08.入れ替わり立ち替わり
「いいよねー、この国。髪の色とか目の色とかで虐められないから」
ルミアがふと呟いた言葉に、ラユトは同調する。
「やっぱルミアも外見で苦労してきたタチか」
「うん。故郷では見られないルーツだからか、小さい頃はよく虐められてたよ」
この大陸の内部では様々な人種が共生しているような国もあるが、ほとんどは同じ人種の国家だ。ルミアの熟れた林檎のような赤髪は南部の地域では見られるが、北へ行けば行くほど少なくなる。移住したか、どこかで混血していたのが出てきたのかは分からないが、場所によってはそういう者を省く風習は大陸のどこでも見受けられた。
「……俺も旅してたときはきつかったなぁ」
ピンで留められたままの前髪を指先でいじる。
大陸を東から西へ横断してきたのだ。髪の色や目の色だけで差別する人は少なくなかった。特に東聖霊和国と敵対している国の中では黒髪黒目というだけで石を投げられ、宿を取らせてもらえない。フードを被って姿を隠せば怪しまれ、村ぐるみで完全無視を決め込まれたこともある。
「東の出身なら言葉も違うから余計大変だったんじゃない?」
大陸は山脈が中央にあるからか山が多い。文化が全く異なったものとして発展していくから、東と西では言葉も違う。隣接した国などは言葉は同じだが、山脈で隔絶されていたりする国などは言語構造から違ってくる場合もある。
東の東聖霊和国と西のエルド塔国は東西でかなり離れているし、その間に幾つもの国を挟むので、何カ国語も覚えるのは至難の業である。
「言葉は別に平気だ。俺らの国は常用語の他に古語が必要だったしな」
「古語?」
聞き返すルミアにラユトはしまった、と顔を歪ませた。慌てて誤魔化そうとするけどもう遅い。
「ねぇねぇ、もしかしてそれって東聖霊和国の魔法ってヤツ? てことはラユトは東聖霊和国の人!?」
「いやいやいや、今の無しだ!」
「ふふふー、ルミアの前でうっかり口を滑らせたのが運の尽きなのよー♡」
「……いや、まあ気にすんな! つか、早く行くぞ。ウォータック卿を待たせちゃ悪いしな!」
「いいじゃんいいじゃん、教えてよーぅ」
有耶無耶にしようとするラユトにルミアは迫ろうとしたが、体格差でルミアの身体を無理矢理反転させてドアの方へ向かせたラユトの勝ちだ。
「ほら、行くぞー」
「ちょっとー、歩きづらいー」
文句を言うルミアを無視して、ラユトはぐいぐい彼女の背中を押す。
部屋を出てエレベーターに乗り込んで真っ直ぐに地上に降りた。余談だがエレベーターに乗っている間、ルミアの質問攻めに完全無視を決め込んでいたラユトは、最後のほうにすねて口を閉ざしてしまったルミアの機嫌を直すのに少しだけ苦労した。女子は扱いづらい。
一階間近になると、いくつもの麻袋と木箱が積まれているのが見えてくる。
西塔一階に来るのは大抵商人だ。一階の外へと繋がる扉が、馬車がそのまま通れるようにと大きな扉へ改修工事がなされたのはもう何十年も前のこと。余計な物は一切置いていない、車庫のような場所でかなり殺風景だ。一応窓から光は射すし、夜になれば壁際の幾つものランプに灯がともされるので侘びしい印象は和らげられるている。
今も、一人の男が焦げ茶の老馬が率いる荷馬車から荷物を下ろしていた。
「あ? スィークじゃねーか。久しぶり」
「ラユト。久しぶりですねぇ」
ラユトが男の顔に気づいて声をかけた。フードを深く被っているが、チラチラと黒髪が見えている。ラユトと同じ東聖霊和国の人間だ。
スィークは顔を上げてにこりと笑った。
「ラユト、スィークさんと知り合い?」
「腐れ縁ってやつだな」
