20.舞踏会のざわめきの中に
ざわざわと東塔一階ホールがざわめく。
着飾った婦人や紳士が互いに手を取りあってホールを巡る。奏でられる弦楽器のゆったりと響いていく音に合わせて、くるくると優雅に踊る。
王妃が盗賊討伐記念に催したダンスパーティー。めったにない祭り事に塔民は浮き足たっている。
豊かではあるけれど、のんびりとしていてあまりお祭り騒ぎの無いエルド国は、こんな時でもないと塔民は日頃の労働を忘れて騒ぐことはない。
塔民から選ばれた王族入りした者、つまり現王妃がその塔民という視線のままで考え、実行する行事は塔民の為にある。
塔民の生活意欲の向上という、とても大きな役割を持たせる大切な仕事だ。実際の運営は王妃付きの使用人達の役目なので、王妃自身は企画を担当するだけだから大きな労力はいらない。だから特別な知識がいらない。
東塔は最上階に王妃の住む部屋を持っている。基本的に塔民の住む南塔と同じ作りだが、一階から五階までダンスパーティー仕様となっており、煌びやかな飾り付けがあちこちにしてある。
そもそも東塔五階までは、部屋が一切無いホール状態の構造となっているので、明かりを灯し、花を飾り、机や椅子を少し設置するだけで会場準備は殆ど終わる。
一階と二階は人々が楽しそうに笑い踊るダンス会場。そこへオーケストラが三階から壮大な音楽を響かせる。四階は子供達が楽しめるようにと手品師や吟遊詩人がちらほらと見え、五階は立食ができるよう美味しそうな食べ物が並ぶ。
夢のような建物だ。
しかし、その場所にいるのは若者や妙齢の女性が中心で、中年男性や老人など、華やかすぎて目に痛いとダンスパーティーに遠慮してしまう人達は、東塔の外で大きな火を焚いて宴会をしている。各々が笑って楽しめる現王妃の計らいは見事なものだった。
賑やかなホール一階中央のエレベーターの向こう、外の扉から一番遠い位置に置かれた椅子に、静かに座っている少女がいる。
湖の底のように鮮やかな蒼い生地に翡翠色のレースやフリルのリボンをあしらった二色のドレスを身にまとい、白色の大輪の花を一輪、胸に差している。月光の輝きのような銀髪は、ドレスと同じ二色が使われたバレッタでまとめられている。
蒼と翡翠で彩られた月の精霊、と目の前を過ぎ去って行く塔民に囁かれている少女。レーリィンだ。
その前には執事服を着る男が二人。
着慣れたラユトと着慣れないリュイだ。
少しだけ居心地が悪そうに身じろぎしながらリュイは言う。
「本当にバレねーのか、ねーちゃん?」
レーリィンは脱獄したことは伏せられていると言うが、リュイはまだ半信半疑だ。レーリィンの考えが読めず、探るような目で彼女を見ている。
そんな事は気にしないで、レーリィンは手元のお茶を一口飲んだ。
「うむ、根回しはしてあるからな。ラユト、ご苦労だった。リュイはお前ほど役者ではないようだから、クラメラに徹底的な教育を任せるか」
「役者って人聞き悪いな……」
「間違ってないだろう? そうだな……、二日で使用人としての心得を習い、三日目に実際の仕事を初めてもらおうか」
ニヤリと笑う。
使用人としての基礎のあったラユトもクラメラの教育を受けたが、それはもう鬼のような所業の数々だった。思い出すと思わず表情がひきつってしまう。それを二日で基礎からやるとなると、リュイは耐えられるのだろうか。
ラユトがリュイを心配していると、リュイは別の人物の心配をしていた。
「コダカもか?」
リュイが気になったように言う。
実はコダカもレーリィンの計らいでリュイと一緒に脱獄させた。コダカの体格はさすがに目立つので、今は西塔でルミアとゼルウィガーと一緒に待機をしている。もちろん、彼も執事服を着用中だ。
あくまでリュイとコダカはレーリィンの使用人としての行動を許されているのであって、それ以外の自由は犯罪者ゆえ許されない。当然、行動はそれぞれに監視がつくものとなる。
