07.やるせない使命感
五十七階にあるラユトの部屋は物が少ない。クローゼットが一つに寝台が一つ。テーブルと椅子も一脚ずつ。そして本棚。本棚に本は全く置いてなくて、鏡や櫛の最低限度の身だしなみを整えるものがぽつりと置かれているだけだ。
白い石の壁や床は剥き出しのままなのでとても寂しい印象を与える。タペストリーやカーペットがあれば幾分ましなのだろうが、放浪生活を続けていたラユトにとってそれはあまり気にはならなかった。
屋根があって寝床がある。旅の間、この二つがどちらも揃わないときは少なくなかった。さらに食事も給料も与えられる。不満は何一つなかった。もし、不満を言うとするならば、
「……どうしてこんな事になったんですかね」
「なんか謹慎ていうよりも監禁だね♪」
ルミアがからかうように身動きの取れないラユトを寝台に放り捨てた。寝台だから痛くはないが、羽毛布団に顔を押しつけてしまい、うっかり窒息するところだった。ラユトはもぞもぞと芋虫のように動いてルミアの方を見た。
ラユトはクラメラのなすがままに身を委ねていたら何と簀巻き状態にまでされてしまい、一人では部屋に戻ることもロープを解くことも出来ずに結局ルミアの手を借りた。
ルミアにまず身を起こしてもらい、ちょこちょこ歩きで部屋を出た。上半身どころか膝まで固定されて魚状態だ。この姿でエレベーターに乗るのは羞恥の極みだった。ルミアがキホウを訪ねた後に言っていた言葉の意味が、違う意味でよくわかった気がした。絶対に二度と人をじろじろと見ない、とラユトは密かに決意する。
五十七階までやってきてエレベーターから降りたとき、段差につまずいて思いっきり顔から床に落ちた。起き上らせるのをルミアがめんどくさがって、ずるずるとひきずられるはめになってしまった。
そうやってラユトの住む五七一号室に入ったのだが、そのままルミアがひきずっていたラユトを寝台に放り投げたのだ。
「どうすればいいんだよ俺。ウォータック卿の依頼とか依頼とか依頼とか」
「ルミア一人で十分だよー」
物の少ないラユトの部屋を珍しそうに眺めていたルミアは、見所の無さ過ぎる部屋に唇をとがらした。
「ラユトの部屋、つまんなーい」
「来てすぐに仕事漬けだったから何にも買い足してねぇんだよ」
寝台や棚は使用人用に元から置かれていたものだ。それでも一つ二つ家具や雑貨が増えても良さそうなのに、ラユトの部屋には本当に何にもない。
「洗面所とかも?」
「石鹸とか歯ブラシぐらいしかねーよ」
「衣類は?」
「クローゼットに入ってるのが全部」
寝台の上にいながらも身動きが殆どできずにもぞもぞとしているラユトがルミアの問いに当然のように答える。もぞもぞしていたらヘアピンが外れそうになった。やった、外れる、と思ったのもつかの間。ルミアが気づいて寝台に近づいてくる。
「……な、なんだ?」
「ちょーっと動かないでねー」
指ををわきわきさせながら近づいてくるルミアははっきり言って不気味だ。
ラユトは顔をひきつらせた。
「……何をする気で?」
「髪型直すだけー」
「明らかにその指の動き必要ないよな!?」
ラユトは動けないのでジッとしているが、顔には堂々と、やめろ、くるな、と書いてある。ルミアは完璧に無視してラユトに近づく、そして。
寝台にぽすん、と座ってルミアがラユトの頭を膝に乗せた。思わずラユトは顔が真っ赤になる。ここに来て女子免疫のないラユトに最大の試練が与えられた。
「え、なに、ちょっ」
「ラユトの髪って柔らかーい」
ルミアがラユトの髪に乗っている怪しい模様のヘアピンを一度外した。そして手櫛で軽く梳いてみる。はらはらと指の間からこぼれるラユトの髪はとてもさわり心地が良かった。
