21.庭園魔法講義
春爛漫。まさにその言葉を体現している、ふわりと甘い匂いに満たされた空間は、命萌ゆる緑や愛らしく咲く小さな白やピンク、凛としている青や情熱的な赤色が視界を楽しませてくれる。
西塔側にある城壁の近くの温室は、特殊な方法を使って生産されている貴重な厚めのガラスを四方八方に使って、太陽の日差しを全て受け止めるような建物になっている。
ラユトはその温室の入り口側で雑草処理をしていた。
「にーちゃん、そこにも雑草残ってる。コダカ、その木の剪定さ、上の方もやってくれ」
「……なんで俺お前らの仕事手伝ってんだ!? 俺も仕事あるんだが!」
今の今まで大人しくリュイの指示に従っていたラユトだが、とうとう痺れを切らして叫んだ。
「くそっ、ゼルウィガーどこ行きやがった! 一番暇そうなあいつだけでお前らの監視すればいいじゃねぇか!」
「コック殿なら姫殿にお菓子を作ってやる約束をしていたと言って、随分前に出て行ったが」
「お前の監視だろ、筋肉!」
「にーちゃん、落ち着け。オレらは監視がない方が楽なの分かるだろ? 犯罪者だし」
「開き直んな! 犯罪者なら犯罪者らしくこの好機に逃亡するなりなんなりしやがれ! 捕まえて処刑台に連れてってやる!」
「はっはっは〜」
リュイはにかっと笑う。
数日前にリュイとコダカはクラメラの地獄の教習期間を見事に終え、庭師として働き始めた。リュイは細かい作業を得意とし、コダカは力仕事を得意とするので、持ちつ持たれつでなかなか良い仕事をする。
午後からは監視する側のラユトやゼルウィガーの仕事があるのでそちらの手伝いをさせるが、午前中一杯はこのレーリィン管轄の温室で草木いじりに精を出している。
レーリィンのこの温室は、気が向いたとき彼女自身かクラメラによって手入れされていたので、細かいところまで作業は行われていなかった。だがリュイとコダカが来たことにより、以前よりも丁寧に管理されることとなったので、草木の成長は素晴らしいものとなっている。
ぶつぶつと文句を言いながら雑草を引き抜いていると、リュイがすり寄ってきた。
「なぁなぁ、にーちゃん」
「なんだよ」
「オレさ、ルミアのねーちゃんに体術教えてもらいたいんだけど」
「はあ?」
ラユトは手を止めて、リュイを見た。
リュイはラユトにすり寄っていきながらも雑草を引き抜く作業は止めずに続ける。その横顔は真剣だ。
ラユトは軽く瞠目して、
「犯罪者だから却下」
「ええー。差別反対ー」
切り捨てた。
誰が犯罪者に余計な力をつけさせるか、と思う。
ラユトはバカではないので、ちゃんとそこの分別がつく。それにリュイの体格からして、体術には向いていない。小柄のルミアと変わりないが、ルミアの体術は小さい頃から叩き込まれたものの賜物だ。簡単に真似はできない。
「いーじゃねーかよー。オレだってかっこよくなりたい」
「リュイ、お前は強くならなくてもいいだろう? 儂が居るのだから」
コダカがその巨躯に似合わず、きょとんとする。
「オレだってコダカみたいにかっこよく仲間を守りてぇ」
「リュイには切り札があったではないか」
「にーちゃんみたいなインチキのせいで呆気なかったじゃんか。オレのトロル」
「インチキ言うな」
ラユトはじとりとリュイを睨んだ。
別にインチキではない。れっきとした魔法だ。ただしそれは東聖霊和国の専売特許のようなもので、大陸中に浸透していないだけなのである。
「だったら魔法の仕組み教えろよー」
「だーから、犯罪者に教えるかっての。てか教えたとしても多分お前には無理だ」
「なんでだ?」
「素質がない」
ズバリと言う。
「なんだと!」
「コダカにもない」
「儂はこの肉体美さえあれば問題ない」
誰も頼んでいないのにポージングをするコダカ。ラユトは温かい温室の温度が一気に上昇して、暑くなる錯覚がした。
「素質って何だよ」
リュイが食い下がる。
「んとな、魔法ってのは聖霊との会話で不思議の力を使うんだよ。会話するわけだからコミュニケーション能力が無い奴や相性が合わない奴には無理だ。聖霊は結構繊細だから、柄が悪かったり筋肉だったりするお前らには到底無理だ」
「ええー」
リュイが口を尖らせる。
