06.どうしてそうなる
ぞろぞろと三人でレーリィンのいる部屋に入ると、甘ったるくも酸っぱい匂いが充満していた。
ラユトとルミアはクラメラの持ってきた依頼の受諾や詳細をレーリィンに伝え聞く為に舞い戻ってきた。エレベーターに乗っている途中で中央塔に戻るウォータックの乗るエレベーターとすれ違ったが、何も聞かずに通り過ぎた。それは自分達の乗るエレベーターが下に行くもので、ウォータックの乗るエレベーターが上に行くものであるからだ。断じてウォータックとの先ほどのやり取りを思い出して怖かったわけではない。
そうして何事もなく部屋に戻ってきたのだが、戻って来た部屋こそが異常を発していた。
「なんだコレ!」
「甘い匂いだぁ〜♪」
ラユトとルミアの反応は全く違うものだが、そこに更に反応の違う者が加わる。
「姫様っ!? 何をやっているんですかっ!?」
クラメラは慌てて中に入って声を張り上げる。ガラスのテーブルに幾つものティーカップとティーポット、そしてお茶缶を並べて、レーリィンは何やら謎の行為に勤しんでいた。
呼ばれたレーリィンは顔をあげ、クラメラの顔を直視して、
「なんだクラメラか」
再び作業に戻った。
クラメラが悲鳴を上げる。
「なんだじゃありません! 部屋中すごい匂いですっ! ラユト、ルミア、換気をしますので窓を全開にしてください!」
「御了解!」
「はーい♪」
ラユトとルミアは言われた通りに窓を開けるため、部屋を横切った。小さい小窓、テラスへの大窓を全て開け放つ。そうすると涼やかな風が甘ったるい匂いをゆっくりと運び出し始めた。
三人がほっと息をつく間、レーリィンだけが頬を膨らませて不機嫌そうにしていた。クラメラに注意されるのも構わず、足をぱたぱたとさせる。
「はしたないですよ」
「ふん」
諫められているのも関わらず、レーリィンは腕を組んでふんぞり返る。
「私の研究の邪魔するとはいい度胸だな」
ラユトが呆れ顔でレーリィンの側に歩み寄って、げんなりとした顔で言う。
「研究って……」
「おままごとにしか見えなーい」
「そう、おままごとの研究……じゃないっ! これは茶の研究だ! 私にしか作れないような黄金比率の紅茶の研究をしているのだっ!」
ルミアのおままごと発言にレーリィンは思わず立ち上がって抗議する。言い切った後、再びソファーに腕を組み足を組みふんぞり返って座る。偉そうだが、実際にこの場で一番偉いのはレーリィンなのである。
テーブルの上に散乱しているティーカップやお茶缶もそう言われれば納得ができた。だがお茶缶のラベルを見れば、東方の国の珍しい緑茶の葉や高級ハーブ等々、実験とやらに使うには勿体ない物が多々ある。
「うわ、この茶葉、塔内にある中でも最高級品クラスじゃねぇか」
ラユトがそのうちの一つの缶のフタを開けて、眉を顰める。レーリィンがそれに気付いて喜々とした。分かる者には分かる茶葉だ。
「ほぅ、コレが分かるのかラユト」
「んまぁ、いきなり王族付きを任せられるくらいの教養はあるからな」
気のない言い方で返しつつ、缶のフタを閉めた。ラユトはそのまま楽な姿勢をとろうと執事服のズボンのポケットに手を入れ……ようとしたらクラメラがすごい勢いで睨んできたので、やめて片足重心で立つ。一見遠慮しているような素振りには見えたが、全然不敬罪に値してもおかしくはない態度だ。でもレーリィンはそんな事で目くじらをたてたりはしないので、ラユトには都合がよいのである。
ルミアがお茶缶のフタを閉めたものを、近くに放置されたままのキャスターの下の段に乗せた。キャスターは金属光沢の美しい銀色で二段構え。その上の段にはクラメラが細やかな装飾の茶器を黙々と置いていく。
「なんでまた、こんなことをしていたんだ?」
ラユトだけ手持無沙汰なので聞いてみる。
「ん? ああ、さきほど叔父様がいらっしゃったのは聞いているな? その時に私のイチゴとリンゴの茶を珍味と言ってきたのでな、今度は本物の珍味を叔父様に飲ませてやろうかと思って」
つまりはいたずら心が起きたらしい。
ラユトは何気なくここにいないウォータックに同意する。普通は酸味の強いイチゴの茶葉とリンゴの茶葉は混ぜて飲まないから、確かに珍味だ。
「そうだラユト。盗賊退治なんて緊張するだろう? 出発の前に緊張をほぐしてやる」
「いや、別に緊張なんてしてねぇけど」
「いいから飲め、飲むんだ」
ずいっと中身の入っているティーカップを差し出す。中には濃い茶色の液体が入っていて、酸味のある香りが立ち上っていた。普通の紅茶に見えるが、ラユトの嗅いだことのない香りが立ち上っていて首を傾げる。
「何の茶だ?」
「当ててみろ」
にやりとレーリィンが口の端を上げた。不思議に思いつつも、ひとまずラユトは一口飲んだ。
吹き出した。