ラユトが照れくさそうに唇を尖らせる。
「……ルミア、さっさと縄を解いてくれないか?」
「もうちょっと」
ルミアの我が儘にラユトは従うしかない。簀巻きだからヘンな動きはとれないし。ウォータックの指定した時間までにはまだ少しだけ時間があるので問題ないが、ラユトの心臓の方が持ちそうになかった。
くすぐるようなルミアの手の動きにラユトは慌てて首を振る。柔らかな感触にうっかり熟睡してしまいそうだ。
「わ、ラユトくすぐったーい」
「いいから縄解け!」
「えー、メイド長にはこのまま放置って言われてるんだけど……」
ラユトの前髪に例のヘアピンを差してから、ルミアはラユトの頭を膝から退けて立った。
「依頼が優先に決まってんだろ」
わずか十四歳の少女に発情してしまいそうになったのを隠すようにぶっきらぼうに言う。どうせ俺の人生は女っ気がなかったですよ、と心の中で言い訳をする。
そんなラユトの内心を知らないルミアは、ポケットからナイフを一本出した。本日三回目の登場、食事用の銀ナイフ。それでラユトの縄に一カ所切れ込みを入れる。それだけでスルスルと縄が解けた。
「あー、助かった」
ほんの少しの間だったが、何年も縛られたままのようにも感じられて良い気分ではなかった。
寝台に座り直して首を回し、肩や腰など要所の節を確認する。簀巻きの状態で気付かずに変な体勢をとって、関節を痛めていたら大変だ。それに気付かず盗賊退治に行ってしまったら大惨事になる可能性だってある。
「もー。バレたら怒られるの、ルミアもなんだからね?」
「気にすんな。旅は道連れ世は情け、ってな」
ラユトが流暢にそう言うと、ルミアが首を傾げた。
「何それー」
「知らねーか? 何やるにしても付き合うって決めた以上は腹を据えてやりきれっていう東聖霊和国の諺だよ」
「ラユト、東の方も旅してたのー?」
「いや。もともとが東方の出身だ。その証拠に……」
ラユトは自分の髪を摘む。
エルド塔国のずっと東に位置する国、東聖霊和国。その名の通り、大陸の最も東に位置する宗教国家だ。聖霊とは歴史に連なる偉人の魂を表し、東聖霊和国はその独特な風習慣習を発展させた大陸随一の謎の国である。
エルド塔国はどちらかというと大陸の西よりの国であり、しかも東聖霊和国との間には距離的問題以上に険しい山々や紛争や内争の多い中央小龍国家連合があるので、東聖霊和国からエルド塔国に来るとなると何年もの時間がかかる。実際、ラユトも何年もかけて東から西へと移動してきた。
東聖霊和国民の特徴として、黒髪黒目の中性的な顔立ちと平均身長が低い事が挙げられる。ラユトの身長はエルド塔国民と比べても少し高いが、その顔の造形は確かに東聖霊和国民であることを主張している。
黒髪黒目のラユトはれっきとした東方人なのだ。
大陸には様々な人種がいて、黒髪黒目は東方の、しかも東聖霊和国ぐらいにしかいないから大陸内部では差別の対象でもある。内部を過ぎれば逆にその物珍しさから受け入れる国も多いが、そもそも東聖霊和国がどんな国なのか実態がわからない国なので情報を流してもらうのが目的だったりもする。東聖霊和国は完全な鎖国国家であった。
ラユトは東聖霊和国で特殊訓練を受けていた過去がある。それを見込まれて今、この国にいるのだが同国出身者にそんな自分の存在がバレるとちょっと困ったことになるので、ラユトはエルドに来てからというものの、一度も塔内から出ことがない。今回の話は久々に外へと出る良い機会だったのだ。
それなのにそんな機会を奪われてはやるせない感しか出てこない。
ルミア「ラユトはお家が遠いから里帰りできないねー」
ラユト「別にそれでいいし。帰ったら殺される……!(ガクガク)」




