とある冒険者、カミィユ・ナーザの話
初投稿の実験作です。よろしくお願いします。
※ネタがまとまり次第、短編でぽつぽつやらかせればとおもいます。
なんでそうなったかは、思い出そうと思えば思い出せた。知人から「熊が暴れているらしいから倒すのを手伝って欲しい」といわれ、カミィユ・ナーザはしかたなく手伝う事を選んだ。
それなのに、現場に行ってみたら誰もいない。おかしいと思って辺りを見渡したとき、熊が飛び出してきた。咄嗟に手にしていた両手斧で戦いを挑もうとしたが、突如飛んできた氷の魔法によって自分の足が動かなくなり、熊のつめの餌食となっていた。武器が飛ぶ。拾いに行きたくても、足が動かず、ごぎっ、と鈍い音をたてて腕の骨が折れた。
足音が聞こえる。数人の男たちが向かってくるが、自分の様子を見て驚く様子もなければ助ける様子もない事を直ぐに感じ取る。男たちの中にローブを纏い、長い杖を持った物がいた。恐らく、氷の魔法は彼が仕掛けた物だろう。
杖を持った男は更に力を放つ。咄嗟に効果がかからぬよう呪文を念じようとしたが、それよりも早く熊の一撃が襲い掛かる。
「おーし、熊は『餌』に食いついてるぞ」
「このまま囲い込め」
そんな声が聞こえた。血に濡れた視界の中、カミィユの青い双眸がみたのは冒険者らしき男たちが熊を攻撃していく姿と、熊が何故か自分にばかり爪を振るう姿。遠くでは知人がすまなそうな顔で自分を見つめている。
(……売られたんだ)
カミィユは意識が遠のくのを感じながらその事を悔しく、悲しく思っていた。そうしながらも、折れたはずの腕が音もなくフツウどおりに動き……また音をたてておられる。
もがけばもがくほど熊はカミィユに釘付けになり、回りの男たちは熊を退治することに集中する。熊はもがき続けるカミィユだけを襲い、男たちには目もくれない。
(ふざけるな……!)
完全に意識が無くなる寸前、どこかでどざり、という音を聞いた気がした。
暫くして、熊を倒した男たちは熊を手早く解体し、彼女の遺体だけを残して足早に去っていった。言葉に出来ないほど酷い状態になったその遺体から血の匂いが漂い、それをたどって狼たちが集まってきた。
ところが、しばらくするとむき出しになった心臓がぴくり、と動いた。それだけではない。ぼろぼろになった体が、少しずつ勝手に治り始めている。
それは正に奇妙な光景であった。音をたてずに元の形に戻っていく体。散らばったはずの肉は消えうせ、復活した肉には真新しい乳白色の皮膚で覆われる。狼たちが姿を現したときには、纏っていた装備がボロボロなだけで五体満足な女性が横たわっているだけだった。
「……ちっ」
カミィユは舌打ちを1つすると、よいしょっ、と呟いて立ち上がる。吹き飛んだ両手斧はどさくさに紛れて奪われたらしい事を知ると、もう一度舌打ちをする。
「あいつら、見つけ出したらひん剥いてやる」
そう呟くと、彼女は飛び掛ってきた狼を殴り飛ばし、街へ向かって走り始めた。
* * * *
「いやぁ、稼いだ稼いだ!」
冒険者が集まる街、ゼナン。そのとある宿屋酒場で男たちは昼間から酒を飲んでいた。凶暴な熊を倒し、その肉と毛皮を売る事で大金を得たからだ。依頼の報酬もあわせれば5人が一ヶ月間遊んで暮らせるほどである。
「いい『餌』でしたね。しかも死ぬ事はないそうですから、殺したわけでもないですし」
「あれに『引き付け』させておけば俺たちが怪我する事もないしな」
まったく楽な仕事だった、と言い合う男たちに、「よかったですね」と乾いた笑顔で答える者がいた。黄緑の目が目立つ男だった。彼は眼鏡を正しながら男たちに声をかける。
「あの、約束は守ってくれますよね。ほら、カミィユ・ナーザを呼び出したのは、私ですし。それに、今回の装備だって私が手入れしましたから……」
「大丈夫だって。ほら、これ。ありがとうな、イル」
そういってリーダー格らしき男が、1つの包みを投げてよこす。開いてみると銀貨が詰まっていた。その数を数え終わると、黄緑の目の男――イル・ザイン――は眉間に皺を寄せた。
「話が違う。あと一袋足りない」
「仕方ないだろ? こっちだって5人居るんだ」
リーダー格の言葉に、イルは溜息をついた。
(カミィユを売ってこれだけですか。……薬代には足らないじゃないですか)
知人であったカミィユを売ったのは、病に倒れた弟の薬代を得るためだった。苦肉の策だったのに、目的は果たされていない。罪悪感と共に、男たちへの嫌悪感で吐き気を覚えた。
