26.皇女の理想論
三人と別れたレーリィンとクラメラは、西塔から出て温室へ向かった。てくてくと畑エリアを通って行けば、昼間からもせっせと作業に従事する塔民の姿が見られた。
「姫様ー、ご機嫌麗しゅう」
「お姫様だー!」
「こんにちわ、姫様」
「うむ。皆、こんにちわ」
次々と声をかけてくる塔民に、レーリィンは微笑んで手を振る。
「相変わらず好かれてますね」
「嫌われ者よりは良い」
「暇ができても基本は部屋に閉じこもっているというのに」
「うるさいなっ」
あまり部屋の外に出ないレーリィンが塔民からの信頼を得ているのは、ひとえに先祖代々伝わる銀髪のおかげといえよう。エルド塔国隆盛期からの伝統的銀髪はエルド塔国後継者であることを正しく示してくれるもの。自分自身に対する信頼ではないので、少し寂しいが。
ゆっくりとした足取りで温室まで歩く。
陽当たりはよいもののひっそりと建っているので、温室の周りは人気がない。高価なガラスで作られた温室に悪戯されると困るので、人気がない方が好都合なのである。
「さあ、お花はどうなっているかな」
「あら?」
ほくほくと花を見るのを楽しみにしていると、クラメラが何かに気づいたようだった。
「どうした、クラメラ」
「あちらにウォータック様が……」
クラメラが視線を向ける方を見てみると、確かにウォータックがいた。彼は今まさにレーリィンの温室へ入ろうとしていたところだった。
「叔父様、いかがしましたか?」
「……ああ、レーリィン。そっちにいたのか」
ウォータックはレーリィンに気づいて、温室に入ろうとするのをやめた。
「お前に用があってな。こちらへ行こうとするのを見たという者がいたから来てみた」
「私にですか?」
いつもならウォータックはレーリィンが部屋にいなくても探しには来ない。それなのに今日に限って、しかも自らウォータックが探しにきたということは、何かがあったのだろうか。
「まずは何から話せばいいものか……」
「ひとまず温室に入りましょう。立ち話もなんですし、温室の中にテーブルとイスが置いてありますから」
「ああ」
レーリィンはウォータックの言葉を遮った。クラメラが温室のドアを開ける。温室は全面ガラスなので、ドアなども言わずもがな、丁寧にあけなくてはならない。
最初に温室の主であるレーリィンが入る。ふわりと甘い香りが漂ってきた。いつもより香り高いそれは、リュイとコダカが丁寧に手入れをしてくれているからか。
ウォータックを招き入れ、クラメラに温室の入り口近くにある小さなお茶入れスペースでお茶を入れるように伝える。クラメラは当然のように、言われる前にはその様に動き出していた。
奥へ進むと温室の中央辺りに小さなスペースが空いており、白いテーブルと白いイスが四脚置いてあった。レーリィンとウォータックは向かい合うようにしてイスに座る。
すぐにクラメラが戻ってきた。ハーブティーの入ったポットとカップを二つトレイに乗せて持ってきて、レーリィン達の目の前でお茶を注いだ。お茶菓子が無いので、レーリィンはちょっぴり不満げだ。
クラメラがお茶の準備を整えて、レーリィンの後ろに直立するのを見たウォータックが口を開く。
「……とんでもないことになった」
ウォータックは肘をテーブルについて頭を抱えるような体勢をとる。めったに顔色を変えない叔父の表情に、レーリィンは訝しる。
「一体どうしたのです」
「先ほど使者が来た。ラミレスが随分と帰ってこない偵察の死を知らしい。どうやったのかは知らないが、どうやらお前が盗賊頭を生かしているのも伝わっているようだ」
レーリィンが息を飲んだ。
「たぶん行商だろう。あのスィークという行商から漏れた可能性が高い」
スィークは盗賊を捕まえた翌日にラミレスへと戻っていた。スィークがすぐにラミレスに報告し、それから使者が来るのを考えれば四日という日は早くも遅くもない。だがどうやってスィークは盗賊頭の生存を知ったのだろうかという疑問が浮かぶし、ラユトの信頼関係からして彼の性格上にわかには信じがたい。
