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塔国のラユト  作者: 采火
塔国編
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01.出不精皇女の起床

 今日も今日とてお仕事だ。

 黒髪黒目で黒い執事服に鮮やかなライムグリーンのネクタイを締めた寝癖だらけのラユトは、ノックをしようとしてふと思いとどまる。もし部屋の主が寝ていたら迷惑になるかもしれない。少しだけドアを開いて中の様子を覗いてみることにした。

 広い部屋のカーテンから零れる太陽の光が寝台に横たわる部屋の主の顔を照らす。部屋の主は可愛らしい顔立ちの少女、レーリィンだ。

 レーリィンはむくりと起き上ったが、ちらちらと光に目を射抜かれて眩しそうに顔を歪めると、布団を被り直してしまう。


「って、被り直すなよ姫さん!」


 結局、ドアがノック無しで開かれた。声が上がると同時にむくりとレーリィンは再び起き上がる。

 さらさらと月光が集められたような銀髪に、深い若葉のような碧眼。透き通るような白い肌。顔立ちは幼いのに美人だ。十五歳という年齢には不釣り合いな美しさを持っている。


「うむ。おはよう、バトラー君」

「おはようじゃねぇよ。もう太陽が上まで来てる」


 ドアの前に佇んでいたラユトが、つかつかとレーリィンのもとへ近寄った。黒ずくめというに限るラユトは格好通り、そして彼女の言う通り、彼女の執事である。

 レーリィンはぐぐっと伸びをする。寝癖がひどく、服もかなり乱れていた。


「もうそんな時間かー」

「姫さん、寝癖がひどい」

「ん、バトラー君もだよ」

「ああ、これは失礼……って違う! これ寝癖じゃねぇ! 俺今日一睡もしてない!」

「そーなのかー」


 ラユトが力一杯叫ぶが、レーリィンは華麗にスルーする。

 確かにラユトの目元はクマが酷く、言葉通りに寝不足であるのを主張していた。執事服もよく見ればヨレヨレで、寝癖だらけの髪はきちんと身支度されていない証拠になる。仕方ない、身支度する暇も無しに仕事場から直接ここに来たのだから。

 ラユトは大股でレーリィンを通り越して、テラスに続く大窓のカーテンを全開にする。振り返れば、彼女は眩しそうに目を細めていた。


「……まぶしい」

「これくらい我慢しろ」

「ううー」

「もうすぐメイド長が着替えを持って来るだろうから、それまで待ってろよー」


 他のカーテンを開けて回りながら言う。返事がないな、と思って振り返れば、レーリィンは寝台に逆戻りしていた。


「こらこらこら」


 掛け布団を引き剥がす。

 レーリィンは体を丸めて寝る体勢になっていた。

 レーリィンは掛け布団を引き剥がされると、低く唸って枕に抱きついた。てこでも動く気が無いらしい。


「メイド長に怒られるぞ」

「クラメラは私に甘いから大丈夫」


 枕に顔を埋めたまま、左手で親指を立ててくる。

 ラユトは溜め息を付いた。



 この少女、これでも一国の姫としての自覚があるのだろうか。彼女はまぎれもない、このエルド塔国第一皇女である。




 エルド塔国は五つの塔から成る国だ。空高くそびえる塔。それが五つ建ち、一定の高さごとに渡り廊下があるというシンプルな造りで城のような国。


 一番南に建つ塔は、一階から最上階の六十階まで塔民のための居住区となっている。そこで彼らの生活が営まれ循環しており、それはそれは賑やかな塔である。

 塔を囲む城壁の中は畑だ。そこらじゅう畑。穀類や野菜はそこで栽培できるし、牧畜だって出来る。水は北東から南東に横断している川から引くことができるし、他国を相手に貿易をする者だっているから、日用品にも困らない。

 南の塔に住む国民には、これ以上はない素晴らしい国とも言える。勿論、仕事はしなければならない。けれど各々が塔の管理や農業などといった、しっかりとした職業につけるので食いっぱぐれることはない。エルド塔国が大陸一の循環国家と言われる所以だ。


 所々装飾に凝っている東の塔。ここも塔民のための居住区で六十階あるが、南塔と違って一階から五階まではダンスホールとなっており、最上階には王妃が住んでいる。

 本来ならば王妃達が絢爛豪華に過ごすために建てられた後宮とも呼べる塔なのだが、王妃達は南塔から選出された者達ばかりだったので、現実的思考から、建てられてすぐに東塔を国民に開放したのであった。彼女達は己の利より他の利を優先する、賢妻の鏡であった。その名残もあって、華やかでありながら落ち着いた空間、それが東の塔である。


 厳かな北の塔。そこは王の塔だ。

 二階に謁見の間、最上階に王の部屋という配置となっている。一階の奥半分には地下牢への階段があるが、二階に続く階段がある手前半分と壁で仕切られている。地下には牢があって、三階分が虜囚のためのスペースとなっている。王の安全のため、王付きの使用人と王族以外は中央塔から伸びる通路を通るのを禁じられているので、六十階あっても、人気がないからどうしても寂しい印象を受けてしまう。

