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条件

  高校中退して幾月がすぎ、皆が試験勉強を始めた、ということを日記サイトで知った。

 そんな時期なんだな、とぼーっとパソコンの前で炭酸飲料を飲みながら顎を掻いていた。


「あんたいい加減どうするか決めたら?若いんだから今のうちよ。」


 母はいつもそんな事を言う。

 若いから出来るとか出来ないの問題なのではない。やる気がないのだ。威張りくさった感じに聞こえるだろうが、まさに威張りくさっているだけだ。これが世にいうニートとやらだろう。

 ただし、やってみたいことはある。テレビでシェアハウスというものがあると報道していた。一つの家に何人もいてそこで生活をするらしい。そこでは夢を追いかける若者が集っている。私もそこで生活したら何か見えてくる気がする。

 という途方もないし、何も根拠がないけれど、そこにかけてみたくなった。半分自宅にいたら親がうるさいから、というのも大きい。

 そんなわけで親に相談しようと思い、夕飯時に相談することにした。


「というわけなのよ。どう?」


 母親は「また始まった」と言わんばかりの呆れた顔つきだ。

 というのも学校をやめる時も「勉強より大事なことを見つけた」と言って21歳年上の彼氏の家にいたことがあった。その3ヶ月後に料理ができなさすぎて怒られたことに腹を立てて別れたけど。

 その後も医者になりたいといって高校の通信教育を始めたが、面倒になって7ヶ月で辞めた。

 そんなわけで信用もクソもない状態でのスタートラインである。


「あんたいい加減にしな?!」


 向かって右隣に座る姉が、左手に持っていた茶色の箸の先をこちらに向けて言葉を放った。


「ハシ、ヤメナサイ。」


 感情なしの状態で母が注意した。

 姉はそっぽを向いて箸をご飯に潜入させ、一口噛み砕くのが億劫なような感じに食べた。私はそんな姉を片目半分くらいの開きにして睨んだ。


「そうやってあんたもニラマナイ。」


 母がまた感情なしに注意する。

 私もそっぽを向いてささみのおろしポン酢にかぶりついた。


「あんたの好きなようにしな。ただし、家賃とプラス5万くらいは最初のうちは出してあげるけど、3ヶ月後は家賃だけ。あとは自分で働いて稼ぐことが条件。以上。食事が終わったらおじいちゃんのところにいって報告。」


 淡々と予め用意していた、と言った回答がきた。

 先も母親が述べていたが、最終報告として祖父に話すのが絶対条件が我が家である。二世帯住宅で一階が祖父母、二階が私達3人で暮らしている。


「母さん!またそうやってこの子を甘やかす!!!」


「あんたは黙ってなさい。黙るのが嫌なら食事を早々に終わらせて自室に向かうこと。」


 姉は白米を一通り口にいれて味噌汁を飲んで食器を下げた。そして自室に静かに戻る。それまで誰も口をきかなかった。


「せめて6ヶ月くらいは家賃以外もさあ。」


「あんただけの世話じゃなく、姉ちゃんの学費も出してるんだ。生ぬるいこと言うなら今すぐ出て行きな。」


 反抗期のせいだろう。「け、けち。」というのが精一杯の抵抗であった。

 その後は二人とも特に会話はなかった。無口な母はいつも通りである。


 夕飯を食べ終わり、茶碗を洗って一息ついた。そして、一階に降りて一階の居間の戸をノックする。


「入りなさい。」


 少し嗄れた老人独特の声だ。のんびりした口調で、自分の祖父ながら聖人のような大らかな声だ。


「私です、失礼します。」


 二階の構造とは結構違い、全て和室である。引き戸を引いて居間に入った。祖父は背もたれのあるお座敷用の椅子に座っている。いつも乗っているブルーの車椅子は廊下にあった。私は長方形の長テーブルを挟んで向かい側の正面の座布団に座った。

 一呼吸置いたくらいの短い間のあと、話し始めた。


「話は先ほど大体聞いた。やりたいという気持ちは大事だ。」


「じゃ、じゃあ!」


 先に母親が祖父の元へきていたらしく、話す手間が省けた。祖母が私の好きなキャロットジュースをグラスに、祖父へはいつもの湯のみにお茶だろう。それらを入れて持ってくるのが一瞬視界に入る。


「条件を増やそう。」


 祖父はにっこり笑った。

 多分、私は左の口元がピクッと上下したと思う。無意識だが不利な場合のくせである。

 祖父へお茶をおき、私には赤褐色の布製コースターを下にしてからグラスが出された。

 赤のストライプ入りストローが入っている。


「簡単なこと。何も見出せない場合、1年立ったら戻ってくること。それ以上そこにいてもダラけるだろう。仕事だけなら実家でも文句あるまい?」


 言い返せない。

 仕事に集中するためにそこにいたいんです、とうまい言葉がまったく浮かばない。集団生活で他人の中にいることを条件とした生活についてあれこれいいたいのに。


「…はい。」


 祖父はまたにっこり笑った。

 私は祖父の顔から目を離し祖父のお腹の位置くらいをぼんやりと眺めた。


 その後の会話はよく覚えていない。

 一年以内に何とかしないといけない、1年間に、と自分へのプレッシャーを知らず知らず加速させていく。

 1時間ほど祖父が話したあと、解放されて二階に戻った頃には、母親は仕事に行ったらしい。居間は間接照明のみ、それぞれの部屋は姉の部屋だけ明かりがドアからもれていた。

 3部屋並んだ一番北側が自分の部屋。その中に私は入って電気をつける前にベットに潜り込んで寝た。

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