「……お父様はなんと」
「盗賊の即時処分を提案された」
「……議会は」
「必要以上に盗賊の処分を引き延ばせば怪しまれる。私から議会に、なんとか怪しまれない日程を組めと言っておいた。レーリィン、例の盗賊頭達を今のうちに牢へ戻せ」
ウォータックの厳しい声に、レーリィンは思案する素振りを見せる。だが実のところ、レーリィンは答えがでていた。
レーリィンはにっこりと微笑む。
「嫌です」
ウォータックが眉を寄せた。
「どうする気だ」
「ラミレスの使者を殺したのは、はぐれトロルということにします。エルド兵が行ったとき、盗賊はトロルに襲われていた。盗賊の生き残りをエルドは保護。よって盗賊に窃盗に関する刑は執行しても、ラミレスの使者に関して盗賊は無関係の姿勢でいきます」
「それもいつかは露見する」
「盗賊頭には改心の兆しが見られますし、ここで彼らを手放すのは勿体ないですから。あのリーダー性を用いて、盗賊をエルド兵に組み込めばエルド兵の強化につながります。彼らに行商の護衛やエルド門番の仕事を任せればきっと役立ちますよ。それを懲役としてはいかがですか」
レーリィンは一息に喋ってお茶を飲む。温かい液体を嚥下すると、ハーブの香りに混じって温室にはない不自然な甘い匂いが鼻腔をくすぐった。その微妙な香りに少々顔をしかめる。匂いが混ざってあまり好ましくない。
「レーリィン。味方作りに少し焦っていないか」
唐突なウォータックの言葉にレーリィンはきょとんとする。
「お前が王位継承するまでまだ数年かかる。今、そんなに人を集めてどうするのだ。お前の継承はほとんど決まったもので、誰も邪魔はしない」
「……叔父様」
「十分なのではないか? 元盗賊頭自体に力はないのにどうして拘る」
ウォータックの言いたいことは分かった。ウォータックはレーリィンに、無意味な物を抱えようとするなと言っているのだ。盗賊はレーリィンにとって益にはならないと。
レーリィンは味方が欲しい。それも、彼女に絶対の忠誠を誓う味方が。
レーリィンは首を振った。喉に絡みついている甘い香りのせいだろうか、少しだけ思考がまとまらない。
「人材発掘は大切ですよ。味方が欲しいのは本当ですが、それよりも私が将来楽できるほど優秀な人材を集めておきたいのです」
「何故だ。何を考えている?」
レーリィンが普段の表情よりも幾分か凛とする。
そして、未だ誰にも告げたことのない己の密かな野望をはっきりと告げる。
「エルド塔国の完全民主化。民主主義といいながら王様がいるのっておかしいじゃないですか」
レーリィンの予想外の言葉にウォータックは目を見張った。
「それは。……多くの問題がでるし、下手をすると反発する奴がでるぞ」
「そのための武闘派使用人です。彼らがいれば暴挙に出た者を打ちのめせますから」
レーリィンは笑う。
その為にウォータックに腕の良い、クラメラとも渡り合えるような強い人材を求めたのだ。そうやって知り得た使用人にレーリィンの側仕えを命じている。
「クラメラを筆頭に何人かいますが、彼らはまだ私の完璧な味方とは言い難い。叔父様への忠誠の名残が見受けられます。叔父様が私を見限って裏切るかもしれませんし。……最後のは冗談ですが」
ねっとりと甘い香りに頭が浸蝕されている気がした。思考がどんどん鈍くなっていくのが感じられる。外の空気が恋しかった。
「……分かった。そういえば一人見慣れない使用人がいたが……」
ウォータックの声が急に小さくなる。
よく聞こえなくて耳をすますが、耳鳴りが邪魔をする。
視界が、ぐにゃりと歪んだ。
「…………?」
世界が真っ赤に染まって、知らず知らずのうちにレーリィンの身体は傾いた。
レーリィン「何か今回私ろくでもないことになってないか?」
クラメラ「本編シリアスに入るんですから発言は自重して下さい!」




