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塔国のラユト  作者: 采火
街道編
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10.インセート模様と友達

 温かな太陽の光が緑の木々からこぼれ、草木の香りをふわりとした風が運んでくる。こんな日はのんびりとお部屋の窓を全開にして、カーテンも全て開けて寝台に横になれば気持ちいいのに、とラユトは連日続く眠気を抑えて思った。

 ラミレス帝国とエルド塔国間の道は荷馬車が三台ほど横に並んでも通れるくらい広い。左右は木々に囲まれているものの、空が広く見えていて朗らかな様子で進むことができる。夜は夜で星空が綺麗に見えるだろう。

 一行はラユトとウォータックを荷馬車の御者台に乗せ、女性陣を荷台に乗せてエルドを出発した。他にもちまちまとした小麦の麻袋が二、三、乗っているが、明らかに囮用だ。

 出発直前、ラユトが執事服を来て御者をしているのはおかしいとウォータックに指摘された。事前に受け取っていた紙には、盗賊退治としか書かれていなかったので武器だけを持って行ったのだが、それではいけなかったらしい。囮作戦ならそう書け、とラユトは内心思ったが口には出さなかった。

 そんなわけでラユトは執事服を脱いで、そこらの行商と何ら代わりのない服を着ている。塔で買ったばかりの服なので、新調されてくたびれた感が無かったが、ラユトの寝癖だらけの髪のおかげでそれはあまり主張されてない。ヘアピンもそのままだ。外そうとしたらルミアに叱られ、レーリィンに面白いからそのままにしておけと命令までされた。逆らえるわけがない。

 ウォータックもそこらの行商と何ら遜色ない服だ。聞けば数年前に旅をしていた頃に着ていた物らしく年季が入っている。国によって衣装の特色が違ってくるが、そちらの方が行商に扮するには最適だろうと、敢えてエルドにはない雰囲気の衣装を選んできていた。現れてすぐに説教タイムになったので、細かい部分はすぐには気づかなかったが。

 女性陣は全員、茶色のマントのフードを深く被っている。クラメラとルミアはマントの下にメイド服を着ているが、レーリィンは普段のドレスでは動きにくいので、これまた塔の経済政策に貢献して村娘風の服を着ている。

 御者台で淡々と馬に鞭を入れるラユトと、あたりに気を配っているウォータックを除き、女性陣はきゃぴきゃぴと話に花を咲かせている。話しているのはレーリィンとルミアばかりで、クラメラはほとんど聞いているだけだが。


「なあ、ルミア。お前がラユトにやったヘアピンはどこで買った物なんだ?」

「コレですかー?」


 ルミアはマントの下でもぞもぞと手を動かし、ネクタイピン代わりにしていたヘアピンを出した。怪しい模様がうねうねと描かれているものだが、真の乙女ならばこれを知っている。


「そうだ、それだ。確か何年か前に似たような模様が流行っていた気がするのだが、何だったのかよく分からんのだ」


 レーリィンが興味深そうにそれを見た。

 ルミアはヘアピンをレーリィンに差し出したので、レーリィンは受け取ってじっと見つめる。


「三年前に流行ってたインセート模様ですよー。知らない人から見たらただの怪しい模様ですが、さすが姫様! これはインセート蝶を象ったものです♪」


 うねうねとしたカラフルな模様はどう見ても怪しげな模様にしか見えない。良くて蛇を象ったものに見えるが、どこをどうやったら蝶になるのか。

 あまりにも険しい顔でヘアピンと睨めっこしたままなので、クラメラが気を利かせる。


「ラユト、ちょっと前髪のヘアピンを貸してくれますか?」

「え? これか?」


 クラメラがガタガタと不安定に揺れる馬車の上でバランスよく立ち上がり、ラユトの真後ろへと移動して彼に話しかける。いきなり聞こえたクラメラの声に驚きつつも、ラユトは片手で手綱をしっかりと握ったままヘアピンを器用に外し、後ろ手にクラメラに渡す。


「はいよ」

「ありがとうございます。それと敬語」


 彼女のいつも通りの指摘にラユトは肩を竦ませた。

 クラメラは再び危なげなく荷馬車中央にいるレーリィンの元へと戻り、レーリィンにラユトの分のヘアピンを渡してみる。


「模様が繋がるように並べてみて下さい」

「む? こうか?」


 レーリィンがヘアピンを並べる。二つのヘアピンは色の配置が微妙に違っていて、何かの一部に見えた。しかしたった二本ではそれが何かかは分からず、やはり蝶と言われてもぴんとこない。


「ルミア、他のヘアピンは無いのですか?」

「ごめんなさい、メイド長。ルミア、仲良くなった人にみんなあげちゃった」


 フードで顔が見えないが、ルミアが申し訳なさそうに言う。

 まだ話が見えないレーリィンにクラメラが説明した。


「インセート模様の特徴として、八つ並べると一つの虫が浮かび上がることが挙げられます。ルミアの場合はヘアピンですが、ブレスレットやペンダント、ガウンやドレスなどアクセサリから衣類まで幅広く扱っております。またそれに描かれるのは大抵、蝶、蜂、飛蝗が主であり、これはインセート模様の発達した南大陸のアースグラン地方の信仰によるものが大きいです。仲間意識を高めるために、一つの絵を分けて模様と化したことが考えられます。地方で扱われていたこの技術ですが、やがてアースグラン中に広まり、さらには行商や旅人の手を経て、三年前、大陸中の国々に伝わりました」


