95 ブルースカイパーク(4)
95 ブルースカイパーク(4)
「あれ? あそこに見えるのは格闘技の道場か?」
健太はパークの外れにある道場らしき建物を見て言った。道場らしいとはいっても古風な建物ではないのだが、他にそれらしい建物が無いので道場と推測出来たのである。
「そうよ。確かハイパー拳道場だったと思うわ」
「ハイパー拳道場? 何か変わった名前だな。どういう拳法なんだろう?」
「徹底した護身術を教えるとか何だとか聞いたことがあるけど、でもそれ位しか知らないわ。気になるんだったら見学してみます?」
「見学出来るのか?」
「ええ、見学自由だったはずよ。前にテレビで紹介されたことがあったから知っているんだけど、体験入門も出来るらしいわよ」
「ふうん、しかしちょっと小腹が空いたな。さっきのハンバーガーだけじゃ足りなかったようだ。道場は何時くらいまでやっているんだろうね」
「ここの営業時間と同じはずよ。だから午後九時までだったと思うわ」
「6時にはキャロンさんが来る予定だよね」
「ええ、でも大丈夫。時間は十分あるわよ。ここを5時半までに出れば楽勝で間に合うわ。彼女だってカードを持っているはずだから少しくらいなら遅れたって平気だし」
キミエの言葉を信じて公園内のファミレスに入り、本格的に腹ごしらえをしてから道場に向かった。午後4時頃である。
「へえ、立派なビルディングだな」
『ハイパー拳道場』と大きな看板が掲げてあるが、建物は近代的なビルそのものだった。
「あのう、見学したいんですが」
受付に行くと、
「済みません、午後四時からは見学出来ないんですよ。その代り体験入門なら出来ますけど。一時間コースで5千イエン、お二人様ですと1万イエンになりますが」
受付嬢は慣れた口調で言った。
「ええっ、そうなんですか、どうする?」
健太は体験入門の金額が高過ぎると感じたが、
「あの、体験入門といっても、道場着の代金ですし、それを着て見学することも可能なんですよ。単なる見学は午後4時で終了なんですが」
「本当に道場着を着ていても見学するだけで良いんですね。それでその道場着は帰る時に返却とかですか」
キミエは体験入門するつもりで聞いている。
「いいえ、道場着はプレゼント致します。記念にお持ち帰り下さい。それと帰る前に記念写真をお撮りしております。
希望される方は先払いで5千イエン。立派な額に入った良いお写真ですので、皆さんお撮りになっていますが、どうされますか」
なかなか商売上手なようである。
「じゃあ、全部込なら二万イエンですね。それでお願いします」
何か面倒になって、健太は料金を支払って道場に入って行った。キミエも後に続いたが、
「私は格闘技は苦手なのよねえ」
かなり渋い顔である。
「まあ、見るだけなんだし、変わった拳法らしいから見学させて貰おうよ。ええっと、これ引換券です」
受付で貰った引換券を部屋の入り口に立っている係員に渡すと、道場着らしい二着が渡された。
「あら、何か、チャチね」
「ふうん、薄っぺらい生地で如何にもただのお飾りって感じだな。まあ、しゃあない。着替えたら一緒に見学席に行こう」
「はい、じゃ、また後で」
二人はそこで男女別々になっている更衣室に入って行った。
『いや、しかしどこもかしこも立派だな。この更衣室も照明は明るいしチリ一つ落ちてない。昔の暗くて汚い道場のイメージなんかこれっぽちも無いな。何だかやけにお金のにおいがするな………』
そんなイメージを持って更衣室を出て見学席に向かった。少し遅れてキミエがやって来た。格闘技は苦手らしかったが道場着は良く似合っている。
「何だか格闘技って感じじゃないわね、これから何かのショーを見学する感じよ」
「ああ、ちゃんとした備え付けのイスのある見学席まであるとは思わなかったよ。でも結構来てるね。だけど皆私服なのは、………ああ、そうか。この人達は無料の時間に入ったんだ。知らなかったのは俺達だけか?」
