18.皇女の理論
レーリィンは自室のふかふかの寝台に寝そべって、そわそわと本を閉じたり開いたりしていた。
塔に帰ってきてからウォータックが中心となって、盗賊討伐部隊を編成が始まった。その数は約百。
兵士の数が多いと街道では邪魔になるだけだ。だからそれだけしか集めなかった。
レーリィンはゼルウィガーに一足早く行って来いとを伝え、エプロンだと動きにくいからと着替えようとした彼に、クラメラにあらかじめ用意させていた特製のメイド服を渡した。決してレーリィンの趣味ではない。ゼルウィガーは女顔の美人なので、盗賊もなめてくれるだろうと思ったのだ。断じてレーリィンの悪戯でもない。でも眼福だった。
ゼルウィガーが嫌がるのを主人命令で黙らせ、服を着替えさせてからすぐに向かわせたから、とっくに合流はできているだろうとは思う。
エルド兵もつい先ほど国を出た。
レーリィンにできるのはただ待つことだけだ。それだけのことだが、何もできなくて辛い。
「姫様、本を読むのか読まないのかはっきりして下さい。本が傷みます」
「ああ、すまない」
本を開く。
小さな文字を辿っていくけれど、内容が頭に入ってこない。考える能力が盗賊達のことに向いてしまっているのだ。
「むー。クラメラ、どうしよう。盗賊のことが気になってしょうがないのだ」
「まぁ。でももうすぐラユト達も帰ってくるでしょうから、大人しく待つしかありません」
テーブルでお茶の用意をしていたクラメラは、手を休めずに返事をする。
レーリィンが寝台の上でむくりと起き上がり、頬にかかる髪を手で払った。
「……盗賊頭に会いたい」
「会ってどうするんですか」
「私のバトラー君やメイドちゃんやコックさんのように、何か仕事を与えようと思う」
「またそんなお戯れを」
クラメラが険しい顔をする。
レーリィンの悪い癖だ。自分の身の回りに一癖も二癖もある者を置こうとする。
メイド長でもあり彼女の護衛でもある守る側のクラメラとしては、レーリィンのこの奇妙な行動は即刻やめて欲しいと常日頃から思っている。
ラユトを筆頭に、ルミアやゼルウィガーなど、レーリィンの側付きは正規の手順を組んだ雇用ではない。そこに未だ見ぬ盗賊頭が混じるのは、あまり快く受け入れられる分けもなかった。
「うん、決めた。頭は庭師にしようか。庭と言うものではないが、テラスの花の手入れや温室の手入れの手伝いをさせよう」
「ちょっと待って下さい姫様、相手は罪人です。こんな大々的に兵の派遣までするのにどうするつもりなのですか!?」
良いことを思いついたとほくほくと笑うレーリィンに、クラメラは説得を試みる。
レーリィンが言っているのは、罪人に罰を与えずに普通に暮らさせようということだ。しかしさすがのレーリィンでも、法に逆らってまで罪人を自分の側仕えにするのは許されない。
レーリィンはこれから王になる人。
継承前の彼女はまだ王ではないのだから、法の改定も執行もできない。
基本、民主主義のこの国は国民が国を運営する。王の仕事は全体を見通すことだ。一つしか目を向けられない現場にいる者が少しでも動きやすいように、全体の流れを調整する為の法や企画を中央塔の人に提案する。
だから王は集約的な立法権や司法権、行政権が認められている。行使する場合、塔民の代表議会による助言承認が必要とはなるが。
ウォータックの場合は王族ではあるものの、代表議会軍事担当でもあるので、エルド兵召集ができたのだ。
エルド塔国代表議会の選出は立候補式の承認選挙制だ。つまりは塔民から信頼されてさえいれば、なりたい者はなれる。だから悪政を蔓延らせることはほとんどない。あるとしたら、最初から悪政をしく事を考えてエルド塔国にやってきた者ぐらいだ。
しかし今のレーリィンは王でも、ましてや代表議会の者でもない。
国政に関わりたい者はそれようの教育を学ぶので、仕事を免除される。王族の場合は国政に関わることを余儀なくされるので、汗水流す労働はしないのが基本だ。レーリィンもまた、そのための教育課程の途中である。
レーリィンはそれゆえ、未だ時には恩恵を与り、時には裁きを与えられる立場なのだ。王族だからといって、全てにおいて特別待遇が許されるわけではない。
「何のために捕まえると思ってるんですか!」
「裁くためだろう? 裁かれた後で良いじゃないか」
なんてことの無いように言うが、もしかしたら「裁かれた後」が盗賊頭に残っていないかもしれないのだ。
クラメラはお茶の準備をする手を止めた。
「……姫様、お答え下さい。エルド塔国法第三章、司法についての条文、刑事の節第一条、第三条」
「第一条、刑の比重は被害者と同等のものとする。第三条、エルド周辺における犯罪組織の主力及び実行者の処遇は、同節一条によるものとする。───今回は殺人があったから死刑もありえるな」
「分かっているのなら何故」
レーリィンはすらすらと法律の条文を暗唱してみせる。法律の暗唱は国政に関わる者ならば必須の要項だ。