「銀貨200枚。それは譲れませんよ」
「俺たちもこれ以上は出せないな」
魔法使いらしい男が横から口を挟んでくる。彼の言葉に、他の仲間たちも同じ意見らしくイルをにらみつけてくる。イルはますます機嫌が悪くなった。
「カミィユの特性を知っているでしょう? ならここでのんびりしているわけには行かないんじゃないですか? 彼女に見つかる前にここを離れませんか? 万が一彼女が……」
「それはないだろう。ここは最近きた奴にはわからない場所だし」
別の男が安心したように言う。イルも含めここにいる男たちはみな、この街の生まれだ。半月ほど前にやってきたカミィユが知らないような細い路地を通り抜けなければ、この宿屋酒場には行く事が出来ない。それ故に、男たちは油断しているのだ。
「今なら、馬車を用意できます。あと銀貨100枚くれるなら私が持つそれを譲れます。馬つきで銀貨100枚は格安ですよ?」
イルが眼鏡を正してそういうも、男たちは首を横に振る。今日はここで酒を飲む気でいるらしい。どうなってもしらないぞ、とイルは内心で付け加えると近くにあった両手斧を手に席を立った。
「おい、そいつは……」
「だれも装備できなかったんですよね。だったら私が。銀貨100枚にはならないでしょうけど、たしにはなるでしょう。では、貰っていきます」
そう言ってイルは外に出る。そして両手斧の重さに少し苦労しつつも職人通りと呼ばれる場所にある自分の店へと入った。
(許してもらうつもりは毛頭も無いが、これぐらいは返さないと)
イルは溜息をつくと部屋の奥で弟が眠っているのを確認し、両手斧の手入れを始めた。
太陽が西へ傾きだした頃。ざりっ、と砂を踏む音がした。両手斧の手入れを終え、一息ついたイルが顔を上げると、見覚えのある青い瞳が自分を見ていた。白い髪を揺らした女性は、真顔でイルを見、頭を下げる。
「武器を、取りに来た」
「……よく、これましたね」
イルのこわばった声にカミィユは溜息をついた。
「事情は、なんとなくわかっているから。仕方なかったんだって、割り切っている。でも、あの男たちは許さないさ」
カミィユはそっけなくそういうと懐から重そうな袋を取り出した。イルが不思議そうに見上げると、彼女は「受け取って」と押し付ける。恐る恐る袋を開くと、沢山の銀貨が詰まっていた。
「これまさか」
「そのまさか。奴らからぶんどった」
女性なんだからそんな言葉遣いを……とも思う一方で、カミィユは自分を恨むんでいいはずだ、と思った。それなのに、彼女は「割り切った」と言っている。どことなく諦めのようなモノが宿った目で、カミィユは静かに言葉を続けた。
「私が、再生能力持ちだからってあいつら熊の餌にしたんだよ。こんな力、便利の一言で済ませられないから、普段はそうならないように気をつけてるってのにね」
「……謝って済む問題じゃないけど……ごめんなさい」
「もういいよ。こっちだって諦めてる」
苦笑して、彼女は椅子に腰掛けると、イルに笑いかける。
「それで、弟さんの薬代の足しになる? 治療、うまくいくといいけど」
「十分足りる。おつりが来るぐらいだよ」
イルが感情を押し殺し(感謝している一方、罪悪感も半端無いので、どういう顔をすればいいのかわからなくなっている)、どうにかこうにか「ありがとう」と言えば、カミィユの目が優しく細くなる。
「なら、いいや。弟さんが元気になって、あと暫くの間斧の手入れを安くしてくれて、この町にいる間滞在させてもらえればすべてチャラにするよ」
カミィユの申し出に、イルは「それでいいのか?」と問う。
「あの斧。売れば銀貨200枚ぐらいはするよ? それを売らずに返してくれただけでも私としては救われてる。あとは弟さんが元気になればそれでいい」
そういいながら、彼女は深く溜息をついた。そして、のんびりと肯く。
イルは感謝の気持ちを込めて頭を下げつつも、妙にひっかかりを覚えていた。彼女の言葉には、妙に刹那的な響きが宿っている。『こっちだって諦めている』という言葉と、青い瞳の奥に見えた『虚』が、イルの脳裏から離れなかった。
冒険者 カミィユ・ナーザ。
超再生能力を持った白髪青眼の女性。
その力ゆえに利用される彼女は、『何か』を諦めている目をしていた。
(終)
特殊な力ゆえに利用される。そんな彼女が諦めていたモノが何か。皆さんはわかりますでしょうか? 多分、十人十色な答えが出るかと思います。