1.転生したようですが。
「BL?なにそれ?」という方は読まないでください。糖分は控えめです。
というか、シリアスは苦手なのでしばらくはコメディー中心になる気がします。
ある日の夜、わたしは前世の記憶を思いだした。
どうか頭のおかしいやつだと思わないでほしい。
俺だって充分混乱しているんだ。
しかも思いだしたのは中途半端な記憶のみ。
まとめるとこんな感じになる。
前世のわたしの名前は天城真琴。
日本で普通の一般家庭に育った。
家族構成は父親、母親、わたし、妹。
高校二年生だったわたしは、学校からの帰り道に車に轢かれそうになった少女をかばって代わりに死んだ。
異世界転生モノとかでよくこういう死に方をする人がいるが、少なくともわたしはそこまで正義感に溢れていない。
自己犠牲精神を持っているわけでもない。
なのにあの時自然と身体が動いてしまったのはなんでなのか…。
俺が思いだしたのは、この程度だ。
家族の名前さえ思いだせないのだから、あまりの中途半端さに苦笑するしかない。
知識は偏ったものに限定されているようで、それ以外のことを思い出そうとすると頭痛がするのだ。
軋むような激痛が。
前世の記憶に押し潰されたのではなく、今世と前世の記憶が統合された感覚だ。だから俺は、今世の自分も自分であると断言できる。
まあ、女から男になったことで多少の違和感はまぬがれないけれど。
そもそも俺が記憶を思いだしたきっかけが、今世の姉さんにとある学園を勧められたからなのだ。
『私立白銀学園』。
小中高一貫の名門学校である。
ほとんどの生徒が金持ちで、庶民は少ない。また、クラス分けの仕方に家柄や能力が関わってきたりと、私立ならではの特異性が目立つ。
なんといっても一番の問題はーーーー
「嶺?聞いてる?」
現実逃避を兼ねて思考の海に沈んでいると、怪訝な顔で俺を見上げる姉さんと目があった。
俺の身長は175cmだが、姉さんは161なのだ。
「…ゴメン、聞いてなかった」
素直に謝ると、姉さんは一瞬眉を寄せたあと、すぐにフニャリと気の抜けた笑顔になった。
「しょうがないな~。もう一回説明してあげるから、今度はちゃんと聞いてね?」
弟に甘い姉さんである。
まあ俺も姉さんに甘いんだけど。
…あれ?これってもしかしてシスコン&ブラコン?
気づきかけた事実に目を逸らしながら、姉さんの話に耳を傾ける。
「嶺には、この学園に進学してもらいたいと思います!」
面倒なことが嫌いで醒めている俺は、基本ほとんどのことを受け流せる。
だが今回はさすがに無理だった。
俺こと七罪嶺は15歳。いわゆる受験生だ。
しかし今はもう四月。
とっくに進学先は決まっている。
「…は?俺はもう他の公立受験しただろ。それに、白銀学園の編入試験って難関大学並みの問題なんじゃないのか?」
「大丈夫よ、受験した高校については丁重に断ってきたし、試験は一週間前に緋色にやらせた学力調査(偽)を送っといたわ。あれが本当は試験なの。もちろん合格、しかも満点だった」
どこが大丈夫なんだよ。
確かに『嶺』は勉強が好きだから成績はいいけど…。
もはや俺は呆れて何も言えなかった。
「勝手なことしてごめんなさい。でも私、どうしても嶺にこの学園に進学して欲しかったのよ」
しょぼんとする姉さん可愛いとか思った自分の脳は手遅れだ。
シスコンが末期。
「父さんと母さんには言ったの?」
「そ、それはもちろん!むしろ二人とも大賛成だったわ。…父さんも母さんも同志だしね」
ん?後半が聞き取れなかったが…まあいいか。
「別に白銀学園に行くのが嫌なわけじゃないよ。あそこは学力的にも合ってるし。父さん達が了承してるなら、俺は構わない」
「嶺…ありがとう!さすが私の自慢の弟ね!」
キラキラした瞳で見つめてくる姉さん。
「ただ、あの学園は全寮制だから、姉さんとしばらく会えなくなるのは寂しいな」
もう一つ難を言えば、男子校だということだ。
可愛い女子を前世でも今世でも(小動物的扱いとして)愛している俺にとって、むさ苦しい男子校なぞ地獄。
