02.お茶目な方のメイド
「じゃじゃーん、ルミアだよー?」
ひょこん、と。
熟れた林檎のように赤いツインテールを揺らすメイド服の少女が、扉の一つから顔を出した。柘榴のような赤色の瞳がクルクルと動いている。ラユトはその少女に声をかけた。
「ルミア、メイド長が俺と一緒に掃除しろだと」
「ルミア先輩と言いなさーい」
「俺より年下じゃねぇか」
「ルミアの方がお姫様に早く仕えてるもーん」
えっへんと胸を張るルミアの頭はラユトの胸よりずっと下にある。見た目からも分かるが、十八のラユトと比べて十四のルミアはとにかく小さい。成長期というものが、残念ながら、まだルミアには反映されていないようだった。
「はいはい」
「返事は一回だよー」
適当に相づちを打てば、ルミアが指摘する。仕方ないので頷いておいた。
「今日は何処のお掃除?」
「そうだなー」
ラユトは顎に手を添えた。
塔の中は吹き抜けになっている。吹き抜けている中心には四つの箱、通称エレベーターが設置してあり、自動で上下する仕組みになっている。階の移動にはこれを使う。一つのエレベーターは最大八人までが同時に入れる広さで、装飾もそこそこだ。
エレベーターと各階の吹き抜けとの境には柵があり、地上への落下を防いでいる。エレベーターは各々独立していて常にゆっくりと上下し、各階に一定時間止まり、バランスの良い巡回をしている。塔がいくら高いと言っても、上に行くのにそんなに待つ必要はないのだ。
また、塔の外壁とも言えるところに沿って小さなテラスが四つあるが、それは一階につき部屋が四つある証拠である。塔の規模自体が大きいので、窮屈とは感じさせない余裕があった。その部屋同士の間には階段もあるので、一、二階程度ならエレベーターを使わなくても済む。他の四つの塔も基本はこの造りだ。
ラユトはそんな塔の構造を頭に思い浮かべる。
そもそも、ラユトがこの国に来たのはつい最近のことだ。ある人物の手掛かりを求めてこの国に入ったのだが、その時にレーリィンにスカウトされたのである。本当はその人をすぐにでも探し出して会いたいのだが、入国直後の失敗ですぐには叶わないと悟り、レーリィンの世話になっている。
その時には既にエルド塔国についてある程度の知識は持っていたが、いざ現場で働けばその迷路のような同じ景観に惑わされ、目的地を見失ってしまう。それほどこの塔の造りは立派で、それでいて変わり映えがしなかった。
「十二階は? ちょうどルミアの管轄だろ?」
「おー、いいねぇ。あそこのお部屋はルミアだけだとお掃除できないからー」
「んじゃそこで。鍵は?」
「ぬかりないぜー」
じゃーん、とルミアは腰エプロンのポケットから四つの鍵が連なった鍵束を取り出す。ラユトはそれを視認すると、丁度上に上ろうとするエレベーターを待ってそれに乗り込んだ。ルミアもその後ろに続いて乗り込む。他に乗り込む人がいないのを確認し、落下防止の柵を閉めた。
滑り出すようにエレベーターは上に上がり出す。柵が開かれないと十五秒ほどでエレベーターは動き出してしまうが、柵が開かれている間は動かないので、なかなかのカラクリであった。
「いつ見ても凄いカラクリだな……」
「何を言ってるのー。この国はこんなの当たり前だよー? ルミアもじーつーはー、最近来たばかりだけどもう慣れちゃった!」
「……お前の順応性が羨ましいよ」
この会話だけでももうすでに三階分上がって五階だ。停止時間はあるが、各階の天井はそこまで高くないので、三階分といってもあまり時間はかからない。ふと、目の前に中央塔へと続く渡り廊下が見えた。
エルド塔国は国と言えるのが不思議なほど狭い国だ。
なのに国としての機能が成り立っている。この小国が大国と同等に渡り合えるのは砦としての機能が高く、国力もそこそこあるからだ。
塔の下に広がる畑や川。籠城するにはもってこいだし、農作業で鍛えられた男達はいざという時に兵士として動く。人口が増えすぎると危険だが、国を出て他国に移住する者も多いので問題ない。