見た目で判断するとルミアが怒るな、と思いつつもラユトは軽く言う。
もしかしたらリュイやコダカも気を悪くするかもしれないと思ったが、二人は普通に作業を続けているのでそれは考えすぎのようだ。
「まだ理由はあるぞ。お前魔具持ってるだろ。なのに魔法の存在に気づいてない」
「魔具?」
「それだよそれ」
ラユトはリュイの胸元を指さす。
リュイの首には細やかな文様の入った、銀の犬笛のような物が下げられている。ラユトはそれを指し示したのだ。
「これ?」
「おう」
リュイが気前良く差し出してくれたのでラユトは遠慮無しに受け取る。ざっと眺めて気づく。紋様が自分の知っている物とわずかに違うことに。
「どこで手に入れたんだ? 原型は東聖霊和国だと愛玩動物の教育用に使われてる魔具なんだが。一般流通してるし、相性が良ければ誰でも使えるって事で密輸阻止品目第一位の魔具なってんだけど……。紋様が違うな。魔法構成上の意味は同じだが、随分古い構成の型だな」
「にーちゃんの言ってることはよく分からんけど、それ、昔から持ってるんだよな。いつから持ってるかは知らないよ。オレ、一年以上前の記憶持ってないから」
「は?」
「ラユト殿、リュイは記憶喪失でな。ふらふらと街道を歩いていたのを儂が保護したのだ。その時には既にトロルを従えていて、諫めるのが大変だったな。敵意むき出しのリュイに食ってかかったのは無茶だったと反省はしたが、今では可愛い弟分だ。もともとは儂が頭だったのを、リュイを頭にして話を納めたのである」
「懐かしいなー」
ラユトは眉根を顰めた。なんだそれ、と思った。
ラユトはさらに深く追求しようとしたが、その前にリュイが話を蒸し返す。
「なぁなぁ、だからやっぱ体術だな。教えてくれるように頼んでよ、にーちゃん」
素質がないときっぱり言われたことで魔法のことは諦めたようだ。しかし体術の方は諦めきれないようで、しつこく言ってくる。
「あー! うぜぇぇぇええ! そんなにやりたいなら、俺の貴重な午後を使ってテストしてやる」
「え。にーちゃんが?」
リュイが信じられないとでも言うように目を丸くする。
「俺じゃ不満か?」
「だってねーちゃんの方がすごかったから。跳んだり跳ねたり」
「ラユト殿に儂は負けたぞ」
「あ、そーいやそうか。剣折れたりインチキ使ったりでその印象無かったわ」
どうやらラユトはリュイの中で体術ができるイメージが無かったらしい。その事にちょっぴりへこむ。
「……体術と言っても種類があるからな。俺のは跳んだり跳ねたりよりも、最小限の動きを意識してるから」
「地味だ。やっぱねーちゃんに習いたい」
真顔で拒否される。
どうやらリュイは格好良さを追求するお子様のようである。捕まえられて搬送されている途中に行われた事情聴取では十四と答えていた。ルミアと同い年のようだが、精神的にはルミアより幼いのかもしれない。ルミアの言動も十分幼く見える方だが。
ラユトは青筋を額に浮かべた。確かに自分の戦闘は地味に見えるかもしれないが、戦場では体裁よりも実力なのだ。ルミアの跳んだり跳ねたりだって、実際には見えそうで見えないアレの為のものだったのだし。
結論、こういう奴はちゃんとその身をもって分からせないといけない。
「種類は違えども体術は体術だ。俺のテストで見込みがないと判断したら、諦めろよ。ルミアに教えてもらっても無駄だからな」
少し厳しい口調で言う。犯罪者には教える気はさらさらないので、テストの結果が良くても、見込みがないと判断する気満々だ。
内心そう思いつつも表情には出さない。出してしまったらこんな回りくどい方法で諭す意味がなくなってしまうから。
「おお! やった!」
「むぅ、儂の存在意義は……」
「大丈夫だコダカ! オレら二人で仲間を守るんだからな!」
「言っとくけどお前らの仲間は当分牢獄だからな」
ラユトは一応釘を差す。
「ははっ。牢から出た後の話だよ」
嬉しそうにリュイが笑うが、もしかしたら彼らは一生牢屋生活かもしれないのだ。
その能天気な返事にラユトは呆れるばかりであった。
リュイ「魔法おーしーえーろーよー」
ラユト「国家機密だっつーの。俺も国から出るとき死にかけたんだからな」
リュイ「は?」
ラユト「重要性が高いって事だ」