しかしここが俺の想像通りの世界なら、女子みたいに可愛い男がいてもおかしくないが。
「私も寂しいよ。そうだ嶺、学校で毎日なにがあったかとか、教えてくれない?…特ににゃんにゃんしてるカップルとか」
「ああ…そういえば姉さんは腐女子だったな」
先に言っておくが俺は同性愛に対しての偏見はない。
恋愛は人それぞれだし、俺を巻き込んだりしなければ何も文句はない。
前世の妹も腐女子だったしな。
「できれば嶺が総受けになってくれれば嬉し……いや、総攻めもアリね」
じゅるり、という効果音と不穏な台詞はできれば聞かなかったことにさせていただきたい。
俺が面倒ごと嫌いなの知ってるくせに、本当に欲望に正直だなぁ姉さんは。
「そうそう、入学式は三日後だから、よろしくね」
「了解。俺は姉さんが大好きだから、報告ぐらいならしてあげるよ。俺は絶対関わりたくないが」
「なんで!?嶺なら絶対タチにもネコにもモテると思うわ。だって中性的で綺麗だもの」
いや、そんな絶望的な顔をされても…。
「男にモテても正直嬉しくない。姉さんには悪いけど、俺は脇役傍観者の道を歩むから」
残念そうな姉さんに、おやすみと告げて階段を登る。
自室のベッドに横たわった俺は、この世界についてまとめるノートを作ることに決めた。
白に青のラインが入ったノートを開くと、1ページ目にサラサラとシャープペンをはしらせる。
【前世の記憶で思いだしたこと】
この世界は、どうやら『友達じゃたりない』というBLゲームが元となった世界のようだ。
このゲームは妹が好きで、内容を熱く語っていたからぼんやり覚えている。
「生徒会はすごくカッコイイし、主人公の友達もいい子ばかりなのに、なんでヒロインはこんなにウザいのかなぁ。悪役のほうが可愛いよ」
とぼやいていたっけ。
ただ、ゲームそのものだと考えるのはやめたほうがいいだろう。
前世を思いだすまでの嶺の記憶によると、さまざまな相違点が発見できるからだ。
俺はゲームの中で名前が出たこともない。
なのに今は、顔のつくりや目の色など明らかに脇役って感じではない。
乙女ゲームの脇役が割とイケメンなように、この体もそうだといいのだが、これはちょっとやりすぎだろう。
…銀髪、赤と金のオッドアイ、色白で中性的な顔立ち。何を目指したらこうなるんだ。
前世の中二病(黒歴史)が疼くのでやめて。
攻略対象達や主人公はどうなのか気になる。
もしヒロインだったらフラグを回避したかもしれない。
もし攻略者だったら巻き込まれないようにしたかもしれない。
しかし名前も登場していないキャラでどう行動すればいいのか。
まあいい、好きにさせてもらうさ。
俺にとってこの世界はゲームではなく新しい人生なのだから。
俺が何もしなくても平和に過ごせたらそれが1番いいんだけどな…。
***
「ふぅ…」
ノートをパタンと閉じて、凝り固まった体をほぐすように伸びをする。
平穏に過ごしたいという思いとは裏腹に、波乱に満ちた生活が始まる予感がした。
そしてやってきた入学式の日。
体育館に集められた新入生は、もちろん男ばかり。
ほとんどが内部進学生で、俺のように外部から試験を受けて入る生徒はごくわずかだ。
試験は難易度がかなり高いらしいが、幸運というべきなのか勉強が得意な『嶺』は余裕で合格した。
だが、それが原因でこの学園に入学できてしまったと考えると複雑な気分だ。
ああ、俺の癒し(可愛い女の子)はどこに…。
「ねえ、君の名前を教えてくれない?」
そんなことを考えていると、隣の席に座っている小さな男子が話しかけてきた。
「か…」
「か?」
「可愛い」
率直にそう言うと、ハニーブラウンの髪をした少年は固まった。
かと思うと、クスクスと笑いだした。
「ふふ、まさかそんな能面みたいな無表情で褒められるとは思わなかったよ。僕は二胡川 渚。よろしくね!」
女の子みたいに可愛い二胡川は、茶色の瞳を細めて笑っている。
そんなに俺は無表情なのか…。
前世でも感情の起伏があまりないと言われたが、まさか今世でも表情筋が働いてくれないなんてな。
…ん?二胡川渚…?
