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塔国のラユト  作者: 采火
継承編
30/34

29.メイドと執事の違い

 コンコン、と扉を叩いて彼女はレーリィンの部屋に入室した。

 部屋にはレーリィンだけがいて、こんこんと眠っているようだった。今夜は満月だが、カーテンがしっかりと閉まっていて二、三歩前程度しか見えない。

 彼女はゆっくりとレーリィンの眠る寝台に近づく。彼女自身の心音が、レーリィンの寝息をかき消すほど、レーリィンの寝息はか細かった。

 ゆっくり、ゆっくり。足音をたてないで枕辺に立つ。どうやら解毒薬を飲んだようで、穏やかな呼吸だ。

 夜がレーリィンの表情を消している。きっと穏やかな寝顔をしているのだろうと彼女は思った。

 そして彼女はレーリィンの首に手をかける───


「そこまでです、ルミア」


 寝台に横たわり、今まで安らかに目を閉じていた人物が、目を開く。しかし、その声はレーリィンのものではなく、


「メイド長!?」

「そうですよ」


 驚いて身を引いたルミアに、クラメラは起きあがって銀髪のカツラを外した。


「結構顔立ちが似ているでしょう? 姫様と私」

「また騙されたってことだよね、コレ」


 ルミアは悔しそうに唇を噛みしめる。


「暗殺者ルミア。一度目は許されても、二度目は許されませんよ」


 ルミアの目が暗殺者のそれになる。少しだけ、普段よりも固い声で応じる。


「懐かしいね。ルミアが最初、雇い主の命令で姫様の命を頂戴しに来たときもメイド長が身代わりしてたもの」


 クラメラが寝台から降りる。その手には布団の下に隠していたらしいナイフがあった。日頃のお仕置き用に使う食器ではなく、人と切り結ぶことを想定して研がれたナイフ。

 クラメラはくすりと笑う。


「事前に予告があるときは用意しておくんです。本当は別の人物が暗殺しに来てくれる予定だったので、面食らってしまいましたが」

「予告する暗殺者なんているの?」


 訝りながらも、ルミアはエプロンのポケットにそろそろと手を入れる。気づかれているだろうが、何もしてこないという事はクラメラに余裕がある証拠だろうか。ルミアはそれが腹立たしい。


「ええ。ルミアもよく知っている彼ですよ」

「んー、よく分かんない、かな!」


 ポケットから手を出してチャクラムを投げつけようとする、が。


「……!?」


 手が振りかぶった体勢で動かせなくなった。ギリギリと手首に何かが食い込む。


「糸……!? これ、トロルの時の──」

「当たりだ」


 ベランダへ続く大窓が突然開く。カーテンが風に揺らいで、満月の煌々とした明かりがが部屋に差した。

 一組の男女が満月を背に、ベランダから部屋に入ってくる。


「ラユト……! 姫様……!」


 ルミアが呻く。

 ラユトはまだ毒が抜けていないのに無理をして身体を動かしているレーリィンを支えつつ、ルミアから距離をとった所に立つ。


「ラユトは信頼できる暗殺者なんですよ」

「暗殺者に信頼なんてもの、あるわけない!」


 クラメラの言葉にルミアは異を唱える。


「ルミア。俺が旅をしている間スポンサーがいたの知ってるな? あのスポンサーが分かったんだよ」


 ラユトは懐から一枚のカードを取り出す。それは奇妙な出で立ちをしている道化師が描かれていた。


「ウォータック卿。あの人が俺のスポンサーで、俺を東聖霊和国から連れ出してくれた人だ。そのスポンサーからの言伝で姫さんの暗殺をしに来たんだが、今のルミアと同じでメイド長に返り討ちになったんだよなー」


 暗殺はダミーで本当はラユトの力を見るためだったらしい。ウォータックからの言伝には、現場で取り押さえられたら暗殺は中止で目標の意志に沿えともあった。だからラユトは今ここにいる。


「ラユトが暗殺者……まあ、納得。魔法が使えるだけの人じゃなかったんだね」


 ルミアが視線だけを寄越して言う。手首の糸は弛むことなく、少しでも動かせばますます食い込んできた。


「あんまり意味ないけどな。俺が姫さん付きの護衛になるための、腕試しだったしいから」

「ウォータック様の御墨付きとはいえ、私より弱い人が姫様の護衛とか冗談も過ぎますから。姫様付きの護衛は全員、ウォータック様が送り込んでくるんですよ。ラユトの他だと、ゼルウィガーとか」


 クラメラがルミアに近づく。

 ルミアはもう片方の手でチャクラムを構えた。


「ルミア、チェックメイトです」


 ナイフをルミアの首に添える。


「……どうしてルミアが今日やってくるって分かったの」


 苦し紛れの言葉を述べる。それにはラユトが答えた。


「ついさっき、お前らが地下牢で話してるの聞いたんだよ。だがいまいちお前の雇い主が俺じゃ分からなくてな。お前をハメるのが一番手っ取り早いだろうとメイド長が」


 ちらり、とラユトは一言も話さないで隣にいるレーリィンを見た。その姿は凛としているが、あまりにも静かすぎた。

 レーリィンはルミアがやってくる直前まで眠っていた。解毒薬は効いているようだが、顔色は悪いまま。起き抜けにルミアの裏切りを聞かせられて放心状態なのかもしれない。

 ルミアが来る前に、眠っているレーリィンを別室に移動させてクラメラを身代わりにしておいたのだが、彼女が起きて事情説明をするとルミアの元へ連れて行けと命令された。この目で確かめたい、と。

 廊下でルミアとばったり、は避けたかった。だから同じ階であるのをいいことにベランダからベランダへ跳躍した。ラユトの身体能力を持ってすればどうってこともなかった。


「ルミア、もう一度私に仕える気はないか?」


 ずっと沈黙していたレーリィンが初めて口を開いた。しかし、ルミアは目を臥せる。


「無理です。メイド長の言うとおり二回目はないもの。まして、ウォータック卿の息がかかっていないルミアなら尚更」


 ルミアが寂しそうに笑った。


「あーあ、奥の手使っちゃうしかないか」


 捕らわれていない方の手でチャクラムを口元に寄せる。


「───熱く烈しい竜の円月環」


 ふっ、と息をかけるとチャクラムが燃えた。



ゼルウィガー「皆今頃何やってるかなー」

ウォータック「まだ起きていたのか」

ゼルウィガー「姫様が夜中に目を覚ましたら、きっとお腹が空いていらっしゃるだろうと思って、すぐに作れるようにと」

ウォータック「ほう、感心だな」

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