94 ブルースカイパーク(3)
94 ブルースカイパーク(3)
「おっはよう!」
「えっ、ああ、お早う。ええと今何時だっけ?」
「8時になりました。朝食の支度が出来ているわよ」
「ひょっとして、また目玉焼きとか?」
「失礼ね。今朝は鮭の塩焼きよ。それとホウレン草のお浸し。更にお豆腐のお味噌汁とおまけに納豆まで。更にたくあん」
「へえ、純和食だけど、料理は苦手じゃなかったのか?」
「勿論苦手よ。全部レトルトというかレンジで何でも出来ちゃうのよ。この種の食材は冷蔵庫にごっそり入っているんですからね。
20世紀の終わりごろから始まって22世紀の現在、一部のマニアの人達以外は皆これ式しきなんですからね。今や世界の常識よ」
「へえ、そうだったんだ。何ていうか田舎とは違うんだね。俺の母親は料理は下手だけどそれなりに作ってくれてたけどねえ。まあ、それは今じゃ贅沢ってことなのかな」
「まあ、そんなところね。じゃあ、早く来てね」
キミエはもう女房気取りである。
「じゃあ、いただきます」
「いただいて下さい」
「あれ、食べないのか?」
「いいえ、勿論、食べるわよ。多少なりとも自分で作ると、いただきますっていうのは何だか変な感じなのよ」
「ふうん、そんなものかな。しかし納豆は久しぶりだよ。それにしても俺の好き嫌いの無さがよく分かったな」
「レストランで一緒に食事をすれば簡単に分かるわ。今まで私と付き合って来た男連中は大抵凄い好き嫌いがあって、レストランでは随分気を使って来たから、何でも食べるあなたがちょっと不思議だったのよ」
「成程。そう言う君も好き嫌いはなさそうだね」
「はい、お陰様でね」
「はははは、少なくとも食事の好き嫌いは完全に一致したな」
「そうね、好き嫌いが無いという点でね、ふふふふ、あはははは、何かとっても楽しい」
二人にとってはこの瞬間がいつまでも続けば良いと思えるほど幸せな時間だった。
「じゃあ、そろそろ出かけようか」
二人はTシャツにショートパンツのスポーティな格好で外出した。勿論ブルースカイパークへ行くのである。
「ああ、ここがスポーツジムよ。今日は私も走りますからね。こう見えても高校時代はスポーツ万能に近かったのよ」
「微妙な言い方だな。スポーツ万能じゃなくて、近かったというのは」
「ふふふふ、球技関係はちょっと苦手なのよね。サッカーとかバレーボールとか、それと格闘技も」
「ううむ、それじゃスポーツ万能じゃないような気がするがな」
「でもスポーツの種類はたくさんあるのよ。例えば投てき以外の陸上競技、水泳、それに体操。それとテニスやバドミントン。
テニスはボールを使うけど、手や足で蹴ったりするんじゃなくて、ラケットを使うからその方面は得意なのよ。卓球とかも同じようにね」
「成程ね、じゃあ走るのは短距離と長距離どっちが得意なんだ? ひょっとして中距離が得意とか?」
「私が一番得意なのは1万メートルよ。短距離だって遅くはないけど、30分そこそこくらいで走ったことがあるわよ。100年くらい前だったらオリンピックに出られるくらいのかなりの記録ね。
今だとオリンピックに出る為には30分切らないと駄目だからあれだけど、高校時代は学校で一番速かったのよ。やってみましょうか。同時に走り始めてどっちが速いか競争よ」
「ふふふふ、それはちょっと」
「な、何がおかしいのよ」
「まあ、やってもいいけど、ハンディをつけた方が良いな」
「そ、そりゃ、少しはつけて貰わないと、………」
キミエはちょっとむきになっていた。自分の彼氏と余りに記録が離れていると、少し寂しい気がするのだ。間もなくパークの端にあるスポーツジムに到着した。
「うわっ! 大盛況だね。ランニングマシンが二台並んで使えないと面白くないね」
「予約しておきましょう」
キミエは受付で二台並んで使えるように交渉して、予約を取った。席が空けば館内放送で知らせてくれる手はずになっている。
「その間、卓球でもしましょうか」
卓球台も席が無くてしばらく待ったがそれでも思ったよりは早く使えた。
「じゃあ、行くわよ」
うまいと言うだけあって、サーブも、またサーブレシーブもかなり上手で最初のうちは健太が圧倒されたが、次第に慣れて来ると、逆にキミエが圧倒されるようになった。
それでもキミエも必死で頑張り、好ゲームになった。ラリーが長く続き、順番待ちの観衆から拍手喝采だった。接戦だったが最終的には健太の勝となった。
「ああ、惜しかったな。もう少し手加減して女性に花を持たせるっていう考えは、………ないのよね」
「ああ、無いね。花を持たせるのは相手が子供の時だけだよ。年上の女性にそんな事をしたら失礼だろう?」
「深里キミエ様、ランニングマシンの予約席が空きましたので、お知らせ致します。深里キミエ様、………」
二人が多少言い合いをしていると、館内放送がランニングマシンの席が空いたと放送し始めた。二人はすぐに走ってマシンの前に行った。
「こちらの4号機と五号機で御座います。たくさんの方々が待っておられますので、使用時間は一時間以内とさせていただきますが宜しいでしょうか」
係員は低姿勢で時間制限を伝えた。
「分かりました。30分少しくらいで終わりますから」
「はい、是非時間厳守でお願いします」
念を押して係員は去って行った。
「そんなに何時間も使う人がいるのかな。一時間で十分だと思うけどね」
健太には係員の態度が解せなかった。
「たまにいるのよ、4、5時間も一人で使う人が」
「ええっ、そんなに?」
