異世界
それは塾の帰りに起こったこと。
私は全速力で帰路を走っていた。
「あとちょっとで、好きな番組が始まってしまう!」
塾が終わり、普段なら歩いて帰ってちょうど始まる番組なのだが、
今日は追試があったため20分居残りだった。
「もう、最悪」
そう言いながら雨の中を必死に走っていた。
「・・・・?!」
地震?
地面が揺れた。私はしゃがんで辺りを見回した。
違う。地面じゃない。私の視界が揺れているんだ。
「・・・うぐっ」
次に襲ったのはめまいと吐き気。何故だろう、ギリギリこみ上げてこないくらいの吐き気。
中途半端で気持ち悪い。
そのめまいが治まるまで、十数秒はかかったと思う。
気付いたら、特になにもなくもとの場所にしゃがんでいた。
でも、なにかが違う。空気が暖かい。先ほどまで降っていた雨もない。
気持ち悪い。居心地が悪い。
周りには人がちらほらと居た。よかった、でもさっきのめまいと吐き気はなんだったのだろうか。
もう間に合わないと思い、母にメールする。
『いま、家にいますか?いつも私が見てるあの番組、録画お願いします。』
携帯を閉じ、立ち上がった。
そして、頭の中で整理をする。
まず、急にめまいが襲ってきて、吐き気がひどかった。立っていられなくてしゃがんでしばらくしたら、雨も止んで気温も少々上がっていた。しかし、景色は先ほどとまったく変わらない。
「なんなんだ・・・?」
雨が止んだのは変だ。ほかのことはまぁ体調不良とかで納得はいくが、何故雨が急に止んだのか。
おかしい。なにかが違うのはからだが感じている。違和感しかない。
不思議に思いながらも、家に向かって歩き出した。
しばらく歩いてると、不自然だと確信できた。
すれ違う人々の言葉もなんだかわからなかった。発音はしっかり日本語なのだが、
カタカナをずらっと並べてそれを読んでいるような感じだった。
それから、いつも前を通る看板の文字が日本語じゃない。しかし、読めない。
韓国語や漢字というわけでもなく、ローマ字でもない、見たことない形だ。
それを見て一気に怖くなった。いつもはすぐに返事が来る母へのメールも、返事はなかった。
怖い。神様助けてください。夢なら覚まして。いくら不幸なことが起こってもいいから。
私は必死に祈った。いもしないと思っている神様にとにかく祈った。
私は気付いたら泣いてしまっていた。
怖くて歩けない。ここはどこ。なんで言葉が変なの。どうして文字が読めないの。
確認しようもない不安が、恐怖に変わっていった。
うずくまって泣いていた。ずっと泣き続けた。
ふいに、私の聞き慣れている日本語が聞こえた。
「どうしたん、ですか」
ハッと顔をあげると、そこには若い女の人が立っていた。
誰だろう。でも、やっと聞こえた日本語。元の世界に返りたい。日常に戻りたい。
私は必死に説明した。気が動転していたので、いらない単語も多かったかもしれない。
とにかく帰りたかった。
女の人がこう言った。
「あなたの、話を、きく、かぎり、それは、こちらの世界とは、別の空間だと、思います。」
外国人に話しかけるような、ゆっくり、途切れ途切れのしゃべり方だったが、理解できた。
別の空間。異世界?異空間?
どうでもいい。早く帰りたい。助けて。
必死に頼んだ。元の世界に戻してください。
女の人が「きて」と言った。
私は泣きながらだまってついていった。
3分ほど歩くと、神社のようなところに来た。
こんなの、こっちの世界にない。
さっきまでは、見慣れた風景だったのに。
疑問が立ち並び、また怖くなってしまう。
「あの、どうすれば帰れますか」
私がそう聞くと、女の人はこう答えた。
「私は、あなたのように、間違ってこちらに、来てしまった、人を、何人か、見ています。そして、ここでしっかりもとの世界に、もどしました。安心、してください。」
私はそれを聞いた瞬間、嬉しさで「本当ですか?!」と聞き返してしまった。
女の人も、「ええ、絶対です」と、私の顔を見て言った。
「では、帰れます、よ。また、めまいが、するけど、もし、気持ち悪くなったら、しゃがんで目をつぶってください。」
そうすると女の人が私の目を見つめた。なんだろう。不思議な感じだ。
途端にめまいと吐き気が襲ってきた。
大丈夫。これが終われば帰れる。私は女の人の言うとおり、しゃがんで目をつぶった。
あのあと私はこちらに帰り、雨の中、一人でしゃがんでいた。
来たときとまったく一緒だ。よかった。知ってる世界だ。
メール受信ボックスを見ると、14件もたまっていた。すべて母からだった。
「まだ?」「もう11時よ」「無視はやめてちょうだい」
すべてこのような内容だった。
時間を見ると、もう4時間ほどたっていて、夜中の2時過ぎだった。
やばい。これは母に怒られる。
私は異世界のことよりも、母親に怒られることを心配していた。