 ついでに言うと現王とレーリィンは仲が悪く、レーリィンでさえ数えるほどしか北塔に入ったことはない。


 中央塔は五十階しかないが、そこは国家機関の密集地帯だ。つまりは役所だ。それなりに人がいる。たった一城からなる国の、あえて言うなら首都と言うべき塔だ。


 そしてレーリィンのいる西塔。ここは皇子皇女の住む塔兼倉庫だ。今はエルド塔国の唯一の皇女としてレーリィンが住む以外は、貿易による商品倉庫となっている。この塔はレーリィンの塔とも言え、その中でレーリィンは二階の一室を自室として使っていた。




 レーリィンは足をパタパタとさせて、寝台から出たくないアピールをする。ラユトは肩を落として溜息をついた。


「さっさと起きてくれ。メイド長に怒られるのは俺なんだから」

「怒られとけ怒られとけ」

「はぁ? 絶対嫌だ。メイド長が怒ると必ずと言っていいほどナイフが」

「私が何ですか?」


 ざしゅっ。


 鋭い風がラユトの右頬をかすめた。サクリと何かが風の延長線上の壁に刺さる。ラユトがそれを見れば、何の飾り気もないただの銀ナイフだった。

 ぎぎぎぎ、と顔をそのナイフの出所へ向ける。


「メ、メイド長……」


 丁度ラユトの数歩分後ろに、豪奢な空色のドレスを手に持った二十代頃の女性が立っていた。金髪碧眼で、長い髪を上の方でまとめており、ライムグリーンを基調としたエプロンドレスに身を包んでいた。


「ラユト、貴方は何をやっているのでしょうね? 私、姫様を起こしなさいと言いましたよね?」

「えと、これは、その、だな……」

「言い訳はいりません。それとも何ですか? 言い訳になりえるような事でもあったのですか?」

「あ、ありません……」

「なら何故、貴方は自分に与えられた仕事がこなせないのでしょうねぇぇぇえ?」


 にこやかに笑ってはいるが目が笑っていない。殺気がバリバリ漏れている。このメイドこそ、レーリィン付きのメイド長クラメラだった。

 ラユトは小さくなってクラメラの言葉を聞いている。クラメラの言うことはどれも正論で言い返せなかった。


「待て待て、クラメラ。私が起きたくないとごねたのだ。バトラー君は悪くない」

「しかし、これでは職務怠慢です。ラユトを甘やかしてはなりません」


 眠たそうに身体を起こしながらレーリィンが言うが、クラメラは渋る。仕方なくレーリィンは何事か思案する素振りを見せ、


「おやすみ」

「「寝るなあああああ!」」


 寝台に潜ればクラメラとラユト、両者の叫びが聞こえる。レーリィンはもぞもぞと布団の中から顔だけを出して抗議した。


「どうせ午後は家庭教師がやってくるだけだろう? この格好でも問題ない」

「いくら側付の家庭教師だからって許されることと許されないことはあるぞ……」


 狼狽しきった口調でラユトが言う。それからクラメラに視線で訴える。なんとかしてくれ、と。

 クラメラは持っていたドレスをバサリと開く。それは胸元のリボンを筆頭にあちこちにリボンがあしらわれているドレスだ。地の生地が空色だからか、リボンの色は翡翠のように少しだけ緑が混ざった色で、しかも小さいながらも宝石がリボンから垂れている。

 非常にかわいらしい。それもそのはずで、クラメラがレーリィンと同年代の少女から聞き出した最新の流行を取り入れ、レーリィンに似合うように自らデザインしたのだ。クラメラの渾身の出来である。


「ほぅら、可愛いドレスですよ〜、着替えましょう!」

「やだ」


 とりつく島もないとはこの事だ。レーリィンはファッションや最新の流行など、年頃の少女とは思えないほど興味を持たない。

 毎朝……というより毎昼、この調子で着替えさせるのに苦労するのだが、今日はいつにも増して苦労する。

 クラメラはドレスを腕にひっかけ、腰に手を当てる。くるりとラユトの方を見て、険しい顔をしたまま言う。


「私が来たのでもういいですよ。これから姫様を力付くで着替えさせますから。ラユト、今日は上の階の掃除をしなさい。メイドのルミアと一緒に」

「え…ルミア……?」

「文句を言わない」


 すごい勢いで睨まれた。ラユトは気乗りしない面もちで一礼すると、背を向ける。


「さあ、姫様。着替えますよー」

「わあああ! 布団を剥ぐなあああああ!」


 情けない悲鳴が聞こえるが無視だ。雇い主とは言え、着替えは男のラユトにはどうしようもできないし。そもそも着替え以前の問題だし。

 ラユトは無情にも悲鳴のこぼれる部屋の扉を、静かに閉めた。



レーリィン「私の眠りを妨げるとは良い度胸だな」

ラユト「昼まで寝てる方が悪ぃ」

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