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塔国のラユト  作者: 采火
塔国編
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03.威厳と愛嬌と

 渡り廊下はそこそこの距離がある。

 ラユトの足で走って十五秒くらいだろうか。ただし、ラユトの足は同年代の者とラユトととで競走したら余裕で勝つくらいの速さだが。


「着っきましたー♪」


 一回くるんと回ると、ルミアのツインテールが生き物のようにうねる。ルミアが渡り廊下から中央塔へ続く金属製の扉を開けようとしたその時、 




 がんっ!





「うぐ」


 呻いてルミアはしゃがみ込む。

 その明らかに痛そうな鈍い音にラユトはうわぁ…と同情の目を向ける。その後でルミアに近寄ろうとしたが、扉を開けた人物を視界に入れるとそのままピタリと直立した。


「……ウォータック卿」


 厳めしい顔をしながら扉を開けたのは、ウォータックという名の皇族。

 王位継承第二位、現国王の弟だった。


「メイド、気をつけたまえ」


 重みのある言葉とともにウォータックはルミアを一瞥した。ラユトがちらりとルミアを見れば、彼女は冷や汗だらだらだ。

 ラユトは直立したまま右手を胸に当て、略式の礼をする。ルミアも慌てて立ち上がり、ラユトと同じ事をする。普段中央塔で仕事に没頭しているウォータックが西塔に来るのはどういうわけだろうか。


「西塔に御用ですか?」


 ラユトは普段なら絶対しない敬語を使って訪ねる。言葉が乱暴なラユトは敬語がむず痒くてなかなか使えないのだ。そのたびにクラメラに注意されるが、今のところレーリィンに対しての敬語は使えていない。

 猫をかぶるようになら敬語を使えるが、本性の知られているレーリィン相手ではどうしても使えないのだ。

 ウォータックは低く腹にずしりとくるような厚みのある声でうなずく。


「ああ」

「失礼ながら、そのようなお話は伺っておりませんが?」


 皇族といえども、一応面会は話を通してもらわないと困る。何だかんだで皇族一人一人が忙しく、予定も決まっていることが多いからだ。ウォータックの場合、人に自分の予定を管理されるのを嫌っている節があるが。


「叔父が姪の顔を見てはいかんのか?」


 思っても居ないようなことを平然というウォータックにラユトはかちんとくる。表情を変えない相手は何を考えているのか分からなくて嫌いだ。

 それでもラユトは使用人の立場なので非礼を詫びておく。


「……出過ぎたことをお許し下さい」


 素直に謝り、道を譲れば、ウォータックは何も言わず颯爽と歩いていった。もう五十に届く年の割には、その動きに隙は全くない。きびきびと規則正しく歩いていく様子は、さながら一人だけの軍隊だ。


「さすが前線の将軍ねー」

「元、だろ?」


 数十年前、この国は他国からの要請で軍事的介入をしたことがある。その時にウォータックはこのエルド塔国将軍として前線で戦っていた。当時の気迫は今でも存命らしい。びりびりと肌を抑えつけるような圧力は、一言二言だけでもかなりの冷や汗をかいた気分を味わえる程だ。

 ラユトは先ほどから気になっていることをルミアに聞いた。どうしてわざわざウォータックが西塔へ自ら訪ねてきたのか。


「今日って何かあるのか? ウォータック卿が直接西塔に来るような事」

「うーゆ……。あの人は気が向けばお姫様に会いに行くからねー」

「マジか?」

「マジマジ。でも、何を話しているかは知らないよー?」


 首を横に振りながらルミアは言う。ぶつけた頭はもう平気なのだろうか。本人が特段痛がる素振りも見せないので、ラユトは大したことがなかったのだと判断した。ルミアはどうやら打たれ強いらしい。


「まあ、俺らには関係ねぇか。さっさと掃除道具を取りにいくか」

「そだねー」


 ルミアは気を取り直してドアノブを捻る。

 中央塔に入った瞬間、西塔とは打って変わって人の往来が多くなり、ざわざわと声が溢れた。

 二人はせわしなく歩き回る人々の間を縫って、個室を改造して出来た四つある窓口のうち、西塔の扉から出て左手にある窓口に向かう。そこがこの階の、使用人用掃除道具関係の窓口だ。


「人口密度高いな……」

「中央塔だからねー。これでも南塔より広いはずなんだけど」


 確かに中央塔は南塔よりも広いが、


「そんなこと言ったら南塔と東塔の人口密度がすごいことにならないか? ここにいるのほとんど南塔や東塔の住人だろ?」

「そこは知ーらない♪」


 いいのかメイド。そんなテキトーに言ってしまって。

 ラユトは思ったが、何も言わなかった。

 二人は簡単に人混みをすり抜けて窓口へと到達した。カウンターにいるはずの人影は見えず、白いウサギのようなふわっとした何かがカウンターごしに見えるだけだ。


「キホウのおじさん、やっほー」

「おー、ルミアか」


 ルミアがカウンターに向かって声をかけると、真っ白でしわくちゃの小さな老人がぴょこりと顔を覗かせた。使用人専用掃除用具管理十階担当者、キホウだ。髪とお髭がたっぷりとしている割には真っ白なので、まるでユキウサギのようである。カウンター越しに見えた白いふわっとした何かは、キホウの白髪だったのだ。