懐かしさに目を細め、ラユトはスィークと呼ばれた男に近づいた。
ラユトと知り合いであるのは本当のようだが、スィークは一切気にしずに荷物を降ろし続けている。
「お前、何コレ」
パンパンに膨らんだ袋の量に、ラユトは目を丸くする。
「小麦です。今の私はラミレス帝国とエルド塔国間で貿易用の物資運輸をしてますからねぇ」
荷馬車に残った最後の袋を床に降ろしつつ、スィークは答えた。
「へぇ……。でも、あれ?」
ラユトがはた、と何かに気づく。
「前に会ったときは、アースグラン寄りの港町で干物売ってなかったか?」
「そんな事もありましたね」
アースグランは大陸の南にある大陸最大国だ。海沿いの街では漁業が盛んで、旅人の多くの中継地でもある。以前に会った時はそこで日銭を稼いでいたはずだ。
「その前は木こりのバイト……」
「……そんな事もありましたね」
「その前は………」
「あー、もう! 万年旅費が無くて仕事を探してるんです! 今は結構調子がいいからしばらくはこの路線で旅費を稼ごうかと」
ラユトの鋭い指摘にスィークは羞恥に顔を赤らめて抗議する。
ラユトもスィークの旅費事情を知っているので、あえてそれ以上突っ込もうとはしなかった、が。
「ラユトー、ラユトも遠くから旅してきたならそのお金どうしてたの?」
ルミアという伏兵が顔を覗かした。
「……え」
「だってー。ルミアもすこーし旅してたけど、スィークさんと同じ感じで日銭稼いでたよ? 旅してる人って基本的にそうなんじゃないの?」
「……あー、えーと、それはだな」
「ラユトは裏技を使ったんですよ」
小麦の袋の数を確認して、スィークは荷台に残った小さな袋から一本のニンジンを出すと馬に与えた。
「ちょ、てめぇ」
「ラユトはスポンサーがいて、スポンサーの知人からカツアゲしてたんです」
軽い口調でスィークが言ったのにラユトが眉をしかめた。何か今、おかしな単語を聞いた気がする。それなのにスィークは気にした様子もなく、むしゃむしゃとニンジンを食べていく馬の頭を撫でて続ける。
「スポンサーがラユトよりも一足先に早く旅してるようで、ラユトの行く先々にスポンサーからの手紙とお金が置いてあったらしいんです」
「どこからどう見てもカツアゲじゃねーだろ!」
「その時のセリフが“お前の持ってる金寄越せ”……」
「今確実に捏造入った!」
「あはは」
ちょっとした冗談なのにラユトが半眼になったので、スィークは笑っておいた。怒ったラユトは凶暴なのだ。
老馬にニンジンを食べさせ終えると、スィークは荷台に戻って桶を取り出した。
「水場どこでしたっけ?」
「向こうだ」
ラユトが指差せば、スィークは礼を言ってそちらへ向かった。
スィークの背中を見ていたルミアが興味津々に顔を上げる。
「ラユトラユト、ラユトは本当にナニモノ?」
唐突に聞かれたラユトは面食らった。
「はあ?」
「だってー、普通の旅人はスポンサーいないしー? スポンサーいるならこんな所で定職見つけないよ?」
「お前鋭いなあ」
ラユトは困ったように頬を掻いた。
ルミアには言わないでおくが、ラユトは旅を初めてたったの一年で大陸の東から西へとやってきた。それにはそのスポンサーがラユトの為に金を置いていってくれた事が大きく関わってくる。
普通の旅人ならばスィークのように旅の資金を集めるために、行く先々でバイトを見つけて暫くそこに滞在する。それを繰り返すので大陸横断は少なくとも二年はかかる。馬を使えば早い移動が出来るかもしれないが、馬の維持費の分も働かなければならないので労力はかわらない。
「んーとな、簡単に言えばそのスポンサーってどうやらこの国のヤツらしいんだよ」
