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塔国のラユト  作者: 采火
街道編
12/34

11.鹿日和

 穏やかな昼下がりだというのに森中に人の声が木霊する。温かな陽気に包まれて木々の枝に留まっていた鳥達も驚いて飛び立ち、その時に生じた風がふわりとラユトの髪を撫でた。


「おーい、スィーク!」


 ラユトは声の限り叫んだ。

 スィークが戻ってきたときのため、また馬の管理のために王族二人を荷馬車に残し、使用人三人で森の中に入って捜索する。自分以外の声が間近で聞こえた場合、その方向とは違う方へ行き、広範囲を探していく。

 三人の身体能力なら、それくらい余裕だ。

 日はまだまだ高いが、暗くなってしまうと探しにくくなって、ミイラ取りがミイラになる可能性だって出てくる。それを防ぐためにも、三十分毎に荷馬車のある場所へ戻ることとなっている。

 ラユトは懐中時計を取り出して時間を見た。


「未の二刻……。一度戻らねぇとな」


 大陸標準時計においては十四時手前程。

 ラユトの国──東聖霊和国は完全に鎖国状態で文化が大陸標準とは全く異なったものだった。時間感覚も当然異なっていたが、それを旅に出てすぐにこの懐中時計を購入して対応はした。

 しかしとっさの時、慣れた物ではないとややこしいので、大陸標準を学びつつもこの時計のようにラユトが使いやすいものを使っている。

 この懐中時計は使い勝手が非常に良い。円盤の中に長針と短針があり、一から十二までの数字がぐるりと一周している。数字に対応して東聖霊和国風の時間軸、十二支が書かれているのだ。

 しかしラユトは東聖霊和国から出奔した身。いつまでも東聖霊和国の習慣のままではいけないことも分かっている。


「……給料日になったら真っ先に時計でも買うか」


 ラユトはぼやいて懐中時計を懐にしまった。時間なので戻らなければなるまい。

 くるりと向きを反転させる。

 迷彩の風景に惑わされそうになるが、迷うことなく歩いていく。

 ラユトは自分が迷子にならないよう、きちんと自分の歩いた場所へ目印を付けてきた。低い木の枝に別の種類の木の葉を何枚か絡ませておいたのだ。

 同じ木だらけでは無理なことだが、ここは雑多な木の集団であるので問題はない。次々と深緑の中に黄緑の葉が混ざっていたり、細い葉の中に面積の広い葉が重なっていたりする木を探していく。風に吹かれてしまったら一瞬で失敗してしまう事だが、そうならないように巧みに葉を絡めておいた。

 だから、あっという間に明るい街道へと出ることができる。


「っと」

「む、早かったなバトラー君」


 レーリィンが荷馬車から顔を出すと、ウォータックも気づいてラユトの方を見た。その顔は何故か嬉しげだ。


「ウォータック卿?」


 ウォータックは近づいてきたラユトに、ゆっくりと地面の一画を見るように促した。


「…………ん?」


 地に横たわる茶色いかたまりを見て、ラユトは絶句した。


「え……コレ……」


 ラユトがソレを見て、どうしてこんなモノが、と考えていると、


「ただ今帰りました」

「ましたー♪」


 クラメラとルミアが帰ってくる。

 そして、静かに横たわっている茶色いかたまりに絶句したのはラユトだけではなかった。


「…………なんですかコレ」

「鹿、ですねー」


 クラメラが額に手を当てて何が起きたのか必死に理解しようと努めているのに対し、ルミアは最初こそ驚いたものの割と平然としており、いつの間にか荷台から降りていたレーリィンと一緒に物珍しそうに見ていた。


「ウォータック様ー、コレ、どうしたのですか」

「お前たちを待っていたら急にこやつが目の前に現れてな。捕らえた。鹿肉は旨いからな」

「そーいう問題じゃねぇ気がすんだけど……」

「ラユト、敬語。ウォータック様、今回は盗賊退治が主なのですから、鹿肉は我慢して下さい」


 ウォータックの所業に目をしかめつつもラユトの敬語教育は止めないクラメラに、ラユトは顔をあさっての方向へ向ける。

 クラメラの責任感は人一倍強いのだ。

 それはともかく、返り血一つもなしにしとめたウォータックの剣の腕はやはりなかなかのものである。さすがエルドの元将軍というところか。ラユトは綺麗な状態で死んでいる鹿をまじまじと見る。