「こらラユト、汚いですよ」
クラメラから注意の声が飛んでくる。
幸いレーリィンにはかかってないので、それ以上のお咎めはなかった。
「げほっ、ごほっ、げぇ、っほ……!」
カエルが鳴くように咳き込むラユトを見て、レーリィンが言う。
「美味いか?」
「なんだこれなんだこれ! この最早飲み物と言うのがおこがましいほどこの世のあらゆる柑橘類をぶち込みましたと言わんばかりの匂いそのまんまの酸っぱい香水のようなねっとり感が口の中でからみつきつつもトゲトゲしく主張してる苦みたっぷりの味は……!」
おおー、とルミアがラユトの早口に感心して拍手をした。しかし、ラユトとしては今すぐにでも水で、いや何でもいいから口に含んでこの味を消し去りたい気分だ。
「見事だ。これは酸味のある果実から作らせた茶葉をブレンドしたものだ。酸味にもそれぞれ良い物があってなぁ、茶に全て取り入れようと思ったのだが黄金比率を求めるのが大変でな。それは試作品の一つだ。イチゴやリンゴだけでなくオレンジ、レモン、グレープフルーツ……。それぞれ一番酸味の強い種を使っている。それを圧縮して酸味を絞り出してるのだ、皮から」
「ちょっと待てそれ茶葉じゃない! 果汁だ!」
「それを茶葉に染み込ませ乾燥させる」
「乾燥させる意味あるのか……!?」
「日持ちするし、茶になるぞ?」
「姫様は何が何でもお茶がいいんですよね」
クラメラが横から補足を入れながらも手を止めず、最後の茶器をしまい終わる。さっぱりしたテーブルをキャスターにかけてある湿った布巾で拭けば、テーブルはつやつやと輝いて、見るからに美しくなった。
「こんな殺人兵器……いやいやいや茶は即刻処分だ! んでもって姫さんもアホな考えは捨てろ!」
殺人兵器扱いをした瞬間、レーリィンの眼光が鋭くなったので慌てて言い直す。
「せっかく作ったのにか?」
「ああ」
「手間がかかっているのにか?」
「ああ」
レーリィンがぷぅ、と頬を膨らませた。
そして、
「……クラメラ、ラユトを謹慎処分だ」
「はい、お嬢様」
「はあああああああああ!?」
レーリィンの暴挙に思わずラユトは反抗する。
「なんだよそれ!? ちょっと酷くねぇか!?」
カラカラカラー、とルミアが我関せずといった体でキャスターを押して出て行った。そしてレーリィンとクラメラとラユトの三人だけになる。ラユトは青ざめた。
これはまずい。どれほどまずいかというと、給料の値下がりよりもまずい。あれ? でも給料の値下がりぐらいじゃ俺はあんまりまずくないぞ。となればあんましまずくはない? いや、相手はクラメラだ。クラメラはまずいんだ。
そこまで考えたとき、レーリィンが指を鳴らした。するとクラメラがすすす、とどこからかロープを出してきて恭しく掲げる。
ラユトの顔が青色を通り越して白くなった。そうだここはレーリィンの部屋だった。何が出てきてもおかしくないのだ。そう、たとえロープだけでなく、クラメラがソファーに埋められていた銀ナイフを取り出していても全然おかしくないのだ。
「捕獲」
「承りました」
あれ? ていうか何故ナイフ?
「ラユト、抵抗するなら投げます」
「……どっち?」
「もちろん、こちらです」
クラメラがナイフを軽く持ち上げてみせる。ラユトは顔をひきつらせた。
クラメラがロープを構えた。ラユトはカタカタと震える。手に持つティーカップの中身がたぷんたぷんと揺れた。
「あ、えーと、メイド、長?」
「なんですラユト」
上品に笑ってクラメラが近づいてくるが、ラユトには恐怖の対象でしかない。普段は有能なメイドの仮面を被ってはいるものの、クラメラは生粋の武人だ。レーリィンに筋骨隆々系のむさい護衛がいないのは、クラメラ一人で兵士の何倍ものはたらきをするからだ。
ラユトは地味に後ずさって距離をとる。バレないように足を擦ってじりじり移動しているのにクラメラから一向に遠ざかれない。よくよくクラメラの足元を見れば、彼女もまたにじり寄ってきていた。
「……俺これから仕事入ってるんだが」
「ルミア一人でも十分ですよ」
「いやいやいや、そういう訳にはいかねぇだろ!?」
「ふふふ。そう思ってるのはラユトだけですよ。女性は強かであるべきなのです。───抵抗は好きなだけしてください。ナイフ、飛ばしますけど」
にこり、とクラメラが柔らかく微笑んだ。だがラユトは知っている。それは悪魔の微笑みだと。私刑宣告の微笑みだと。
「……ちくしょおおおおおおおおお!」
もちろんラユトは後の被害を考えて何の抵抗もしなかった。
ラユト「水ー! 水ー! とにかく何でもいいから何か口直し!」
レーリィン「これで味直ししたまえ」
ラユト「(ぐびっ)…………がふっ」
レーリィン「すまん、間違えて試作二号を渡してしまった(ニヤリ)」