「らしい?」
「ああ。俺、そいつと会ったの八年くらい前でさ。顔をはっきりと覚えてねーんだよ。俺とそう変わんない年の金髪を連れてたのは覚えてるんだけど……」
ラユトは苦笑する。話すつもりは無かったが、ルミアの目があまりにも聞きたいと主張していたのでつい言ってしまった。
「えー、駄目じゃんラユトー。自分の旅路を助けてくれていた恩人に対してー」
「仕方ねーだろ! まだ十歳の頃の話なんだから」
「じゃあ、何で今頃になってエルドに来たのー?」
「そ、それは……」
ラユトはルミアの迫力に気圧されてしどろもどろとなる。
何でだ、何で俺はルミアに質問攻めを食らっているのか。
あまり聞かれたくないことを聞かれているこの状況に冷や汗を掻き始め、どうやってこの場を切り開こうかと頭をフル回転し始めたとき、あまり嬉しくない救世主が現れた。
「何やら楽しそうな話をしておるなぁ、ラユト」
「おかしいですね。ルミアに部屋へ閉じこめておくように言ったのですが」
レーリィンとクラメラが茶色のフード付きマントを被って、エレベーターから降りてきた。
ラユトは先ほどのお茶騒動で部屋待機させられているという後ろめたい思いがあるので、二人から思わず目線をそらしてしまった。ルミアも、罰を受けていたラユトを解放してしまった後ろめたさがあるので以下同文。
「ラユト、ルミア。命令違反はお仕置きですよ」
「……スンマセン」
「あぅ……ごめんなさい」
クラメラの笑顔に隠れている迫力に、ラユトもルミアも思わず及び腰になってしまう。だがレーリィンは二人が命令違反をしたことを気にした様子もなく、及び腰になっている二人を笑いつつ、クラメラをいさめた。
「そう怒るな。私らも悪巧みをしにきたのだ。もとはと言えば、後先考えず私が命令を下したのが悪いのだしな」
今回のことは不問だ、とレーリィンはからりと笑う。レーリィンの言葉にラユトがふと首を傾げた。
「悪巧み?」
「そうだ。お前たちに命令をした後に、叔父様の依頼を思い出してな。代わりを考えたが適任者が他にいない。クラメラを行かせるにも、私の護衛がいなくなってしまう。かといって叔父様の依頼を無視するわけにはいかぬ。さてラユト、問題だ。私らの悪巧みを当ててみろ」
子供のような無邪気さで問題を出してくるレーリィンに、ラユトはどう答えようか一瞬迷う。だが、答え事態はレーリィンが問題を出してくる前に分かってしまっていたので、そのまま言うことにした。
「メイド長を連れて、姫さんも盗賊退治に行こうとしたんだろ」
正解をいとも簡単に言ってしまったラユトに、レーリィンは少々頬を膨らませた。
「……むう、遊びがいのないやつだ」
「そりゃどーも」
「だが一度決めたことだ。私は盗賊退治に着いていくぞ」
「姫様!?」
もはや意地で言っているのではと思われるようなレーリィンの言葉に、クラメラが思わずぎょっとする。
「危ないのですからお部屋に戻りましょう」
「なんだクラメラ。お前、一度は承諾したではないか」
「状況が変わったのだから行く必要はありません」
「私に二言はないぞ」
レーリィンが胸を張る。ほら、やっぱり意地だった。
「御身の安全が第一です」
「やだー、塔の外行くー」
盗賊退治は名目で、実際は外へ行きたいだけらしい。大切に育てられてきたレーリィンはあまり塔の外へ出たことがないので、このようなことが起きるのは必然と言える。
ルミア「ねぇ、ラユト教えてよーう」
スィーク「ラユトはこの国ではカツアゲしないんですか?」
レーリィン「バトラー君、私も外に連れてけ」
ラユト「うぜええええええええええ!」




