97 再び車中にて(2)
97 再び車中にて(2)
「済みません、キャロンさんお静かに願います。いよいよスーパー高速道路に入ります。静かにしてくれないと運転に差し障りがあります。
それと犯罪防止の為に車内撮影が時々ありますからね。激しく怒鳴ったりしていると疑念を持たれることになりますよ」
「あ、あ、済みません。以後慎みます。確かに今更、過ぎ去ったことをあれこれ言っても仕方がないわね。しばらく休戦に致しましょう」
キャロンは目的地に着いてから話の続きをするつもりの様である。
「ウオッ、は、速い!」
スーパー高速道路に入ると急激に加速した。健太の苦手なハイスピードである。スーパー高速道路は最低速度が時速200キロ。通常速度は250キロ。最高速度の制限のないまさにスーパーな高速道路だった。
この道路を走る為には通常の免許ではなくスーパー免許が必要である。キミエはヤセールグループから抜け出すと同時に、スーパー免許の取得を要求された。
彼女の運動神経はかなり良くて、天下グループの運転要員に抜擢されたのである。いわば自分を救ってくれた天下グループの恩義に報いる為にも必死で免許を取得したのである。
『時、時速300キロ!』
窓の外を見る余裕は健太には無い。車のメーターを見るとスピードメーターは時速300キロを指していた。恐ろしくなって、結局目をつぶってしまった。
「夜景が綺麗だわよ、目つぶっているなんてもったいないわよ」
キャロンは自分でも少し怖いのだが、余りに怖がる健太にからかい気味に言った。
『恐ろしく強い男なのに気が小さいのか弱いのか、何だか訳の分からない男ね』
そんな風に感じた。しばらく無言状態が続いたが、
「スーパー高速道路を走ると相当に体力を消耗するから、一時間走ったら、原則としてパーキングエリアに入って、最低でも30分は休むことになっているわ。健太さんは夕ご飯はまだでしょう?」
「ああ、逃げ出す支度に忙しくてまだ食ってない」
「だったら、次のパーキングエリアでみんなで夕食を食べましょう。あなたはまだ犯罪者として指名手配されていないから、警察はここまでは追って来ないでしょうからね」
「ああ、分かりました。あとどのくらいかかりますか?」
「ふふふふ、あと45分くらいあるわよ」
「ええ、まだそんなにあるんですか。はははは、こりゃ参った。ところで俺の名前、假屋崎健太はまずくないですか?」
健太は名前が気になっていた。道場では名乗っているのだ。客達も聞いている。
「そうねえ、確かにまずいわね。ここで新しい名前に決めましょうか。レストランとかでついうっかり名前を呼んだりしてもまずいですからね」
「そうですね。どんな名前が良いですかね」
「夜景が綺麗だから、夜景ロマン、なんてどお、かなり洒落ているわよ」
「いや、そういう印象深い名前は覚えられやすくてまずいですよ。もっと平凡で目立たない名前の方が良い」
「平凡な名前は私の趣味じゃないけど、それじゃあこれから行くサウスビッグシティにちなんで、南野大地なんてどうかしら」
「ちょっとカッコ良過ぎますね。南野はありふれた名字だから、それと俺の本名、ユキオをくっつけて、南野ユキオなんてどうかな」
「うーん、南というと暑いイメージが日本にはあるわね。それでユキオはちょっとねえ」
「ユキオのユキが冬に降る雪ということですか」
「そう。北野ユキオがぴったりな感じだと思うけど、きまり過ぎているかな?」
「何か取って付けたような名前ですね。覚えられちゃいそうですよ。ううむ、しかし、………」
なかなか良い案が出なかった。
「いっそのこと天下ユキオは?」
「うーん、天下グループだって言っているみたいだ。でも天が付くのは良いな。元々暁天ユキオなんですからね。だったら天涯ユキオにします。俺は今や天涯孤独ですからね。
親戚も親兄弟もいない。ああ、別にキミエさんを責めてはいませんよ。こうなる前から俺は孤独だった。学校でも家でも孤独でした。
俺を理解してくれる者は結局のところ誰もいなかったんですからね。逆に今の方が孤独じゃない気がします。でも名前は天涯ユキオ。俺はこれで行く」
