27.死なない劇薬
バタバタと音を立てて、ラユトはレーリィンの部屋に飛び込んだ。
「姫さん!」
「こら、静かに」
騒がしく入ってきたラユトをクラメラが制す。
「姫さんが倒れたって……」
温室でレーリィンが倒れたと、メイドの一人が知らせに来たのは、もうすぐ夕方になる頃だった。テストを終えて少しの休憩の後、五十七階の掃除をしていた三人はそれを聞いて驚き、慌てて来たのだ。
「毒だよ。どうやら温室に置いてあった茶葉に毒が仕込まれていたみたいなんだ」
コックのエブロンをつけたゼルウィガーが、レーリィンが普段使っているテーブルに色々な道具を置いて座っている。道具の他にも青々とした植物や乾燥した根っこなどが所狭しと並んでいる。それらが解毒薬の材料だと気づくのに時間はかからなかった。
「お前……女装で毒詳しいとかまじで何者……?」
ラユトが思わず呟くと、不満そうにゼルウィガーは言い返した。
「僕の趣味じゃないよ、女装は。それに毒を調べたのは僕ではなく、家庭教師役のティファさんだ」
家庭教師のティファはラユトもよく知っている。レーリィン付きの使用人の一人で、金髪の少しおどおどしたタイプの女の子だ。無口すぎて会話が成り立ちにくいからか、レーリィンは彼女を苦手としているようだった。家庭教師としてレーリィンの授業をしていないときは、西塔二十四階にひたすら引きこもっている子だが、一応メイドだ。
「そのティファさんは人がいっぱい来ると言って部屋に戻ってしまったけれど。毒の処置とか看病の仕方とかのメモは僕が預かってる」
ゼルウィガーが調合を続けながら言う。
「犯人は分かってるのか?」
「……いいえ」
クラメラが一瞬躊躇ったかのように一拍置いてから答えた。
「そのお茶を入れたのは?」
「……私です」
クラメラが唇を噛みしめる。その表情は切羽詰まっていて、いつものクラメラの印象とは程遠かった。
「私が……! 私がしっかりしていたら……!」
クラメラが今にも泣きそうな声で言葉を絞り出す。涙こそ流さないものの、その表情は悔しさに満ちていた。
「メイド長、落ち着け。解毒薬あるなら姫さんは助かるんだろ?」
「そういう事ではありません! 茶葉に毒が仕込まれていたのです。もしかしたら姫様だけでなく、ウォータック様も毒に侵されていたのですよ!? これは完全に私の落ち度です。姫様に顔向けできません……!」
いつもすまし顔のクラメラが取り乱す。
その悲痛な面持ちに、ラユトは何も言えない。ラユトの後から着いてきていたリュイとコダカは、状況が理解できずにいる。
誰もクラメラにかける言葉を見つけられないでいると、ひっそりとレーリィンの枕元に佇んでいたウォータックが口を開いた。
「クラメラ、レーリィンは死んでいない。私も毒を飲んでない。後悔は態度で示せ」
ウォータックは青ざめた顔で眠っているレーリィンを一瞥する。
「ゼルウィガー、解毒薬の効き目が現れるのはいつだ」
「調合が終わってすぐ飲ませたとしても、今日の夜が峠かと。致死毒ではないらしいけど、即効性の毒のようだし、毒が身体中に回り始めてからの解毒になるから、お嬢様の体力に左右されてしまいますね」
「急げ。それが終わったら犯人探しをしろ」
「御意」
話している間もゼルウィガーは調合をしている手を止めない。解毒作用のある植物をメモ通りに次々とすりつぶしていく。
「クラメラ、お前は引き続きレーリィンの護衛だ。今度こそ守れ
」
「はい」
先ほどの取り乱していた表情を一瞬で消して、いつものすまし顔になる。仕事の顔だ。辛くてもやるべきことはあるのだと、そういう顔。
クラメラはいつも通りの表情をしたが、それが自分の本心を完璧に隠したものであることがひしひしと伝わる。その場の、ウォータック以外が気遣わしげに彼女を見た。
「さて。そこな盗賊だが……」
視線を向けられて、リュイとコダカは身構える。
「事態が事態だ。牢に戻ってもらう。お前達の身の潔白を証明するためにもその方がよいだろう」
「はっ。そのまま犯人が見つからなければオレらに罪を被せるのか?」
リュイが反射的に皮肉を言ってしまうが、ウォータックは気にしないで、
「違う。レーリィンが倒れたことは塔中に広まっている。王の耳に入るのも時間の問題だ。心配した王が盗賊の仕業かと思って牢を訪れたとき、真っ先に疑いをかけられるのは、牢に入っていないお前達だ。……あの王が娘を心配するとも思えないがな」
