとして、跡継ぎが二人いるでしょ?」
「そうだねぇ」
「魔法を使える父と、魔法を使えない母の間の子に生まれた魔法を使えない私がからすると、こどもが二人生まれて両方魔法使いになれない未来が見えるなあ」
自虐的な言葉をけろりと吐き出すシーリィに、アイリアは何と言っていいものかわからない。
「立場を復活させたところで、次の次の当主が魔法を使えなかったら、結局落ち目だよね?」
「……ええと、それは、そう、かなあ。うーん……名家と言われるほどですから、武家と呼ばれる立場になるのはお嫌なのかも?」
魔法を使えないことを気に病んできたシーリィの言葉は、魔法にさほどのこだわりのない母の言葉よりも的を得ている気がする。
首をひねって考えながらアイリアがうなずくと、シーリィはにぱっと笑顔になった。
「なんだ、気にしすぎだったのね」
「でも、国王陛下は将来的に精霊使いが欲しいとおっしゃってましたよね?」
「えっ?」
「私は精霊使いについては詳しくないですけど、魔法使いと同じように遺伝で現れる可能性があるなら」
「いや、そんな」
アイリアの言葉を途中で遮ったシーリィの顔にはすでに笑みがない。
「精霊使いってそうなの? どうかしら……魔法使いだってそういう血筋じゃなくても現れるっていうから精霊使いも突然出ることもあったってだけじゃないの?」
「魔法を使えない姫さまの王位継承権返上を認めない国王陛下のことですから、姫さまの次の王が魔法使いではないどころか精霊使いだったらお喜びかなあ、なんて」
先日の国王陛下の言葉も納得しきれていないし、今朝がた母に吹き込まれた考えも完全には払拭できないアイリアは、大事なシーリィが新しい教育係を警戒するように言うべき言葉を探しつつ口を開く。
「お父さまが喜ぶとしても、ホネスト家がそれを受け入れる利点はないんじゃない?」
「それは、確かに――でも、ラストーズは精霊使いを嫌う国でしょ? もとは名家と呼ばれる公爵家でも一族に精霊使いを出した落ち目の家に娘を嫁がせたい家はほとんどないと考えたのだとしたら、そんなこと気にしないかもしれない武家の娘を探すより王女であるシーちゃんの方が魅力的だと考えることはあるかなあと、私は思ったりもするんだけど」
やんわりと提示した懸念にシーリィはむうとうなった。
王意には反するかもしれないけれどシーリィの味方でありたいアイリアは、彼女が知らないうちに欲得ずくで周囲に整えられた政略結婚に無抵抗で進んでしまう可能性を少しでも低くしようと、その時必死だった。
遠くない将来それを後悔することになることを、想像すらしていなかったので。