「ふふふふ、そうらしいわね。やっぱり、少しずつ帰って行くわよ」
無料の見学者達はポツリポツリと帰って行った。
「えいっ!」
「とおっ!」
「バタンッ!」
道場の中央の辺りでは盛んに格闘技の演武が行われている。見学席は部屋の周囲に配置されていて、中に入ってみると思っていたよりずっと広かった。
道場の床は弾力のあるマットらしいのだが道場着を着ているものは裸足だった。それ以外の私服の連中は大抵靴かサンダル履きである。
その辺も普通の道場とはかなり違う。更に驚いたのは普段着の連中にナイフや金属バット、日本刀などを持っている者があったことである。
「こりゃ変わっているね。成程、凶器で襲われた場合を想定しているのか。よく言えば実践的だけど、危険じゃないのかな。かすっただけでも切れちゃうんじゃないのか」
「あの刀とかは刃の無い模造刀ですよ。勿論ナイフもね。金属バットも本物より柔らかい素材で出来ていますから、多少は怪我をしても大怪我にはならないんです」
健太の声が聞こえたのかそばに居た先客の中年男性が教えてくれた。
「ああ、そうなんですか。それを聞いて安心しました」
「さてそろそろ出て来ますよ、強い奴らがね。ここにいる見物客の中でこの道場の事をよく知っている連中は、早めに来ていい席を確保して、これから出て来る3人を待っているんですよ。
今帰っている人達はそのことを知らない素人さん達だ。ああ、出て来ました、あの三人です。男二人に女が一人、三人は同じ職場の同僚だそうですよ」
「あっ、あれは、あの三人組じゃないか?」
道場着を着て頭にはバンダナを巻いているので分かり難かったが、よく見ると確かにメーキャップの三人組である。
「あの人達ここの道場生だったのね」
「お知り合いですか」
「はい。メーキャップをして貰ったんですわ。でもちょっと口が悪くてねえ。それにロックミュージックを掛けて踊りながらやるから、かなり煩かったです」
キミエは健太の名前を一切出さずに言った。
「成程、それでお姉さん美人にして貰ったんだ。口は悪いが腕は確かっていう、何か昔かたぎだねえ」
男は何か勘違いをしたようだが、
『化粧をして貰ったのがキミエさんだと思い込んでいるらしいな。まあ、いいだろう。でも、メーキャップをして貰ったから美人になったなんて言われて、キミエさんムッとしてるだろうな』
案の定キミエはその男を横目で睨んでいた。
「きえっ!」
「はっ!」
「うりゃっ!」
確かに三人の演武はそれまでの連中とはスピード、気迫共に桁違いだった。三人は代わる代わる演武をしたが、最初は一人を相手に、次には二人同時に、更に次には三人同時に相手をして、ものの見事に倒していく。
「パチ、パチ、パチ、パチ、………」
演武がきまる度に大きな拍手が沸き起こった。しかしそのうちに一人がマイクを持って来て何か話し出した。
「えーっ、今日はお客様の中に素晴らしい武道の達人が来ております。假屋崎健太さんです。假屋崎さん、どうぞお立ち下さい!」
三人の中のリーダー格の男が、健太を紹介した。
「あ、いや、そのう、今日は見学だけで………」
健太は仕方なく立ったが、
「何をおっしゃいます、天下グループ四天王と並び称されるあなたが、見学だけなんて有り得ないでしょう。是非、私共に、あなた様の至高の技の数々をお教え願いたい」
リーダーは言葉巧みに断れない状況を作り出した。
「仕方がないな、キミエさんちょっと5分くらい遊んでくるから。まあ、ここで見物していて下さい。怪我をしないように努力しますから」
「だ、大丈夫よね。病み上がりなんだから、無理しないでね」
「俺の心配より彼等の心配をした方が良いと思うよ、じゃあね」
「ええっ! 何の話だ? 彼らの心配をした方が良いって何のことだ?」
