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塔国のラユト  作者: 采火
街道編
17/34

16.執事vs トロル

 一瞬硬直してしまったラユトを、ここぞとばかりにトロルは襲いにかかる。

 ラユトはなんとか避けるも、振り下ろされた腕がすぐに軌道修正されて横なぎに振られる。

 また、吹き飛ばされる。


「げほっ……ごほっ……!」


 乾いた土が舞って、僅かに口に入ってしまった。カラカラと一瞬で口の中が渇き、砂が咽の奥まで入り込みそうになるのを咳をして防ぐ。

 じゃりじゃりと砂が口の中をさまようのが気持ち悪いが、仕方ないので我慢する。


「にーちゃん、そのまんまだと死ぬぜ?」


 トロルが重たい体で地面を揺らしながら近づいてくる。

 ラユトはそれを見て、吹き飛ばされたことがなかったかのように普通に立ち上がる。


「あー、口洗いたい……」


 喋りにくい。それに砂は不味くて食べられないことも分かった。もう二度と口を開けたまんま吹っ飛ばされないようにしよう、と意味の分からない誓いまで立てる。


「それって余裕?」

「そう見えるか?」


 ラユトは笑う。

 だがラユトはリュイの目から見て、何も武器を持っていないように見える。あるのは折れたなまくらが一本だけ。それこそ、トロルを倒せそうな大がかりな武器など見当たらない。


「なあ、リュイだっけ? お前」

「なんだよ、にーちゃん」

「トロルの殺し方って知ってるか?」


 何か面白そうな玩具を見つけたように笑うラユトに、リュイは怪訝な顔をする。


「トロルを殺すには一撃必殺。基本だろ」


 トロルはそんなに珍しい魔物ではない。



 大陸の中央に位置するチェリサクル山脈に主に生息はしているものの、時々人里へ降りて来ては何もしないで帰って行ったりする。人間が手を出せば襲っては来るが、大人しくしていれば何もしないで帰る。


 それに、何もチェリサクル山脈にだけ生息するとは限らない。


 この大陸において、トロルはかなりの脅威を人間にもたらす。トロルを使って悪巧みをする奴はどの時代にもいるもので、そういう奴が子供の小さなトロルを飼い慣らすことは珍しくない。

 しかしやがては扱えきれず、飼っていたトロルに襲われ、逃げられる事もしばしば。そういうトロルは適当な場所に住処を定めて、森の獣達を服従させる。


 小さな森の大きすぎる権力。


 リュイのトロルはチェリサクル山脈にいたものではなく、この辺りにいたものを飼い慣らしたのだろう。

 一度捨てられているトロルは扱いやすい。犬や馬と同じで、自分より格が上だと認めさせるだけでいいのだ。

 幼児期にそう仕込まれているので、自然とその頃の躾が反映されるのだろう。逆に襲われてしまった者は、格下と思われてしまったと言える。トロルも人間と同じで、持ってしまった癖は捨てられないものなのだ。不思議なのはリュイがどうやってトロルに自分が格上であると認めさせたかという方法だけ。


 そんなトロルの皮膚の感覚は鈍く、知能もそんなに高くない。敵か否かを決めるのは単純だ。

 攻撃するか、しないか。

 それを知っていれば、大きいだけの獣だ。だから、そのトロルが魔物に名を連ねるのにはもっと別の理由がある。


 その凄まじい再生能力。


 これがあるせいで、一度トロルが暴れ出せば村一つ壊滅することが出来てしまう。そうなれば退治の仕方も自然と決まってくる。

 剣の達人等がいれば、軽々と首を切り落としてくれよう。しかし、そんな達人が村に常駐するわけがない。だからトロルが襲ってきそうなチェリサクル山脈の麓に住む人々は、細く頑丈な糸を常備してある。二つの屋根に糸を強く張り、トロルを誘うことで、トロルが自ら断頭台へあがるようにし向けるのだ。



 トロルを侍らせるリュイは当然とでも言うかのように笑う。


「でもま、にーちゃんじゃ、その基本もこなせないと思うけどね」

「なんでだ?」

「だってにーちゃん、もう武器無いじゃん。どうやってトロルと戦うの」


 腕を広げておどけてみせながらリュイが言う。

 トロルはのそり、のそり、と近づいてくる。

 ラユトはへぇ、とますます笑うだけだ。その笑顔に潜むのは余裕。


「武器を持ってないって誰が言った?」

「今、目の前で剣が折れた」

「そーだよなぁ」


 あまりにも人を馬鹿にしたような目でラユトが笑うので、だんだんとリュイが不快そうな表情になる。

 リュイでもトロルでもないものを見ているようなラユトの視線は、彼らなんか眼中に無いかのような態度で腹が立つ。


「トロル! 思いっきり殴ってやれ!」


 痺れをきらせてリュイが命じる。

 トロルは耳の鼓膜が破けそうなほどの大声で吠えると、拳を繰り出してきた。

 速い。

 大柄なのに、コダカと呼ばれた筋肉よりも速い。

 さすがは魔物に名前を連ねる化け物か。

 でも、ラユトは飛びきりの笑顔で笑ってやる。


「ありがとう。簡単に引っかかってくれて」


 トロルの拳が空中でピタリと止まる。

 様子がおかしいことに気づいたリュイはトロルを見上げる。


「どうしたトロル! 殴れ! 殴るんだ! ……よし!」


 命令をこなすために、拳をゆっくりとトロルが上げたので、リュイは満足そうに頷く、が。


「トロル?」


 トロルの拳から血が吹き出す。いつの間にか切り傷が生まれていた。

 ラユトには斬りつけるような暇も物もないはずなのに、どうして。

  リュイはハッとして、ラユトの方を向いて目を見開いた。目の前に赤い蜘蛛の巣があるのを見る。正確にはトロルの鮮血が見えない細い細い糸を伝っている光景で、本当に蜘蛛の巣が赤いわけではない。

 その赤い血の伝う糸の向こうで、ラユトは笑っている。


「血で仕掛けが見えたか。なら、もう小細工無しだ。───清銀の宝珠」


 ラユトが一言唱えれば、糸がするすると解けて月の光をまき散らす粒子になり、ラユトの手元に集って手のひらサイズの球となる。

 ラユトはそれを手で弄びながら、さて次はどうしようかと口を歪ませる。

 リュイは愕然とした表情になる。

 この現象は、


「魔法……!?」

「ああ、そうだ。東聖霊和国が秘匿にしてる機密情報中の機密情報だ。さてさて? タネが魔法というお前の常識範囲外のものと分かったところで、チェックメイトだ」


 ラユトは銀球を中に投げる。


「細く細く強き糸」


 唱えられているのは東聖霊和国の古語。魔法を使うための言語として、聖語とも言われる。

 銀球は毛糸玉を解くように、さらさらとした細い糸になっていく。

 ラユトが行け、と言う代わりに手を軽く振るだけで、銀糸はトロルの首に絡み付く。

 リュイが青ざめた。これは、これはもしかしなくても───


「お子様には見せたくないスプラッタだな」


 トロルの首が跳んだ。




リュイ「にーちゃんそれ絶対反則だ!ずるい!」

ラユト「真剣勝負なんだから関係ねぇよ」

リュイ「このチート!」

ラユト「勝手に言ってろー」

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