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塔国のラユト  作者: 采火
塔国編
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04.女子って素晴らしい

 階段を使って上がり、ラユト達の使った階段から見て右側にある部屋へ向かった。ルミアが先に行って鍵を開ける。扉に埋め込まれている鉄製のルームプレートには一二三と書かれていた。

 部屋に入ると二人とも何も言い交わさずにすぐさま掃除にとりかかる。自分がやらなければならない仕事を知っているのだ。ラユトが部屋に備え付けられている水道からバケツに水をくむ。この水道といいエレベーターといい、エルドはかなり発達した文明をもっていると言える。

 薄暗い部屋のカーテンを洗濯のために取り外せば、部屋は一気に明るくなった。


「うわあ、まぶしー」

「このカーテン、どうする?」

「後で洗濯するからちょっとそこのテーブルにでも置いといてー」


 ルミアが窓の手前に置いてある机を指さしたので、ラユトは言われたとおりにそこへとカーテンを置いた。

 部屋には茶色い箱が山と積まれ、所々壁から壁に垂れている紐に色とりどりの布がぶら下がっている。エルド塔国は春夏秋冬、四季を感じ取ることができる穏やかな気候の場所に位置するので服は重要だ。この部屋には女性用の夏物が多いので、薄い生地がそよそよとオーロラのカーテンのように揺れている。


「うわ、布面積少ねぇ」


 ラユトは目の前にぶら下がっている服を手に取り、デザインがよく分かるように広げてみた。

 ルビーのような深紅の布は見事な刺繍が施された半袖だが、丈が子供用かと思うほど短い。ギリギリ胸が隠れるくらいだろうか。しかも後ろが透けて見えている。涼しそうだが明らかに露出が高い。男子の目には危険な衣装だ。これはきっとあちこちで謎の出血大サービスが起こることだろう。

 女子のあざとさに眉根を顰めていると、ちゃんと説明してくれる者がこの部屋にはいた。


「ああ、それ、重ねて着るんだよー。ほらこっちの七分袖のヤツとか」


 窓を拭いていたルミアが、もう一つぶら下がっている白いなめらかな布を指差した。確かにそれを重ねて着たのなら、あちこちで出血多量事件等は起きないだろう。さすがは女子、貞操の危機を避けることをきちんと考えている。

 だが今一つ納得のいかないことが。


「なんでわざわざ二枚着る必要があるんだ?」


 ラユトは首を傾げる。手に持つ深紅の布を紐にかけ直し、今度は白の布を手に取る。こちらは無地で何の味気もなかった。

 服なんて寒さや暑さの調整の為に着るものだ。確かに権威などを示すためにドレスアップが必要な人種もいるが、これは平民用の衣装類。夏物ということは薄い衣一つで十分なはず。どうして自分から暑さに堪えるようなことをするのだろうか。


「それはオシャレですよ、ラユト君」

「オシャレ?」

「女子の娯楽ですよー♪」


 うきうきとした様子で窓拭きをするルミア。

 ラユトは布を紐にかけ直し、机の下に置いてあるバケツの中で揺れている雑巾を絞った。


「ルミアもオシャレするのか?」

「そりゃもちろん!」

「想像できねぇ……」

「メイド服だって機能的かつ、可愛く見えるようにルミアのオリジナルアレンジしてるんだからねっ!」


 そう言ってルミアは胸を張って、胸元のネクタイを見せびらかす。よくよく見ればネクタイには怪しい模様が施されている二本の金属ピンがついていた。


「……ヘアピン?」


 タイピンのように見えたそれは、よく見ると髪飾りだ。デザインは凝っているようだが、一見怪しい文様にしか見えない。


「そだよー、かわいいでしょー」


 可愛いと言うより怖い。もうちょっとシンプルなら確かに可愛いだろうが、模様が怖い。うねうねとカラフルなミミズが這っているようだ。金属加工だからか、光の角度で見える色が変わってくる仕様だ。


「……自分で選んだのか?」

「うん! 旅してた頃に一目惚れして重宝してるよー♡」


 一目惚れとまで言うか。

 ラユトはルミアの感覚がずれていることに初めて気づいた。微妙な誤差程度でずれているのだ。気がつかない程度の誤差だから、注意深く見ないと分かりづらい。そうじゃないとこんな怪しい模様のヘアピンに一目惚れなどするはずもない。

 この国に入国して働き始めたばかりのラユトだが、同僚のこのような一面を知ることができるのは打ち解けてきた証拠だと思いたい。なかなか悪くないもんだと、心の奥で穏やかな波が立っている。