他国から見てエルド塔国は驚異にしか見えないが、実際には弱点がある。
貿易だ。
貿易を止められてしまえば、足りない物資が補えなくなってしまう。軍事的に見たときに籠城の国と呼ばれるエルドは、その点では他国から劣勢を強いられてしまうのだ。色々な要素を考えた場合、エルド塔国程の理想郷は他には無いが、その分リスクもあるのだった。
ルミアが思い出したように手を打つ。
「あ、十二階の前に十階で止まろー。掃除道具運ばなきゃ」
「部屋にねーのかよ?」
「んー、一応あるけど雑巾とか古くなってるからさー。中央塔に行って貰ってこないと」
「御了解」
返事をしながらあくびをする。ルミアはきょとんとラユトを見た。
「寝不足ー?」
「まあな」
「何してたの?」
「五七四室の掃除」
「まだ管轄の階の手入れが終わってないのー? ダメじゃん。いーけないんだ、いけないんだー」
「お前もだろ」
「ルミアのは仕方ないもーん。掃除しても次から次へと物が入ってくるからー。いーけないんだ、いけないんだー、ラーユトはいけないんだー」
「うぜぇ」
歌うように節をつけながら笑うルミアの声を避けるようにして両手で耳を塞ぎ、ラユトは聞こえないアピールをする。
西塔の使用人には各自管轄の階がある。西塔の上階はほとんど倉庫状態で、輸入した衣類、食品、日用品などなどが分類されて各部屋に入れられている。一階につき四部屋あるので、三部屋を倉庫とし一部屋を使用人私室として使っている。
各自、管轄の部屋は各々で片づけをするが一人でやるには重労働。暇人が現れては定期的に手伝いに行かせるのだ。
ラユトは自分の管轄の部屋の汚れっぷりを思い出して、げんなりとした。
「俺の管轄、かなり放置されてたらしいからなー」
「西塔の五十階以上は王族用だけど、今は使わないもん。物資はそれまでの階で十分入るしねー」
「……何で俺が使わない部屋の掃除をしねぇといけねぇんだ」
溜息が落ちる。
ころころ声をあげてルミアが笑うが、ラユトにとってはかなり深刻な問題なのだ。
何しろホコリがすごい。ハタキをかけるだけでもうもうと莫大な量のホコリが出るのだ。口元を覆う布がかかせない。
「それに比べて、ルミアの部屋はいいよな。目の保養になる」
ルミアの管轄は女性衣類の倉庫となっている。華やかな女性の衣類は見ているだけで目の保養だ。全くもって良い。清らかで豊満な中身が入っていればなお良しだが、それはこの際良しとしよう。
「ラユト」
いきなりルミアが真顔になる。
「なんだ」
真顔になったから、ラユトも表情を引き締めた。
「今十一階だよ」
「は?」
ぱっと振り向けばそこはまだ九階で、
「……お前なぁ」
「あは♡」
ルミアが満面笑顔で親指を立てている。
ラユトはそれに軽くイラッとしながら、手を柵にかけた。十階で止まるタイミングで柵を開ける。
ゆっくりと降りると、ルミアがその後ろから着いてきているのを確認し、周りを見渡した。どうやら乗る人がいないようなので、柵を閉める。
「~♪~♪」
「そんな動き方するとコケるぞー」
ルミアはぴょこん、と変なスキップをしながら歩くので、ラユトは声をかけた。
「そんな細目だとコケるよー」
「ほっとけ」
ラユトは世の男が羨むような理想的な身体を持っているのに、それを猫背にしてだらしなく歩く。もったいない、非常にもったいないと知人に言われたこともあるが直す気はない。ちゃんとしていればどんな女性でも振り向かせられるだろうが、そんな気は全く持ち合わせていないからだ。
渡り廊下と塔をつなぐ、ガラス製の扉を開ける。風の強い日などは、渡り廊下は風がうなり声のように聞こえてきて怖いが、幸い今日はそこまで風が強くない。
ルミアが変なスキップのまま歩くので、ラユトはその後ろからダラダラとついて行った。
ルミア「あは、ラユトは後輩だからルミアの言うことちゃんと聞くんだよ?」
ラユト「はぁ?」