「雑巾二枚とハタキ一本下さいなー」

「雑巾一枚で銅貨一枚、ハタキは一本で銅貨五枚。計、銅貨七枚じゃ」

「やっぱ金とるのかよ……」


 ラユトがげんなりして言うと、ルミアがさも当然のように切り返す。


「あったりまえよー」

「それが塔の経済政策じゃからな」


 国として小さすぎるエルド塔国内で経済を上手く回すには、物の売り買いは必須だ。消耗品などをいちいち配給していれば、倉庫の底がついてしまった後、他国から必要な物を買うための資金すら無くなる。その目安としての貨幣経済体制はどうしても必要なのだ。


「ラユト、ここじゃなくても、五十階か四十階の掃除管理担当所を使っているでしょー?」

「……備え付けのしかまだ使ってないから知らねぇよ」


 他国から来たばかりなので勝手を知らないのは当然だと思う。それでも郷に入っては郷に従え。そろそろ慣れなければならない。いつまでも新人扱いはしてもらえないのだ。

 ルミアがエプロンのポケットから掃除用具代の銅貨を七枚出して、キホウに渡す。


「小銭をそんなところに入れておくと落とさないか?」

「大丈夫だよー? 必要な分しか入れてないからー」

「それならいいけど」


 キホウが銅貨の数を数えて確認すると、ひょこりとカウンターの下に身を隠した。キホウの身体は本当に小さいのである。隠したわけではなくて、隠れてしまったのだ。


「あいよ」


 雑巾二枚とハタキ一本が放り投げられて、カウンターテーブルに落ちる。


「これでいいかな?」

「うん、ありがとー」


 ルミアがほのぼのと感謝の気持ちを伝えると、ラユトは雑巾とハタキを抱えた。

 キホウはそれを確認すると、またカウンターの下に身を隠した。


「……なんで隠れるんだ?」

「隠れてないよー。身長が無いから、イスに座っているとカウンターテーブルに隠れちゃうんだー」

「は!?」

「顔が覗いているのは、イスに立っているときだよ」


 どんだけ小さいんだ。

 ラユトは衝撃を覚えた。


「そんなことより掃除ー」

「お、おう」


 それでもラユトは、キホウの姿が見えないカウンターが気になってしょうがないようで、ちらちらと視線を向けてしまう。それを見咎めたルミアがラユトの首を無理矢理正面に向けた。


「痛っ!?」

「前を向いて歩きましょー」

「う……。はい」


 ガチャリと渡り廊下へ続く扉をルミアが開ける。

 ラユトが扉をくぐり、自身も扉をくぐり抜けてから、ルミアはラユトの前に滑るように割り込んだ。


「おっ、と」


 ラユトが足を止める。

 ルミアがいつにも増して真剣な表情でラユトを見た。ほわほわとまったりした雰囲気からは想像がつかない表情だ。先程の悪戯の時の気配とも違っていた。


「ラユト。人はね、なりたくてその姿になってるわけじゃないんだよ」

「何だよ急に」

「ラユトがキホウをジロジロ見てたから」


 ルミアが両手を腰に当てる。


「キホウが身長小さいのは仕方がないことなんだよ。珍しいとは思っても、決して不躾な目で見ていいものではないんだよ。個性が飛び出ている人はちゃんと人で、見世物ではないんだよ」

「……俺、そんな目で見てた?」

「うん」


 ルミアが頷く。


「あー」


 ラユトはばつが悪そうに頭をくしゃくしゃと掻いた。ボサボサだった髪が余計にボサボサになるが気にしない。


「次は気をつける」


 素直に反省すれば、にへら、とルミアが笑う。いつも通りの、のほほんとした雰囲気が周りを満たした。


「うん、ならいいよー」


 ルミアが荷物を抱えていない腕、左腕に抱きついてきた。そのまま歩き出したので、ラユトは引っ張られるように歩く。


「……歩きづらいんですけど」

「気にしちゃ駄目よー」


 いや、気になる。女子に抱きつかれるとか、ラユトの人生において今まで無かったことだし。

 ラユトは少しだけ照れて、真っ直ぐ延びる渡り廊下を歩き出した。

 ルミアにぐいぐい引かれるのは歩きにくいので隣に並んだが、すぐに西塔側の扉についたので腕はほどかれた。ラユトが扉を開ける。


「あー、エレベーター行っちゃった」


 ちょうど良いタイミングで上に上がっていくエレベーターが行ってしまった。他のエレベーターが来るには少し待つ必要がある。


「階段行くかー」


 たった二階分の移動なのでたいした手間でもない。



ウォータック「全く最近の若者は歩くことすらままならんのか」

ラユト「ごもっともで……」

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