だから本当はレーリィンも、自分の言っていることが荒唐無稽なことであるのは承知のはず。クラメラはそこが理解できなかった。
「それなら刑が執行される前に私が保護しよう」
「いけません。そのようなことをされれば、代表議会が黙っているはずがありません。そもそも、相手は組織の者です。その一人を特別扱いされては、下に示しがつきません」
静かな声でクラメラは注意を促すが、その内心は怒っているのが伺えた。
けれどレーリィンは柔和に笑う。それはまだ十六歳の少女にはとても見えない、人を穏やかに見ている笑み。
「クラメラ、それでいい。クラメラが疑えば疑うほど、私は私で考えて、正しい道を選べるから。バトラー君もメイドちゃんもコックさんの時も、最終的にはクラメラを納得させることができたのだし、今回もクラメラを納得させられれば、私は正しくあれたと思える」
「それ、丸め込むって言うんですよ」
クラメラはため息をついた。
レーリィンは寝台から降りる。
クラメラのもとまで歩いて、彼女を見上げる。
「クラメラ、組織を扱うのに必要な能力とはなんだ?」
クラメラは唐突な質問に眉を寄せたが答える。
「リーダー性です」
「盗賊頭は、犯罪を犯したがゆえに間違った印象が見受けられるが、基本はそうだ。では庭師。庭師をするのに必要な能力はなんだ?」
庭師に必要な能力。
いまいちピンとこない質問にクラメラは戸惑う。
そもそも庭師に能力があるとしたら草木への知識だけだ。もう一つ言うならそれを美しく配置する為の美的感覚か。それ以外に能力があるものなのだろうか。
「……草木の知識や、美的感覚です」
結局はそれしか出てこない。
レーリィンがクラメラの用意していたクッキーを一つ摘む。
「クラメラ、これを作るために何人の人が関わった?」
「私一人です。敢えて言うなら材料を買うときに、六階食料取引場で買いましたから、その担当者や材料を作った人でしょうか」
レーリィンが満足そうに頷き、クッキーをかじる。
「うん、美味しい。じゃ、庭師。庭を造るには、もっと沢山の人が関わるな。道具を作る人、肥料を作る人、造った庭を見てくれる人……。ここで必要なのはリーダー性よりも協調性ではないだろうか。じゃあ、協調性とはなんだ?」
また難しい質問をされる。
人によって解答が変わる問題。答えが一つとは限らないので幅広いが、だからこそ答えられるものは限定されてしまう。
「……分かりません」
クラメラは正直に答える。なんとなく分かっても、言葉にできないのだ。
レーリィンはもう一つクッキーを摘んで、寝台に戻る。
「他者と同等の見方。リーダー性は人を引っ張るもので、視点が違うから多少の無理難題は許される。逆にそれで志気が上がることもある。リーダーは導きの代名詞と言えよう。だが協調性は周囲が自分と等しい。立場を同じくし、導くのではなく共に進むのだ。たとえ仲間だなんだと言ったとしても、頭になってしまえば視線は変わる。上からの視線もいいが、たまには視線を低くしなければ見えないものもある。それを学んでからこそ、本当の反省があるのではないか? 反省がない処刑など、人の手を汚すだけの価値はない」
「…………」
「それなら、刑を執行する前に私のもとへ盗賊頭を連れてくる理由になる。どうだ、クラメラ」
見事にクラメラを黙らせてしまう論述。
レーリィンは王としてよりも、代表議会にいる方が相応しいと思う。頭の良い王ほど嫌われるのはどこの国も同じで、今のような論述で王としての権力を行使すれば、思うような政治はできない。
レーリィンが国のためにと提案したものは、レーリィン自身をよく思わない代表議会によって却下されるという最悪な構図ができあがってしまう可能性だってあるのだ。
クラメラは彼女が心配だ。
彼女が王になったら敵だらけになってしまうのではないかと。
「姫様」
クラメラがお茶を注ぐ。
そのカップをレーリィンのもとへ持って行く。
レーリィンは寝台の上で読書を再開していたが、クラメラの声とお茶の香りに顔を上げた。
「今のような論述、王になってから後も続けるなら、いつか敵に囲まれてしまいますよ」
クラメラの注意にも、レーリィンは涼しい顔で受け流す。
「大丈夫だ。そのために私だけの駒を育ててる」
レーリィンは目を細めて小さく笑う。
レーリィンだけの駒。
それは、
「ラユト、ルミア、ゼルウィガー。未来の敵を知るには、今の敵を知らなければならないだろう? ───私の駒は未だ私のモノではないのを忘れるな、クラメラ」
「はい」
さきほどよりかは怒りを収めて、真面目に頷く。そう、クラメラの仕事はただのメイドではないのだ。ラユト達がただの使用人でないように。
クラメラがお茶を差しだし、レーリィンはお茶を受け取る。
それはまるで何かの誓いのようであった。
レーリィン「むぅ、あいつら今頃塔の外ではしゃいでるんだろうなぁ」
クラメラ「あんまり羨ましがらないでください。良いことありませんから」