そばに居た中年男は健太の言葉の意味が理解出来なかった。
「お初にお目にかかります。私が当道場の神岡田善導と申します」
「初めまして、假屋崎健太です」
「あなたの噂はこの三人からしばしば聞かされております。何でも四天王と戦って善戦されたとか」
「いや、まあ、そこそこですよ」
善導は健太の正体を知らないようである。
「この間は名乗っていなかったが俺は大河内キラ星。洒落た名前だが本名だからな」
「お、俺は、早馬良助、俺のも本名だからな」
「私は、善導の娘、神岡田マロン、栗みたいだけどこれでも本名ですからね。あんたは健太というより、もやし野郎の方が良く似合っているわ」
「これ、マロン、口を慎みなさい!」
「ああ、良いですよ。もやしかどうかすぐ分かりますから」
「良い度胸だわ。じゃあ、あたしと対戦してくれるんだ。逃げたりしないわね。さっきまでの演武、見てたでしょう。まだまだ本気を出したらあんなものじゃないわよ」
「はははは、まさかあれで本気じゃやる気がしないよ。今度は本気で来いよ」
「な、なにい!!」
キラ星と良太が目をむいて睨んだ。
「ああ、これこれ、良さないか。お客様も見ていることだし、一人ずつ、お相手をして貰いなさい。せいぜい怪我の無いようにな」
善導は健太の力量を測りかねている様である。怪我の無いようにとはどちらが怪我をしても困るという意味合いだった。
「じゃあ、あたしから行くよ。あんたらには気の毒だけど、こいつは一発であたしがノックダウンしてやるわ」
「口だけは達者だな。じゃあ、皆さん下がって下さい。少しスペースを開けて貰わないと」
健太の言葉に従って、キラ星、良助の他に彼らと演舞していた私服の道場生達、ほぼ全員があぐらをかいてマットの端の方に座った。
「私が審判を務めましょう。宜しいかな、假屋崎さん、マロン」
善導が二人に寄って来て了解を求めた。二人とも異論はなく、
「始め!」
彼の一声で試合が始まった。
「はりゃっ!」
「きゃあっ!」
みんなが我が目を疑った。マロンはくるくると回転しながら舞い上がり、そして落ちて来た。
「バーーーーン!!」
健太はウヅキと戦った時と同様の方法でマロンを宙に、足元の回し蹴りですくい上げたのである。マロンはウヅキより軽かったからか、5回転もしてマットに叩きつけられた。
試合開始からほんの数秒の出来事だった。そのまま失神してしまって結局タンカで運び出されたのである。道場内は異様なざわつきが始まった。
「さて、次は良助君、どうぞ」
「始め!」
「うぐぐぐぐ、くそっ! おりゃっ!」
「ばんっ!!」
「ドンッ!!」
少しビビり気味だった良助は一直線に健太にぶつかって行ったのだったが、両手のひらで突かれて、十メートル以上も飛んで行って壁に激突し、そのまま倒れ伏した。
彼もまたタンカで運び出されてしまった。マロンより更に軽かった良助はまるで車に跳ね飛ばされたみたいに吹っ飛んだのである。場内のざわつきはさらに激しくなった。
「さて、次はキラ星さんか。どうぞ」
「うりゃーーーっ!」
「始め!」
キラ星はまともでは勝てないと察して、『始め』の合図より一瞬早く中段の飛び蹴りに勝負を掛けた。渾身のかかと蹴りである。
「ウォリャア!!」
「グアッ!!」
キラ星の飛び蹴りに対して、健太は腰を落として拳の突き出しで対抗した。きわめて頑丈なかかとではあったが、健太の拳の威力はそれをも粉砕するほど凄まじかった。
しかし一瞬拳の力を落としたので、打撲で済んだ。もしそのままの威力であればキラ星の足は骨が砕けていただろう。
勿論、打撲といっても激痛が足全体に走ってもはや立って歩けなかった。彼もまたタンカで運ばれた。場内はざわつきを通り越して異常なほどの興奮状態になった。
「館長、敵を取ってくれ!!」
そう叫んだ者があった。しかし彼は自分の力ではどうにも出来ないことを悟っている。