「あ、そだ! 二本あるから一本あげるー」

「え。」

「ちょっと待って、すぐ外すよー」

「いらねぇよ。俺、男だし」


 雑巾を床に落として、怪しい模様のヘアピンのうち一つを外しにかかったルミアに、ラユトはひきつった顔で断る。どうやら心の平安は一瞬だけのようだった。


「遠慮しないのっ、と。はい、つけてあげるー」


 満面の笑顔で手に握ったヘアピンをラユトの髪につけようと、ルミアがにじり寄る。えへへ、と無邪気に笑うその表情が今は悪魔の笑みにすら見える。


「い、いや、マジでいらねぇ」


 男の尊厳を守るため、なんかつけたら呪われそうな怪しい模様のヘアピンから身を守るため、ラユトは後ずさる。


「平気よー」


 ルミアは嬉々としてせまる。

 ラユトの背が壁に当たった。

 逃げ道は、無い。


「うわ、しまっ」

「確保ー!」


 ルミアが思いっきりラユトに抱きつく。その勢いで、ラユトはバランスを崩して背中から倒れた。壁にもたれるような体勢になると、ルミアがラユトの上にまたがり、彼の髪をいじり出す。


「うわ、おい、やめろって」

「かーわいい♡」


 一瞬のうちにつけられて、ルミアが手を離したときにはすでにその手のひらにヘアピンはなく、それはラユトの髪に鎮座していた。


「やられた……」

「これからは毎日つけるんだよー? おそろいー♪」


 ラユトの少し長かった前髪が横に固定されて景色が見やすくなった。これはこれでありかも、と思ったりもしたがデザインがデザインだ。やっぱちょっと嫌かもしれない、とラユトは思い直す。

 ルミアが退いたのでラユトは身を起こした。


「うん、かわいい!」

「男にそれは褒め言葉にならないからな」

「いいのいいのー」


 終わったことは気にしないという体でルミアは身を翻し、雑巾を手に取った。

 ラユトは自分の前髪を一房摘む。もし手間を惜しまずに髪を切って短かったらつけられなかっただろうが、この国に来てからドタバタしていて髪を延ばしっぱなしにしていた。そろそろ切らなきゃなあ、と思いつつ立ち上がるとドアがノックされた。


「開いてまーす」


 ルミアが応える。

 ドアを開いて入ってきたのはクラメラだった。


「掃除は順調ですか……って何ですラユト。その髪型」

「あー、ルミアにやられた」

「メイド長、かわいいでしょー」

「まあ、前髪が長いと思っていたので丁度いいですね」


 クラメラがちょっとだけ笑った。対するラユトはちょっと渋り顔だ。この髪型は不本意なのだ。


「笑うんじゃねぇよ」

「あら、笑ってないですよ」

「絶対笑ってやがる」

「そうやって抗議する前にお仕事です」


 むっとして反論していたラユトに、クラメラはエプロンのポケットから一枚の紙を出して見せる。そこそこ上等な紙には丁寧な文字で何事か書かれている。


「なんだそれ?」

「敬語」

「……なんです?」


 いい加減敬語に直すことを忘れているラユトが言葉遣いを注意されたのを見て、ルミアがお腹を抱えながら声を殺して笑う。ラユトはそちらを睨むが、ルミアは笑うのに忙しくて気づいていない。てかルミアもタメ口だったじゃないか。どうして俺だけ? と不満そうにぼやく。

 クラメラはそんな様子すらこれっぽっちも気にせずに口を開く。


「盗賊退治です」

「盗賊?」


 怪訝そうにラユトが聞き返す。


「エルドからラミレス帝国間の街道で出ているようなんです。国内外の商人が襲われ、もうすでにかなりの被害がでています。とうとう死人も出たようですが、エルド塔国から兵を出そうとも盗賊は十人程度との報告。南塔の男手も、今は春で農作業のために大忙しですから」

「それで?」


 ラユトの目が半眼になる。

 クラメラは微笑んで堂々と言い切った。


「行ってきて下さい。指揮はウォータック卿自らとるそうです」


 ラユトはがっくりと肩を落としてうなだれた。


「それ、俺がやる仕事ですか」

「人手が足りないのですから行ってきて下さい。ラユトとルミアはそれなりに武術の心得があるのですから」


 何気にルミアも頭数に入っていた。


「メイド長は行かないんですかー?」


 ルミアがやっと笑いの波から帰ってくる。クラメラはルミアを見て僅かに胸を張った。


「確かに私も武術に秀でていますが、私の場合は姫様のお世話が何よりも最優先事項ですので。さあさあ、お掃除は帰ってきてから続きをしてください。すぐにでも出発するそうですから」

「はぁ?」


 ラユトが嫌そうに声をあげる。

 クラメラはそんなラユトに問答無用で紙を押し付けた。


「これに細かいことは書いてあります。熟読してからウォータック卿のもとへ行って下さい。くれぐれも粗相の無いように」


 それだけ伝えてクラメラは身を翻す。


「え、あ、ちょっ!」

「期待していますよ、新人」


 ドアを開ける前にラユトをちら見してから、本当にクラメラは出て行ってしまった。

 残されたラユトは愕然とする。


「嘘だろ……」

「わー、楽しそうだね、ラユト♪」


 うきうきとするルミアを横目で見て、ただでさえ嫌だったラユトはものすごく嫌になった。

ルミア「ラユトって女子顔だからヘアピン似合うねぇ~」

ラユト「せめて中性的と言え」

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