正論を突きつける。最後に付け足した言葉は独り言のように空に消えていくが、言いたいことは伝わったはず。
だからその正しすぎる言葉にリュイはばつが悪そうに黙り込んでしまう。コダカは最初っから何も言わずに、リュイの決定に従うつもりでいた。
「ラユト。お前は盗賊を牢に入れ次第、犯人探しだ」
「御了解」
ラユトは命じられて、特に何も言いはしないで素直に従う。反発する理由もないし、解毒薬もあるのであまり心配はしていない。自分の主が致命的な毒を飲んだというわけでもないので、そんなに慌ててもいない。まあ、最初に倒れたと聞かされたときは驚いたが。
「どうやって犯人を探せば?」
ふと思って聞いてみる。探すにしても情報が少なすぎる。
「温室に入っていった奴がいないか塔民から聞き出せ」
そこからか、とラユトは少しげんなりする。
「もしかしたらレーリィンが回復するかもと思って、ここに直接やって来るかもしれないが」
付け足すように言ったウォータックの言葉に何かが引っかかった。ラユトはすぐにウォータックの言葉を噛み砕いて、どこが何がおかしいのかを考える。こういう時の自分の感はよく当たるから。
「……犯人は戻ってくるのか?」
「当たり前だ。殺し損ねたのだから」
ウォータックが訝りながらも当然のように言う。
その言葉でラユトは気づく。
「即効性でも致死毒ではないのに、殺し損ねたと思って犯人は戻ってくるのか?」
見つけた矛盾点。ざっとゼルウィガーの調合している材料を見る。それはどれも手軽に入るものばかり。
どうして犯人は戻ってくると言えるのだろう。即効性だが致死毒ではなく、なおかつ解毒薬も簡単に手に入ってしまう毒で殺し損ねたと考えるのだろうか。それでは何のためにお茶に毒を仕込んだのか。
きっと別に目的があるのだ。殺人目的であれば、即効性の致死毒を使えばよいのだから。
ラユトに指摘され、その場の全員が息をのむ。
「……ラユト、キミって頭いいんだね」
「ああ?」
「姫様が毒を盛られたということに目が行きすぎてたよ」
ゼルウィガーの言い方だと、まるで犯人の目的を考えていなかったように聞こえる。
「普通考えるだろ」
「姫様が毒で倒れるなんて今までありませんでしたから」
基本的にレーリィンがクラメラと離れて一人になる寝込みを襲われることが多かった。毒を仕込む者は確実にレーリィンを殺そうとなるとその場で飲食物に仕込むしかない。だがレーリィンの食事は全てゼルウィガーが管理し直接クラメラからレーリィンに手渡される。その過程で毒が仕込まれるなどまず無いだろう。
今回はまるで無差別であってもよいような温室の茶葉へと毒が仕込まれていた。温室には鍵が掛かっていないが、もし掛かっていたとしても殺しのプロになればそんなもの障害にはならないで簡単に忍び込めてしまう。
「それに姫様を殺そうとする輩は皆、その場で即確保。捕まえた後にその目的を聞き出していましたし」
「はは……」
クラメラのなんとも言い難い強行手段に、ラユトは乾いた笑みしか出ない。身に覚えのあるラユトはもちろん、ゼルウィガーは目を逸らすし、後ろにいるリュイとコダカもあさっての方向を見ている気がする。
ともかく、犯人を探さなければいけない。相手に何の目的があるにしろ、見つけだして自分の行いを悔い改めさせなければならない。
本来なら犯人の目的を考えて逆算するように犯人を追っていくのが楽だが、情報が少なすぎるどころか情報が全くない状態でそれはできない。ラユト達にできるのはどんなに小さな手がかりでもいいから地道に見つけることと、レーリィンを守ることだけだ。
目下の所、それ以外の手は思いつかない。
「んじゃ、ちょっとこいつら牢にぶち込…………戻してくるか」
「にーちゃん今牢にぶち込むって言おうとしたな!?」
「ははは〜」
取りあえず、ラユトはリュイとコダカを連れて北塔の牢へ連れて行くことにして、二人を廊下へ追いやった。
ラユト「さぁさぁ、キリキリ歩けー」
リュイ「なー、にーちゃん。家庭教師役ってのはどんな人なんだ?」
ラユト「どうしたんだ今更」
リュイ「今まで一度も出てきてないのに存在感あるなーと」
ラユト「……気にすんな」