「空いている時はいいんだけど、混んでいる時はお互い様だから、他人に譲る精神を持って欲しいものだけど、そう思わない人もいるらしいわね」
「そうなんだ。ところで、ハンディだけど、俺が20キロ、キミエさんが10キロというのはどうかな」
「えええっ、私の倍走るの?」
「ああ、足りないのなら25キロにしようか?」
「じょ、冗談じゃないわ。それ以上ハンディを貰ってたまるもんですか。でも大丈夫なの? 私は今日は気合が入っていますからね。30分切るつもりで頑張るわよ。まあ、実際にそんなに速くは走れないと思うけど」
「じゃあ、とにかく走ってみようか。しばらく走ってないから案外途中でばててギブアップするかも知れないけどね」
「それじゃ、スタンバイして」
「OK!」
「用意、GO!」
キミエの合図で二人は一緒にスタートした。あらかじめ設定した距離に達すると、ブザーが鳴ってゴールしたことをマシンが知らせてくれる仕組みになっている。
設定に間違いがないかどうか、お互いに確かめ合って走り始めた。最初健太は至極ゆっくり走りだした。長距離走の勘を取り戻す為だった。数分間は本当にのろのろで、
「大丈夫なの、無理だったら止めてもいいのよ」
とキミエに言われる始末だった。5分経過でキミエはおよそ1.5キロ近く走って快調なペースである。健太はまだ1キロ地点の辺り。鈍足もいい所だった。
「そろそろスピードアップしますよ」
そう言いながら猛スピードでキミエを追い上げ始めた。普通の人の全力疾走に近いスピードである。誰もがすぐ失速するだろうと思っていたのだが、5分経っても10分経ってもそのスピードは衰えなかった。
「う、嘘だろう?」
「まだ、全力疾走?」
「隣のお姉ちゃんも速いんだけど、それどころじゃねえぞ」
段々やじ馬が増えて来た。もう10キロ地点を突破したがその辺りで、
「ふう、限界だ」
健太は急に鈍足に戻った。間もなく歩き始めたのである。しかも如何にも足取りは重かった。
「どうしたの、やっぱりオーバーペースだった?」
走りながらキミエが聞いた。
「ああ、ちょっと、疲労がたまってね、やっぱり無理だったよ」
「ビーーーーッ!」
間もなくブザーが鳴って、キミエのゴールを告げた。
「パチパチパチパチ………」
期せずして拍手が沸き起こった。
「凄い記録が出てますよ。29分48秒!! 日本記録には届かないけどあわやって感じだったよな」
やじ馬の一人がしきりに吹聴した。
「しかし、こっちの兄さんも大したもんだぜ10キロ地点を通過したのが26分台だ。やっぱり日本記録に迫っているよな」
もう一人のやじ馬も大げさに言った。しばらくやじ馬がたかっていたが15分ほどでいなくなった。もし日本記録を出していたら大変な騒ぎになっていただろうが、迫っただけではそこまでである。
「ああ、おれ、リタイヤするよ」
健太は結局15キロ地点でマシンから降りたのだった。
「足の方は大丈夫?」
「ああ、一休みしたら、今度は自転車にしよう」
「ええっ、まだ走る気なの?」
キミエは驚いて言った。
「やじ馬がいて、煩そうだったからわざとスピードダウンしたのさ。本当はあのまま行けたんだけどね。でもね、自転車だと分かり難いから良いんじゃないかと思ってね」
健太はキミエの耳元で囁いた。
「ああ、そういう事だったんだ、なあんだ。私はこれ以上はだめ、もう疲れ切ったわ。でも、今日は絶好調だったわ。自己新記録よ」
「ああ、立派な記録だ。しかし、トレーニングを積んでいないのに良く出せたね記録を」
「お言葉ですが、あなたと会う前は結構トレーニングはしていたんですよ。健康の為に毎日何キロかは走っていたんですからね」
「これは失礼いたしました。じゃあ次は自転車ということで。今度は俺一人で走るよ。百キロくらいね」
幸いなことに自転車のマシン、エアロバイクはすぐに使うことが出来た。
「おたくさんはさっき10キロ以上走ったんですよね。途中でリタイヤしたけど」
隣のエアロバイクを使おうとしていた男が話しかけて来た。
「はあ、まあそうですけど」
「大丈夫なんですか、無理してませんか?」
「ええ、まあ、この自転車の事を考えて途中でリタイヤしたんですよ。走るだけだったらリタイヤはしませんよ」
健太はうまく言い逃れたつもりである。
「ああ、そうだったんですか。それなら別にいいんですけどね。で、今度は何キロくらい走る積りですか?」
「一応百キロのつもりですけど」
「ええっ! 百キロですか。二時間以上かかりますよ。す、凄いですね。ちょっと信じられないですね」
「まあ、これも予定ですから。苦しくなったら途中でリタイヤするつもりですからね」
またごまかしたが少々面倒に感じて来た。
「じゃあ、そういう事なのでお先に失礼します」
隣の男を半ば無視して早速走り始めた。
「じゃあ、私も」
競争心からか男もすぐ始めた。どうやら同じく百キロを走る積りらしい。
「彼も百キロ走るみたいよ」
男のメーターを見て今度はキミエが健太の耳元近くで小声で言った。
「うん、分かった」
健太はここでも全力で50キロほど走って途中で止めた。
「ふう、もうギブアップですよ」
わざわざ声に出して言ってシャワーを浴びてスポーツジムを後にした。昼食はパーク内のハンバーガーショップで済ませた。
「どうもここは俺の来るところじゃないな。一人でやれるところでないとちょっとねえ」
「そうねえ、あなたには向かないわね」
パーク内のベンチに腰かけてそんな話をしながら次に行く場所を相談していた。