健太は新しい名前が気に入った。
「まあ、良いでしょう、本人が良いんですからね」
キャロンも同意した。キミエは無言である。いや、運転に全神経を使っていてそれどころではなかったのだ。
「間もなくパーキングエリアです。減速しますから気を付けて下さい」
運転に神経を使いながらも、キミエは言うべきことはきちんと言った。車は徐々にスピードを落としながら左のパーキングエリアの路線に入って行く。大きくて立派なパーキングエリアが見えて来た。
それと共に急に車が増えて来た。丁度夕食時であるからだろう。駐車場に着くと数多くの車が来ていて、駐車スペースが少なく、かなり遠い所に車を止めざるを得なかった。
「ふう、本格的なスーパー高速道路は今回が初めてだから疲れたわ。やっぱりシミュレーションとは違うわね」
ほとんど言葉を発していなかったキミエが車から降りてやっと気楽に話をした。
「ご苦労様、大いに食べて飲んで、勿論ノンアルコール飲料だけどね。先ずはレストランに入りましょう。わあ、混んでいるわね。仕方ないわね」
キャロンはキミエの労をねぎらった。レストランは20分待たされたが何とか座れた。
「でも結構豊富なメニューだぞ。俺はとにかく肉を食うからね」
「私は日本人らしくラーメンでいいわ」
キャロンはそこのウエートレスにアメリカ人だと思われていたらしく、日本人らしくという言葉に驚いていた。
「私はスパゲッティ。それとノンアルコールのビール」
三人三様の注文で、速かったのはスパゲッティ、次いでラーメン、最後に、健太改め天涯ユキオのビーフステーキ定食だった。
「何だか空いて来たね。もうそろそろ9時だからだな。さて、体の疲れは取れたかな、キミエさん」
「ええ、ノンアルコールでもビールはビールよ。何だかパワーが湧いて来たみたい」
「それじゃ、もうひと踏ん張りお願いするわね。あと一時間運転したらもう一休みして、それから15分くらいで一般道に出られますからね」
「サウスビッグシティのどこに行くんですか。まだ聞いていませんが」
キミエは肝心なことをキャロンがなかなか言わないので、しびれを切らして自分から言った。
「車に乗ってから話すわ。人の耳が気になりますからね」
キャロンは小声で言った。知られてはまずい秘密の場所なのだろうとキミエもユキオも思った。
「その、少し言い難いんだけど、サウスビッグシティにあるラブホテルなのよ」
車に乗り込んでドアを閉めてからすぐ、キャロンは如何にも言い難そうに言った。
「ええっ! ラブホテル?」
「ま、まさか」
ユキオもキミエもかなり驚いた。
「急な事だったから仕方がなかったのよ。私がちょっとかっとなった意味が分かるでしょう?」
「納得しました。今後はこんなことの無いように頑張ります」
ユキオは今後はやはり人間とは対戦すまいと思った。
「それじゃ出発しますけど、何と言うラブホテルなんですか」
車を走らせながらキミエが聞いた。
「天国かも知れない、ラブホテル99号店よ。略称、天国、99(ナインナイン)。カーナビでもそれで探せるはずよ」
「ああ、ありましたね。じゃあ、天国、99にロックしておきます。それじゃあ、すぐ300キロ走行に入りますから、後は話し掛けないで下さい」
キミエの一言で車内は静かになった。ぐんぐん加速して数分で300キロ走行に入った。
「ふう、やっぱり窓の外は見れないな。ところでひとつ聞いておきたいのですが、俺の背中の入れ墨を取って貰えませんかね。レーザーとかで取れるんじゃないですか?」
ユキオは当然取れると思っていた。
「ふうん、あなたの入れ墨は特別なのよ。普通の入れ墨と色が違うでしょう?」
「ええ、ほんとに真っ黒です」
「私達も随分検討してみたのですけど、残念ながら今のところ取る方法はないわね。あなたの入れ墨はね、生きているのよ。
単に皮膚だけの問題じゃなく、信じられないけど内臓から発生しているものなのよ。つまり内臓ごと取り替えなくちゃ消せないのよね」
「ええっ、そんな、………」
ユキオは呆然とした。失望という言葉が彼の心を支配した。