 クラメラがすらすらと暗記したかのような説明していく。

 その知識の量をレーリィンは当然としながら聞いていたが、ルミアは少し驚いていた。クラメラはメイド長である前に、レーリィンの側付きである。これくらいの博識さは当然であってもおかしくはないが、ちょっと詳しすぎないだろうか。


「ふむ。なんかその話、前にも聞いた気がするな」

「聞いた気がするのではありません。確実に聞いたはずです。三年前、インセート模様の衣装が姫様に献上されたときに、私は徹底的にインセート模様について調べさせられましたから」


 ルミアはクラメラの博識さの理由が分かったが、そうだっただろうかと忘れたように首を傾げるレーリィンに、クラメラは一つため息をついた。

 あの頃のレーリィンは実に可愛かった。好奇心旺盛で色々なことを知りたがり、その大半をクラメラにやらせた。かなりめんどくさい事や無理難題も押しつけられたが、これもレーリィンの教育の為と堪えてやり遂げていたあの日々を懐かしむ。

 ガタガタと揺れる荷馬車から見るこの風景のように、毎日をのんびりと過ごしていた。エルドも、塔内の雰囲気が今よりものどかであった。

 それが、


「ここ最近は姫様の王位継承問題が浮上してきたせいで、ドタバタ騒ぎでしたしね」

「そうか? そのドタバタ騒ぎの一環で、ルミアをはじめ、ラユトやゼルウィガーに会えたんだし、いいではないか」

「ゼルウィガー?」


 聞き慣れない名前に、ラユトが反応した。


「前を見ろ」


 思わず後ろを見てしまったラユのトに、ウォータックが目をしかめた。はい、とラユトは返事をして手綱を持つ手に力を入れて前を向く。それ見てレーリィンはくすくすと笑った。


「ゼルウィガーは私専属のコックだよ。肉や魚の捌き方がうまいんだ。料理だけではなく、当然武術にも秀でている。中央塔三階の第二厨房室に大抵はいるから、今度挨拶するといい」


 中央塔の、一桁目が三である階は四部屋全部が厨房だ。中央塔は他の塔が各六十階であるのと比べ、五十階と低い割には一つ一つの階の面積が広い。部屋の前のスペースを広くとることで、厨房でありつつも食堂としてのスペースを確保している。

 大抵は使用者名簿に名前を書き込み、個人で厨房を使うのだが、王族専属コックは自由にその場所を扱える。レーリィンの計らいでゼルウィガーは西塔に個室を持っているものの、彼は一日の殆どを厨房で過ごしている。

 本人曰く、いつでもお嬢様に温かいご飯を食わせるためらしい。


「ゼルウィガーって男なんですか? 俺、エルドに来て友達できてないんですよ。仲良くなれたらいいなあ」


 話を聞いていてラユトは思った。実はラユト、エルド塔国に来て以来レーリィン及びクラメラにこき使われて同性の知り合いがいないのだ。


「ルミアは年下だから友達とは言い難いだろうなぁ。ラユト、お前は今幾つだ?」

「十八ですけど」

「ほう。ゼルウィガーは三十半ばだったはずだ。良かったな、男友達ができて」

「おっさんじゃないですか!」


 おっさんの友達ができても嬉しくない。

 ラユトがそう嘆いていると、ウォータックが前方に何かを見つけた。


「執事。あれを見ろ」


 言われてラユトは目を凝らしてみる。


「あれは……。荷馬車?」


 しかも何だか見覚えのあるような。


「ラユトあれ、スィークさんの荷馬車じゃない?」


 言われて気づく。先ほど別れたばかりのスィークの馬車に違いなかった。向こうは止まっているようで、どんどん近づく。


「スィーク! そこで何やってんだ」


 ラユトが声をかけてみるが返事がない。この距離なら聞こえないという事もないはずなのだが。

 もう少し近づいてみると、御者台に誰もいないことに気づいた。


「スィーク?」


 そして、ラユト達一行がスィークの荷馬車の後ろまで来る。

 ラユトはルミアを御者台に座らせ、手綱を預ける。一応ウォータックは王族なので、使用人のようには扱えない。

 手綱をルミアに握らせたラユトは荷台をのぞき込んだ。そして目を見張る。


「この荷馬車に乗っていた行商がいない。荷台ももぬけの空だ」


 レーリィン達は途端に険しい表情になった。




ラユト「こーゆう模様って本当女子は好きだなー」

ルミア「女子力だからね♪」

クラメラ「でも実際は虫ですよ?」

レーリィン「可愛いければ良いではないか」

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