 そういえば、とラユトは思い出す。ラユトのスポンサーも鹿肉が好きだった気がする。なんでも、野生の味がして自由を味わえるからだと言っていた。

 その頃のラユトは子供ながらかなり荒んでいて、その意味を分かろうともしなかった。なんか変な人が変なことを言ったとしか認識しなかったのだ。


「はぁ……。仕方ありませんね。スィークさんを早めに見つけて、ラミレスに送り届けるついでに調理してもらいましょう」


 しかし問題が。


「ラミレスまで行くんですかー? それに、曲がりなりにも王族が勝手に他国へ入っていいのー? しかも二人」


 言おうとした言葉をルミアが先取りしてしまったので、クラメラは開いた口を閉じた。

 お忍び訪問と言えば聞こえはいいが、その実、どの国でも王族の入国にはかなり厳しい査定があるので、例えお忍びでも相手国には王族の来訪は伝えなければならない。それをしないで入国し正体がバレた場合、不法侵入と見なされ他国の王族といえど罰される。そうなったらなったで、王族側が激しい抵抗を見せ戦争になったという話もあるくらいだ。

 戦争は絶対に避けるべき事象である。


「うむ、それに盗賊の事もあるしな。盗賊を捕まえたらラミレスには連れていけんだろうし。我が国でそれ相応の対応をするのが当然だ」

「それでしたら、スィークさんにはエルドに滞在していただきましょう。盗賊退治が成功すれば良し、駄目なようでしたら護衛をつけて送り返しましょう」


 レーリィンの言葉に、クラメラが妥当な案を提案する。それに特に反対する者もいないので、採用されたと見なす。


「んじゃ、スィークを探さねぇとな。……探しましょうか」


 クラメラに睨まれる前にラユトは言葉遣いを直して、確認するように言う。全くもって話しづらい。

 そして、次は三十分後に再び集まることにする。

 再び使用人三人が捜索することになった。必然、王族二人は留守番兼、死んだ鹿の見張りをすることになる。鹿を狙って盗賊が現れない根拠はない。

 そんな馬鹿なことで現れるなどありえないだろうが、念のためだ。決してウォータックが鹿肉が食べたくてそうしたわけでない、決して。ウォータックは感覚を研ぎ澄まし、常に周囲の警戒をする。

 ラユト達三人も無駄な会話をしないで森へ飛び込む。すぐにラユトは二人とはぐれた。

 先ほど作った目印を元に、行けたところまで行こうと走る。危なげなく木々をすり抜け、あっという間に駆け抜けた。


「スィ───ク!」


 声を張り上げる。驚いた鳥が数羽、飛び立ってしまった。

 叫んだ後、耳を澄ませて反応がないか確認する。ガサガサ、と右側の方の草むらが小さく揺れたが小動物だろうと見当をつける。

 場所を変えようと思って、その前にもう一度念のために叫ぼうとした。


「スィ──」

「聞こえてますよー。声がでかいんですよ、ラユトは」

「スィーク!?」


 先ほど揺れた草むらから、スィークがひょっこりと顔を出す。ラユトはあっさり見つかってしまったスィークに驚きつつも近づいていく。


「お前、一体何してたんだ。……スィーク?」


 近づいていく度に、スィークの姿に違和感を覚える。何だろう、とラユトは目を細める。

 スィークの姿を見つめて違和感を弾き出す。なんとかお互いの顔が見えるくらいまで近づいたとき、ラユトは表情を険しくした。


「スィーク、何だそれ」

「ん? これかい?」


 スィークは自分の姿を見下ろす。

 服はエルドを出たときから着替えていないのでそのままだ。……ただ一点、赤く染まっている部分さえなければ。


「血、か?」

「え? ああ、そうだけど?」


 さも当然のように答えるスィークに、ラユトはますます目をしかめる。

 もしかして盗賊に襲われたのだろうか。もしそうなら、この血の量は尋常ではない。一見、スィークは平気そうに見えるので彼の血ではなさそうだ。

 では誰の。

 スィークに人殺しは似合わない。スィーク程のお人好しが人を殺せるわけなどない。


「……お前のか?」


 知らず知らずのうちに声音が緊張で硬くなる。


「違いますよ。相手のです。あんまりにも暴れるもんだから、殺しにくくって。うっかりこうなってしまいました」


 心外とばかりに目を見開きつつも説明するスィークに、ラユトは苛立つ。

 ラユトは声を荒げる。


「お前、自分が何をしたのか分かってんのか! 盗賊でも人殺し───」

「分かってるよ。鹿は害獣だけど、お肉は新鮮だと美味しいから思わず」

「なんだぞ、って、え、……は?」


 鹿?

 ラユトの目が点になった。



ラユト「鹿好き挙手ー」

ウォータック「(ピシッ)」

レーリィン「叔父様が真っ先に挙手するとは……」

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