その名前に何か引っかかるものを感じた。
「君の名前は?」
「…っ、ああ、七罪嶺だ」
思考の底から引き戻されて慌てて答える。
「七罪嶺…?聞いたことないな。こんなに目立つ容姿の脇役なんていたかな?それとも僕が知らない隠しキャラ?」
小声でぶつぶつと呟く二胡川。
おそらく俺に聞こえないように言っているのだろう、断片しか聞き取ることができなかったが、『隠しキャラ』というセリフに俺の中である仮説が立った。
「二胡川、お前…もしかして」
「渚でいいよ。僕も嶺って呼ばせてもらうね」
「渚、お前は」
尋ねようとした時だった。
「静かにしてください」
壇上から涼やかな声が響いた。
途端にざわめきが止む。
今まで談笑していた面々も、緊張していた人も、同様にピタリと静かになった。
すごい。
素直にそう思ったが、次の言葉に噴き出しそうになった。
「入学式の司会を務めさせていただく生徒会副会長の水原詩音です。新入生の皆さん、よろしくお願いします」
生徒会!?攻略対象者じゃねえか!
壇上の胡散臭い笑顔で微笑む副会長を観察する。
氷のように冷たい、整った顔。
がんばれば纏められるぐらいの長さの髪。
アイスブルーの瞳には眼鏡がよく似合っていた。
なるほど、こうして見ると攻略対象者だと納得できる。
なんていうか、オーラが違うのだ。
周りの奴らもほとんどが見惚れていた。
そう、この学園の最大の特徴はーーーー
ホモ4割バイ5割ノーマル1割という驚異的な割合をほこること。
まさにゲームならではのご都合主義設定であった。
ってかよくよく考えると恐ろしいなこの設定。
誰得だよ。
あ、腐ってる方が得しますね…。
なんでも小さい頃から同性しかいない環境で生活しているからこうなるらしい。
無理やりすぎるね!?
しかし魅了された周囲と相反するように、渚はつまらなそうに壇上を眺めている。
副会長には興味がないようだ。
「では理事長からお言葉をいただきたいと思います」
そうこう観察している間に、副会長が理事長にマイクを渡した。
理事長はかなり若く見える。
まだ30歳になっていないのでは?というぐらいだ。
実際の年齢なんてもちろん知る由もない。
「白銀学園の理事長をしている葛城将人です。この学園に入学した皆さんは…」
副会長ほどの強烈な印象はないが整った顔立ちの理事長が話し始めると、生徒たちから黄色い声が上がる。
ヒソヒソと控えめなそれは注意されないように気を配っているのだろう。
でも俺は言いたい。
お前ら…女子かッ!
アイドルに騒ぐ女子みたいなテンションに早くもついていけなそうだった。
おいおい、まだ攻略対象はたくさんいるのに勘弁してくれよ。
できるだけ関わりたくないぜ…。
「嶺、さっき何を言いかけたの?」
息のかかるぐらい至近距離で、渚が耳打ちしてきた。
くすぐったいんだけど。
「渚ってさ、内部進学生だよな?」
俺も囁くように返す。
「うん」
「親衛隊とか、入ってたりする?」
「…うん」
彼の表情が少し曇ったのを俺は見逃さなかった。
…思い出したのだ。
ゲームでの二胡川渚は、悪役だと。
意見、指摘、感想等ありましたらよろしくお願いします。