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塔国のラユト  作者: 采火
塔国編
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05.香り奇妙なお茶会

 伝言を任されたクラメラが出て行った扉を見つめながら、レーリィンはお茶の入ったティーカップを静かに口元へ運んだ。お茶は甘酸っぱいイチゴの葉と熟した爽やかなリンゴの葉をレーリィンが黄金比率だと思う適当な割合で混ぜたもので、不思議な味わいがする。独特の風味になるので、レーリィンのように好む者は少なかった。

 口に運んだお茶の味を楽しんでいると、目の前にいるウォータックが話しかけてきた。

 ウォータックは今日、可愛い姪のレーリィンの元へただお茶をするために来たのではない。仕事の話をしに来たのだ。


「レーリィン、盗賊退治を任せる私兵の事だが……」

「分かっています。新人達を遣わすから問題ないですよ」


 レーリィンはティーカップを置いて、挑戦的な目でウォータックを見る。その目は僅かに猫のように細められていてなんとも人懐っこそうだったが、笑ってはいなかった。

 しかし、クラメラ案の愛らしい衣装のせいで迫力はこれっぽっちもない。ウォータックは内心で姪の強気な態度に頬を弛ませたくなるが、そんな事は決してしなかった。ウォータックは誰もが遠慮してしまうほど厳格な王族なのだ。


「新人は武芸に秀でているようだから大丈夫です。そもそも他国からの入国者は武芸に秀でている者が多いようだから、雇ってみると存外役に立ちますし。今回はお手並み拝見といきましょう。彼らの本気を見てみたいのは私も同じですから」


 レーリィンはお茶請けのクッキーを一つ摘んだ。茶色い生地の真ん中に赤色のジャムが埋めてある。かじるとイチゴの甘い味がした。むぐむぐと飲み込んでもう一口、お茶を飲む。

 エルド兵は元々が農民なので戦闘訓練を専門として習わない。其の点で言うと他国兵より劣るが、エルド兵は戦うことより守ることに力を入れて訓練させる。この国の利点は砦としての機能性故に、兵士をむやみやたらと殺させるようなことはしないと言うことだ。

 だからこそ今回のように近隣で盗賊が出るようなことは非常に困る。自ら打って出るような強者はエルドにいないからだ。だから他国の強者を起用することにより、防衛だけではない力を手に入れるのだ。


「この国の将軍とまでなられた叔父様ですから、いくら現役を退いたと言っても彼らの力量を計るぐらいはできましょう」


 皮肉を込めたレーリィンの言葉に、ウォータックは表情を全く変えなかった。内心はどうなのか、一切表へと表情は出さない。


「何年前の話だ。それに、彼らよりも私の方が強いかも知れぬぞ」

「年寄りより若い者の方が動けるに決まってるじゃないですか。でしゃばって死んでしまったら恥では?」

「笑止。たとえ暇潰しであろうと敵に手は抜かないのがこの私だ。レーリィンも暇潰し事には手を抜かないよう。本気で遣りたいことがあるなら尚更」

 レーリィンはふっと笑ってからクッキーをもう一枚摘む。


「やはり叔父様には適わない」

「どうした」

「こちらの話ですよ」


 冷め切ってしまったお茶を口に含む。温かった時よりも風味は落ちているが、十分味はした。

 ふと、思い出したようにレーリィンは口を開いた。


「そうそう、叔父様。最近また私の命を狙う者がやってきましてね。クラメラがいて本当に助かりました。さすが、彼女はもともと叔父様の護衛をしていただけありますね」

「もちろんだとも。あの娘は私が直接鍛えた中で二番目に強かったからな」

「ほう、二番目ですか」


 レーリィンは面白そうに唇の端を上げた。


「それは初耳です。一番目はどなたか聞いても?」

「その必要はない。お前の元に最近送ったからな。数年前、東へ物見遊山をした時に知り合ったのだが、若い割には私よりも武術に秀でていたから、稽古をつけてもらっていた。その後は各国を旅させていたから、私もしばらく会ってはいない。その者は以前お前にあげたトランプで欠けていたジョーカーを持っているから、必要になったら呼ぶといい」


 ジョーカーの欠けたトランプ。

 以前、レーリィンは確かにウォータックに娯楽用のデザイン性の高いトランプを貰ったが、欠けたカードは一枚も無かったはずだ。不思議そうに首を傾げる。

 ウォータックの言葉から、彼の最強の護衛は既にレーリィンの使用人となっているはずだ。レーリィンは最近入った使用人の顔を幾つか思い出して見当をつけた。ついでにその内、ウォータックと張り合えるほど武芸に秀でていそうな者をピックアップする。

 盗賊退治の人選はクラメラに任せたが、レーリィンが思い浮かべた者も当然のように入っているだろう。そして東という言葉も引っかかる。確か東の国には特殊な戦闘技術があったはずだ。もしその者がそれを持っていたとしたら。


「……なるほど。三枚目のジョーカーですか」


 レーリィンは納得のいったようにうなずいた。

 存在しないはずのジョーカーは持ち主以外、誰も知らないから最高の切り札となる。ゲームのイカサマにも手品の種にもなれるカードは特殊で、誰もがそれを望むもの。

 それはそのままレーリィンの力となる。


「クラメラもその者も、もう後二十年程早く生まれていたら共に戦場で肩を並べられたのだが……」


 ウォータックは懐かしそうに目を細めた。

 ウォータックは数々の武勇伝の持ち主だ。ウォータックがまだ若かった頃はエルドを含めて世界規模の戦乱が続いており、彼は数々の戦場に名を響かせ、エルドの名声へとつなげてきた。

 その実力は今でも健在で、彼は暇さえあれば鍛練と称してエルド兵の訓練に割り込んでは訓練負傷兵を増産させるのに貢献する。彼に指導を受けた兵士達はめきめきと実力を付けていくが、何年かけて訓練してもウォータックには届かない。そのウォータックをしてそう言わせるほど、その二人は彼にとって惜しい人物のようだった。


「クラメラは、叔父様の護衛をしていたことが誇らしいようですよ」

「そうか。こんな老いぼれの護衛などつまらなかっただろうに」


 珍しくウォータックは目元を緩めた。レーリィンの事ではなかなか相好を崩さないが、クラメラに関してはそうでもない。小さい頃から近くに置いてきたからか、実の娘のように可愛がっている節があるのだ。それも一瞬のことですぐにいつもの厳めしい顔となる。


「やたらと長居してしまったな。盗賊退治のための準備があるので、暇しよう」


 ウォータックが立ち上がった。本当は盗賊退治の依頼をして帰るだけだったが、思ったよりも話し込んでしまった。

 レーリィンも腰を上げ、空色のドレスの裾をつまんで優雅に一礼する。


「是非またいらっしゃってくださいな」

「そうだな。お前の茶はなかなか珍味な割には良いから、また飲みに来よう」


 颯爽と立ち去るウォータックの背を見て、レーリィンはティーカップを持ち上げた。ウォータックが扉から出て行くのを見届けると、ティーカップの中身をゆっくりと回して香りを立たせる。

 酸っぱいような渋いような甘い匂いが、冷めたお茶からほのかに立ち上る。


「……そんなに珍味か?」


 イチゴとリンゴのブレンドティーは普通に美味しいお茶である。



ウォータック「どうやったらこんな味を作れるのだろうか……」

レーリィン「私が味覚音痴だとでも?」

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