クラメラの教養必修中はいいが、それ以外の時間はラユトがリュイに、ゼルウィガーがコダカにつく予定だ。
レーリィンは神妙な顔でうなずく。
「監視はつくがな。お前の監視はラユトだ。監視と言っても建前でしかないから、先輩執事である彼に分からないことは聞けばいい」
レーリィンが言って、ラユトに向き直る。
「ということだ。頑張れ」
「すごい唐突だな!? 俺、そんなに頑張りたくねぇんだけど!」
「部屋割りはそうだなあ、監視もかねてラユトの階でいいか。どうせ部屋広いんだろう?」
「なんでそうなる!? 俺担当の階の掃除が楽になりそうだけどな!」
「おー、じゃついでに五十八階も頼む」
「使わねぇよな!?」
実は西塔、五十階以降の階は、ラユトの使う五十七階を除いて全く使われていない。なのに掃除は任され、部屋割は他の使用人よりも離れている。レーリィン付きの使用人は実際の所、三十人程度しかいない。レーリィンの側近となると十にもみたない。他は各階の掃除のためにいると言っても過言ではない。
レーリィンは塔の二階の部屋を好んでいるので、それ以降の階に一人ずつあてがわれているのだが、ラユトだけそれらの階から離れているのだ。しかも目的用途の分からない部屋の掃除もさせられている。
レーリィンの意図が掴めないのはラユトもだった。
「気にするな。さて、じゃあ話はおしまいだ。リュイ……いやガーデナー君、頑張ってくれよ」
レーリィンが微笑んで、これ以上の話はないと打ち切った。
レーリィンを人の多いところにおいておくのは一応側近としてなっていないと小言を食らうので、クラメラがレーリィンに頼まれていた料理を取ってくるまで待ってから、ラユトとリュイは東塔を去った。
クラメラは料理を取るのに時間がかかっていたようだが、五階まであがる必要があったと思ったら、それも仕方ないと言えよう。
そして真夜中、とうとう王妃主催のダンスパーティーは終わり、一時の夢の終止符を塔民は迎えた。
☆☆☆
ラユト達三人がダンスパーティーの会場で話し合っている頃、中央塔五階厨房室にて。クラメラは出来立てのサーモンのムニエルを持って、レーリィンの所へ戻ろうとしていた。
「クラメラ」
その背中を聞き慣れた声の持ち主に呼び止められる。
クラメラは特段驚いた様子もなく立ち止まった。
「何でしょう」
「八年前、東方で共に旅した奴を覚えているか」
「ええ。覚えております」
「来たな」
クラメラが頷くと声は意味ありげに笑う。彼が笑みを見せることは殆ど無いので、貴重なものを見ました、とクラメラは思った。
「レーリィン暗殺に失敗したのは、お前の方が強かったか、はたまたこちらの意図に気づいて手を抜いたか……」
「八年前は私と同等でしたし、今回のことを考えれば後者かと」
「魔物相手に怪我はしなかった程度だろう」
「まぁ、武器が武器ですし。本人は剣を好みませんから、苦戦はするでしょうね」
本来は彼自身でその見極めをする予定だったが、運悪く伝聞するしかなくなってしまった。しっかりとした判断はまだ時期尚早な気もするが、そんなに待ってはいられない。
「レーリィンにジョーカーを預けたことは話してある。これで駒は十分だろう」
「では、見慣れないトランプを斬るタイミングはいつがよろしいでしょう?」
「それは向こうが本格的に動き出してからだな。もう時間がない。ラミレスが動き出してしまう。その前にレーリィン暗殺を」
「分かっております」
クラメラは淡々と返す。
そして何もなかったかのように歩き出した。
レーリィン「遅かったな。何かあったか?」
クラメラ「いえ、何もありませんでしたよ」
レーリィン「そうか、ならよい……というわけでムニエルくれ」
クラメラ「……姫様、さすがに一国の王女が食い意地張ってるのはどうかと思うのですが」




